「反逆から様式へ。 イギリス・ポップ芸術論」という本のお話
なぜ、わたしがポピュラーミュージックの略称として「ポップ」という語を使わないのか、というお話(以下は以前別サービスのブログで書いた記事の加筆修正です)。
いつの頃からか私の本棚にはボロボロの本が多く収まっています。何度も読んでボロボロになった本もありますが、私の手元にたどり着いたときにすでにボロボロになっている本も沢山ありました。そういう本の中からこの一冊を。
★「反逆から様式へ イギリス・ポップ芸術論」ジョージ・メリー 訳・三井徹 音楽之友社 1973年
この本の著者、ジョージ・メリーという人はリヴァプール生まれのトラッド・ジャズとブルーズのシンガーであり、シュールレアリズムを中心に扱う画廊で働き、新聞に連載されているコミックの台詞のライターであり、雑誌でTV・映画の評論もしていたという面白い人です(YouTubeで素敵な歌声をいくつか見つけました)。
いつ頃からこの本が手元にあるのか全く覚えていないけれど、時々読み返すとても面白い内容の一冊です。1960年代のイギリスで「ポップ」の誕生の瞬間に立ち会った著者による良質なドキュメントでもあり、鋭い視点の評論でもあります。
この本ではまず「序章」として28頁にわたりイギリスにおけるポップ文化の定義を試みた後、音楽、美術・ファッション、映画・TV・ラジオ・演劇、言語・文学・ジャーナリズムの各分野について考察していきます。ここで「ポップ」の定義が出てきます。
...…と、引用部分をみると非常に頭の固いつまらない論文みたいに思えますが、実際には、第一章の「イギリスのポップ音楽」ではロックンロール登場前後のイギリスのシーンについて、例えばトラッドブームへの貴重な言及があったり、リヴァプール人としてビートルズの成長を見つめたり。
ロンドンでの初期R&Bシーンを的確に記録し、そのジャズとブルーズとソウルの混沌から生まれて来たローリング・ストーンズ、ミック・ジャガーのカリスマ性を鋭く記したり、時にはスィンギング・ロンドンのクラブやディスコティークを皮肉まじりに取材したり(この部分は当時の空気を知る事が出来て非常に貴重です)、前衛的ポップとして登場して来たフーとムーヴを経て、1967年の「フラワーパワー」から翌年68年のブルーズ、ロックンロール復権までを鮮やかに記しています。そしてとても興味深いのですが、この時点で既にスキンヘッズの登場が記録されています。
さらに他の章でも、例えば美術ではこの時期に美術史において写真の持つ役割の変化が確かにあった事をが語られ、ファッションではモッズとロッカーズが、TVでは今では伝説の「レディ・ステディ・ゴー」が、ラジオでは海賊放送とBBCの関わり方、そして同時代の人ならではのラジオのDJの果たした役割について等々、印象深い事が語られます。
私の手元にあるのは、もう、カバーも無く表紙もボロボロで背表紙のタイトルも読めない程に傷んでいる一冊ですが、この本のガイドのおかげで「なんとなく」ではありますが、歴史上稀に見る10年間についてかなりの事を学びました。
復刊...、無いだろうなぁ。電子本でもいいから出して欲しい一冊です(原書はKindle化されているのですが...)。
(日本の古本屋さんで数冊発見しています)