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ピアノソロのレコーディング条件の比較による検証と考察〜2. マイク編〜

前回の記事ではピアノソロのレコーディングにおいて、オーディオインターフェースのサンプリングレートまたはゲインを変化させた時の録音の違いについて検証・考察しました。

今回はマイクのセッティングを変化させた時の録音の違いについても検証・考察していきます。

1. 検証方法

1.1. 録音環境

  • マイク
    at-4050

  • オーディオインターフェース
    Babyface Pro FS

  • スタジオ
    20畳のアコースティック楽器演奏用スタジオ

  • ピアノ
    YAMAHA A1L

詳しくは前回の記事をご覧ください。

1.2. 検証項目

レコーディングの音質を決める要因は様々ありますが、今回は「マイク」の設定に注目して検証していきます。
具体的には以下の項目を中心に比較します。

  • 距離
    音源からマイクまでの遠さ

  • 方位
    音源から見たマイクの方向

  • 反射音
    音源からの直接音と壁からの反射音

  • 指向性
    一方向からの音と全方向からの音

距離について

ピアノからマイクまでの距離の違いを検証します。マイクは「近距離・中距離・遠距離」の順で以下の様に配置しました。

マイクのセッティング(距離別)

図を見てもらえると分かると思いますが、3点が同一直線上には並んでいません。こうなると、対照実験的な観点では本来はピアノからマイクの方向による方位の違いも考慮しないといけません。方位についてはもう1つの項目で検証するので、すみませんがここではご容赦ください。

方位について

ピアノから見たマイクの方向の違いを検証します。マイクは「屋根側・鍵盤側」で以下の様に配置しました。
聴衆者側の聞こえ方が「屋根側」、演奏者側の聞こえ方が「鍵盤側」といったイメージです。

マイクのセッティング(方位別)

反射音について

ピアノの直接音と、壁から跳ね返ってきたピアノの反射音の違いを検証します。「直接音」ではマイクをピアノ方向に向けて、「反射音」ではマイクを壁側に向けて収音しました。

マイクのセッティング(直接音/反射音)

指向特性について

ピアノ一方向からのみの音と、360度全方位からの音の違いを検証します。マイクそのものの収音方向は、マイクの指向特性を変える事で実現できます。前者は「単一指向特性」、後者は「無指向特性(全指向特性)」に設定して行います。

マイクのセッティング(単一指向/無指向)

ちなみに他の検証ではマイク1本のモノラルで行なっていますが、この検証だけはマイク2本のステレオで行なっています。

1.3. 録音設定

項目が検証比較対象でない場合は、以下の条件に揃えて録音を行います。比較対象の項目については「1.2. 検証項目」の設定で録音します。

マイク

  • ソース:モノラル (距離、方位、反射音) / ステレオ (指向特性)

  • 指向特性:単一指向

  • 収音方向:ピアノの方向

  • 録音位置:固定

オーディオインターフェース

  • サンプリングレート:96.0kHz

  • ゲイン:適正値 (前回記事を参照)

1.4. 検証手順

以下の手順で検証します。

  1. 収音位置の決定 

  2. マイクの設置

  3. オーディオインターフェースの設定

  4. 類似フレーズの録音

  5. 録音した音のノーマライズ処理

  6. 聴き比べ

3 ~ 6 については、前回記事を参照してください。

1. 収音位置の決定

自分の目標イメージに近い音が聞こえる位置であるスイートスポットを、体を移動させながら耳で探っていきます。

  1. 片方の耳に栓をする

  2. 栓をしていない方の耳をピアノに向ける

  3. 歩いたりしゃがんだりして目標音に近い位置を探る

基本的に片耳を目的音の方向に向けて探った方が、スイートスポットを見つけやすくなります。両耳で音を探ろうとすると、音源から両耳への距離の残差によって耳に入る音に違いが生じるため、目標とする音を探るのが難しくなります。そのため片耳だけで音源方向の音を聴いた方が、イメージの音に近づけやすくなります。これはある意味単一指向特性のマイク1本で収音するのと同じですね。

両耳の距離残差による音の違いイメージ
(引用: https://psych.or.jp/publication/world089/pw08/)

2. マイクの設置

収音位置を決定したら、その位置にマイクを置きます。

ここで単一指向特性を使う場合、マイクを向ける方向によって録れる音が変わってくるので、録音したい方向にマイクを向けます(無指向の場合は気にしなくて良い)。

モノラルではなくステレオで録音する際は、設置した位置のマイクスタンドにこんな感じのステレオ用のマイクバーを取り付けて、マイクを2本設置します。

ステレオ用マイクバー
(引用: www.amazon.co.jp/dp/B01AK95QX6)

2. 録音の比較

普段お使いのスマホやタブレットのスピーカーだとそれぞれの録音の差が非常に分かりにくいと思いますので、「ある程度性能の良いヘッドホン・スピーカー・イヤホン」での試聴をお勧めします。
前回に引き続き、今回の録音も全体的に弾き方がすごく雑なのは許して

2.1. 距離

近距離

中距離

遠距離

所感

  • 音像の距離感
    近距離  近い <--->  遠距離  遠い

  • 空気の量感
    近距離  少ない <--->  遠距離  多い

  • 残響の長さ
    近距離  短い <--->  遠距離  長い

  • 持続音の大きさ
    近距離  小さい <--->  遠距離  大きい

  • 打鍵のアタック感
    近距離  小さい <--->  遠距離  大きい

考察

近距離の音はオンマイク気味で打鍵の音が分かりやすく、味付け感の無いドライな音に聞こえます。普通にピアノ演奏を聴く時に、ここまで近接感のある音を聞く事はあまりないと思います。

中距離の音は近距離の音に比べると、「ピアノっぽい」という印象の音になる様な感じがします。ピアノの目の前で録音しているような感じではなく、自然な距離感になった様な感じがします。

遠距離の音は中距離の音に比べると、より奥に引っ込んだような距離を感じます。空気感が増し、少しウェットな感じなった分、打鍵の鋭さも少し薄れた様な印象です。

録音した距離が近ければ音像も近くに、録音した距離が遠ければ音像も遠くに感じます。それは至極当たり前の事の様にも思えますが、何故その様に聞こえるのでしょうか。

人間が距離感を感じる要因は、主に4つ挙げられます。

  1. 音量
    大きいほど近くに、小さいほど遠くに聞こえる

  2. 残響音
    小さいほど近くに、大きい程遠くに聞こえる
    短いほど近くに、長いほど遠くに聞こえる

  3. 高周波成分
    多いほど近くに、少ないほど遠くに聞こえる

  4. アタック音
    大きいほど近くに、小さいほど遠くに聞こえる

このうち、ピアノソロで距離感を感じる大きな要因は「残響音」「アタック音」だと考えられます。

残響音に着目すると、録音は距離が離れるほど空気の量感が増し、残響音が大きく、長く聞こえます。これは距離が離れたことによって、直接音だけでなく多くの反射音を沢山拾う様になった事が一因として考えられます。

アタック音に着目すると、録音は距離が近いほどドライで打鍵感のある音に聞こえます。このアタック音の強さは、実は残響音の大きさによっても大きく感じ方が変わるものだと考えられます。アタック音は、もう少し正確にはとトランジェントと呼ばれています。

どちらも同じ音量であれば、残響音が小さくなると、アタックの最大音からその後の持続音(サステイン)との差が大きくなり、相対的にトランジェントが大きくなります。同様に残響音が大きければ、トランジェントは小さくなると考えられます。

逆に言えば、アタック音を強く感じる場合は、残響音が少なめに感じるともある意味言えそうです。このように、トランジェントと残響音は近い関係にあるということが考察できます。

トランジェントと残響音の関係

2.2. 方位

屋根側

鍵盤側

所感

  • 打鍵のアタック感
    屋根側  弱い / 鍵盤側 強い

  • 全体の音域
    屋根側  高い / 鍵盤側 低い

考察

鍵盤側で録音した音は打鍵による爪の音が結構入っていますね。鍵盤側に近い所で録音すると、ピアノの音というより、それに付随するピアノ特有のノイズも多く拾いやすいと言えそうです。より演奏者に近い生々しさを聞かせたい場合には、鍵盤の近くで録音してあえてこの様なノイズを拾う事も1つのアプローチになりそうです。

実際、リアル志向で作られたピアノのソフトウェア音源では、ペダリングや打鍵そのものの音がサンプリングされており、それを良いバランスで混ぜる事で自然な響きになるように設定することが可能です。

とはいえあまりこの様なノイズが多いとピアノそのものの響きを邪魔をしてしまうので、入れるにしても隠し味程度に入れておくのが良いかもしれません。

打鍵やペダルのノイズ音の量を設定出来る音源の例
(THE GRANDEUR - Native Instruments)

今回のマイク位置だと、バランスとしては屋根側だと高音が多め、鍵盤側では低音が多めに聞こえました。屋根側の方がピアノの響板からの音を多く拾っているというのも一因かもしれませんが、スタジオの壁の位置による反射音の影響など様々な要因が考えられるため、一つの要素で方位による音質変化の違いを語るのは難しそうです。

そういった意味では、良い音に聞こえる場所を探っていくための当たりをつけるのが難しい要素の1つと言えるかもしれません。

2.3. 反射音

直接音

反射音

所感

  • 打鍵のアタック感
    直接音  強い / 反射音 弱い

  • 音の硬さ
    直接音  硬い / 反射音 柔らかい

  • 空気の量感
    直接音  少ない / 反射音 多い

  • 音像の距離感
    直接音  近い / 反射音 遠い

考察

反射音ではアタック感が薄れて、音が丸くなり少し後ろに引っ込んだような様な印象になりました。壁からの反射音だけを録音した事で、トランジェントが削れて残響成分を多く録る様になったからだと思われます。

ただし極端にこもった様に聞こえるという感じはなく、アタック感もそれなりに残っています。この辺りはスタジオそのものの設計(壁の材質など)によっても大きく変わってきそうな部分ではあります。

自然な範囲で音に丸みをつけたり距離感を作りたい時には、直接音に反射音を良い塩梅に混ぜるというアプローチで音作りをするのも、このスタジオでのレコーディングでは1つありなのではと感じます。

反射音から構成される残響というのは、ホールやスタジオの様な室内環境に大きく依存します。そういった意味では、アコースティックピアノというのはホールやスタジオという環境自体もセットで1つの楽器なんだろうなという感じがします。

2.4. 指向特性

単一指向

無指向

所感

  • 音の硬さ
    単一指向  硬い / 無指向 柔らかい

  • 空気の量感
    単一指向  少ない / 無指向 多い

  • 打鍵のアタック感
    単一指向  大きい / 無指向 小さい

考察

無指向特性の方が、高音の目立つ箇所が少しまろやかになったような印象を受けます。またスタジオ特有の「オワーン」と聞こえるような部屋鳴り感も、無指向特性の方が少し増している様に聞こえます。無指向によってピアノ方向だけでなく360度全方位の音を満遍なく拾う様になった事で、壁の反射音などの残響成分をより多く含む様になったからでしょう。

とはいえ他の比較項目と比べると、2つの音源の違いについてさほど大きくない様にも感じます。これはマイクの性能とスタジオの設計によるものが大きいのではと考えられます。

今回使用しているマイク at-4050 のスペックを見ると、単一指向特性と無指向特性では、若干ですが無指向性の方が高い周波数領域において感度が高い様に見えます。

at-4050 指向・周波数特性
(引用: https://www.audio-technica.co.jp/product/AT4050)

マイクによっては指向特性を変えると、大きく音質が変化してしまうものがあります。想像ですが、at-4050では指向特性の変更による違いを吸収するため、高周波領域の周波数特性の差を少しつけているのかもしれません。音波のエネルギー減衰によって、反射音は直接音よりも高周波成分が削れている傾向がありますが、反射音を拾いやすい無指向特性の性質を考慮して、マイクをこの様な設計にしているのかもしれません。

2.5. その他の要因

今回他にも違いを実感した要因としては「マイクの高さ」が挙げられます。
音源比較サンプルとしては残していないのですが、今回の場合、譜面台の高さ辺りで音を聞くと、倍音がしっかり残って良い音に聞こえました。
他にも、マイクの傾きを変えることでも音に違いが出るでしょう。

前回と今回でオーディオインターフェースとマイクのセッティングの比較をしましたが、他の要因でも音の変化が大きく現れる事が考えられます。例えば

  • 部屋の湿度・気温

  • 壁の材質・硬さ

  • ピアノの種類・調律

など、様々な要因で音が違って聞こえてくる事は想像に難くないでしょう。この辺りはまだ未検証なので、その内聴き比べられると良いかなと思っています。

まとめ

ピアノソロのレコーディングにおいて、マイクのセッティングを変化させる事で、音質に様々な変化が生じることが分かりました。音質変化の要因は様々ありますが、主に残響成分やアタック音による差が大きい様に感じました。

今回のレコーディング検証を通じて、今まで見えていなかった音の景色がほんの少し見える様になった様な気がしますが、同時にまだまだ研究の余地が沢山あるなあとも感じました。出来るだけ良い作品を作れるような探究は、これからもしていきたいなと思います。

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