性格5因子論(ビッグ5理論)

人間のパーソナリティは神経症傾向(N)外向性(E)開放性(O)協調性(A)統制性(C)の5つの因子で記述可能であるという論.
それぞれについて,心理学,病理学,生物学,社会学の視点から見ていく.

神経症傾向(N)

外部刺激に敏感に反応し,情緒不安定の傾向を表す.

神経症傾向が高い
危険に対して敏感であり回避しようと行動する.ストレスがあると不安,緊張などの感情的な反応を持ちやすい.

神経症傾向が低い
危険があっても動じることがなく情緒が安定している.極端な場合感情に鈍感.

心理学からみる神経症傾向

神経症傾向はグレイによると「罰回避感受性」
クロニンジャーによると「損害回避」
テレゲンによると「ネガティブ情動性」の強さを表す.

罰回避感受性
罰やフラストレーションを引き起こすような刺激に対して敏感であること.

罰回避感受性が強い
人から叱られたり,失敗したりすることを何より恐れる. 一度トラブルや失敗を体験すると,それを二度と繰り返さないために慎重に行動するようになる.
失敗から学習しすぎる

罰回避感受性が弱い
罰に対して鈍感であり,人から叱られたり失敗したりしたとしても平気である.
失敗から学習しない.

損害回避性
嫌悪的な刺激に対して敏感. 罰や損害を避けようとし,引きこもりやすい.

損害回避性が強い
不安が強く悲観的.

損害回避性が弱い
のんきで危険行為を行ないやすい.

ネガティブ情動性
不安,恐怖,恥,罪悪感,嫌悪感,悲哀などの感情を持ちやすい性格特性.

ネガティブ情動性が強い
環境の中の危険を早く感知して,そこから回避するために慎重に行動する.

進化心理学からみる神経症傾向
不安や抑うつなどのネガティブな感情は,危険を避けて慎重に行動すると言う点で,生物学的な意味があり,人間の生命活動維持に役立つ.
→危険を避け,慎重に生きている.

病理学からみる神経症傾向
クラスターCのパーソナリティ障害(回避性,依存性,強迫性)や境界性パーソナリティ障害と強く関連している.また神経症性傾向が高い人は不安症やうつ病になりやすい

生物学からみる神経症性傾向
アイゼンク
当時盛んだったパブロフ条件づけ理論,神経学にもとづき,神経症傾向は「自律神経系の不安定さ」によってもたらされるとした.

グレイ
神経症傾向は罰回避の感受性であるとし,そのもとには嫌悪刺激を回避するような行動抑制系(BIS:behavioral inhabitation system)という生物基板があるとした.行動抑制系は損害回避とほぼ同じものであり,セロトニン系の機能であるとしている.

ネガティブ情動の回路
感覚性入力(恐怖や不安を引き起こす刺激)は,視床を経て扁桃体へ到達する.すると扁桃体にてネガティブ情動が引き起こされる.
→扁桃体が興奮すると恐怖,怒りといった情動が起こる.図ー1
こうしたネガティブ情動の回路は,セロトニンの働きと関係していると考えられている.
パニック症や社会不安症などの不安症も扁桃体の過剰活動によると考えられる.

図ー1:情動の神経回路

情動の神経回路

社会学からみる神経症性傾向
神経症傾向はうつ病と関わりがあるため自殺に関連する.
神経症傾向が低すぎると,リスクを過小評価するため危険行動と結びつきやすい.
例)エベレスト登頂者を調べた研究によると,神経症傾向が特に低かった.
(Egan & Stelmack, 2003)

外向性(E)

外界に積極的に働きかけるか,そうでないかという次元.

外向的
積極的であり,常に強い刺激を求め,活動的であるが,極端になると無謀な面が現れる.

内向的
控えめで刺激を求めず,もの静かな生活を望むが,極端になると臆病・気後れという面が強くなる.

心理学からみる外向性
アイゼンクはパブロフの条件つき理論にもとづき,大脳皮質の興奮過程の強弱で外向性・内向性が決定するとした.
現在は,外向性は
グレイによる「報酬感受性」
クロニンジャーによる「新寄性追求」
テレゲンによる「ポジティブ情動性」
の強さを表すと考えられている.

報酬感受性
報酬を引き起こすような刺激に対して敏感であること.

報酬感受性が強い
報酬に対して敏感.報酬を得ることに大きな喜びを感じ,人から褒められることに無上の喜びを感じる.
 →対人関係をうまくこなす.業績を上げることに必死になる.

報酬感受性が弱い
報酬に対して鈍感.人から褒められても行政が上がってもそれほどうれしくない.
対人関係や業績にあまり関心をもたない

新寄性追求
新寄で目新しいものに興味を示し,探索活動をよく行なう.

新寄性追求が強い
衝動的,無秩序.

新寄性追求が弱い
慎重な倹約家.

ポジティブ情動性
喜び,欲望,熱中,興奮といった,ポジティブな感情を持ちやすいパーソナリティ特性.

ポジティブ情動性が高い
報酬による快を求めて,それに接近するために積極的に行動する.
→「報酬感受性」や「行動賦活系」と表裏一体.

進化心理学から見た外向性
「報酬感受性」や「ポジティブ情動性」は生物が生きていくために必要な特性.

病理からみる外向性

外向性が高すぎる
演技性パーソナリティ障害と結びつく.

外向性が低すぎる
統合失調性パーソナリティ障害,回避性パーソナリティ障害,強迫性パーソナリティ障害と結びつく.

生物学と社会学
アイゼンク
パブロフの条件づけ理論や神経学にもとづき,外向性・内向性は,大脳皮質の興奮過程の強弱によるとした. 

グレイ
外向性は報酬接近感受性であるとし,そのもとには報酬刺激に接近するような「行動賦活系」(BAS:Behavioral activation system)という生物学的基板がある.

クロニンジャー
「新寄性追求」を提唱(行動賦活系と同義).
「新寄性追求」はドーパミン系の機能であるとしている.

ポジティブ情動の回路
近年外向性は,脳の側座核を中心とするドーパミン報酬系の機能の個人差を表すと考えられている. 
→ポジティブ情動の中心は側座核
報酬となる刺激があると,腹側被蓋野を経て側座核に到達する.側座核で「快い」という情動が引き起こされる.視床下部などを介して快の情動反応(自律神経反応やホルモン分泌反応)が引き起こされる.ドーパミンを産生する細胞は中脳の黒質や腹側被蓋野に多く存在する.

社会学からみる外向性
外向性が低すぎると「引きこもり」の問題と結びつく.

開放性(O)

「経験への開放性」を指す.知的な領域において,思考やイメージが豊潤か否かを指す.

開放性が高い
遊び心があり,新しいものに好奇心を持って近づく.極端になると,社会から逸脱し,夢想や妄想を持ったりする.

開放性が低い
平凡だが堅実で地に足の着いた堅実な生き方をする.極端になると,権威や伝統にしがみつく.

心理学からみる開放性
知能(知能テストで測られる一般因子g)や拡散的思考(創造性)の個人差を表す.
→つまり頭の良さを表す.

集中的思考
答えが一つに定まるような問題を考える場合の思考.
例)学校の試験,知能テストetc

拡散的思考
答えが一つに定まらないような場面で,答えをたくさん出すような柔軟な思考.問題解決の場面で,さまざまな解決策を考える思考.
J.P.ギルフォード曰く「創造的思考」→創造性テストで計測.
意味記憶のネットワークにおける拡散が強く,抑制がきかないことが原因と考えられる.→認知のゆるみ

進化心理学からみる開放性
知能,創造性ともに生物が環境に適応して生きていくために不可欠な能力.

病理からみる開放性
開放性が高すぎる
統合失調型パーソナリティ障害と関連.

生物学から見る開放性
開放性の得点は,前頭葉の背外側前頭前野(dorsolateral prefrontal cortex:DLPFC)の機能を測るテスト成績と有意な相関が見られた.

社会学から見る開放性
芸術的な創造性と相関がある.教育,文化にも関係する.

協調性(A)

協調性分離性という両極の因子を持つ.

協調性が高い
共感性やおもいやりを持って,人と親和的な協調関係を結ぶ.
極端な場合,他人に気を使いすぎて(対人過敏),正直すぎて融通が利かない.人に追従し,集団に埋没し,自己を見失う危険性がある.

分離性が高い
自分の独自性を押し出していく.
極端になると,人に冷淡となり,敵意を持ったり,自閉的になったりする危険性がある.

心理学からみる協調性
もともとはクレッチマーの気質理論に端を発しており,循環気質の「同調性」→協調性,内閉気質の「内閉性」→分離性.「共感性」「心の理論」の個人差を表す.
発達過程においてはボウルビィのいう「愛着」,エリクソンのいう「基本的信頼」と関連.

共感性
他者がどのような心理状態にあるかを理解し,それを追体験できる能力.対人関係や愛他的行動の基礎.以下の3つが必要.

視点取得
他者の立場に置かれた自分を想像すること.
感情的な役割取得
他者の感情を推論すること.     
感情の共有
他者と同じ感情になること.

心の理論
他者が何を求め,何を考えているか,他者の心の中で何が起こっているかを推測する能力.心象化(メンタライジング) 
他者の内面を理解して円滑にコミュニケーションを行うことができる.

進化心理学からみる協調性
協調性が低い
群れからの脱落.孤独,非社会的状況において強い.

病理からみる協調性

協調性が強すぎる
依存性パーソナリティ障害と関連.

分離性が強すぎる
クラスターB(反社会性パーソナリティ障害,境界性パーソナリティ障害,自己愛性パーソナリティ障害),自閉症スペクトラムと関連.

生物学から見る協調性
社会脳(ソーシャルブレイン)の個人差.
メンタライジングネットワーク…福島(2011)
自分へのメンタライジング…前頭葉内側部,頭頂葉内側部
他者へのメンタライジング…前頭葉内側部
視点取得の能力…側頭頭頂接合部

社会学から見る協調性
向社会的行動(例:自分を犠牲にして他者を助ける)の基礎.

協調性が強すぎる
集団に埋没する危険性がある.→アッシュの同調性の実験(1956)

分離性が強すぎる
非行,犯罪など反社会的な行動と結びつく危険がある.

統制性(C)

統制性衝動性の両極の因子を持つ.目的,意思を持ってものごとをやり抜くかどうか.

統制性が強い
意志が強く勤勉に生きようとする.極端な場合,強迫的になる.

衝動性が高い
環境や自分をありのままに受け入れて,仕事にこだわりを持たない.極端な場合,根気がなく,ものごとを軽率に決めたり,すぐ飽きて中途半端でやめたり,お金や物を浪費してしまう.

心理学からみる統制性
「達成動機」「完全主義」「衝動抑制」の個人差を指す.

達成動機
その文化において優れた目標とされる事柄に対して,卓越した水準で成し遂げようとする意欲のこと.目標を達成するためには,優先順位の低い欲求を抑制する必要がある.

完全主義
完全主義の強い人間は達成動機が強い.
ポジティブな面
「なんでも完璧にやろう」とか「高い目標をもってことにあたろう」など高い目標を設定し,困難を克服し目標を達成しようと努力する.
ネガティブな面
「少しでもミスをしたら,失敗したも同然だ.」と小さな失敗によって落ち込みやすい.

衝動性
↔統制性.深く考えずに行動する傾向.衝動性を抑制できない傾向. 「アイオワギャンブル課題」で測定可能.

衝動性の強い人
短期的な欲求充足を求める.
統制性の強い人
衝動を抑制し,長期的な利益を求める.

進化心理学からみる統制性
衝動性が重要な環境
即座の行動が最適な結果を得られるような状況.変化が激しい環境.←素早い適応が必要.

統制性が必要な環境
長期的な見通しの下で行動することが求められる環境.変化の少ない安定した環境.

病理からみる統制性
統制性が強すぎる
強迫性パーソナリティ障害と関連.
衝動性が強すぎる
反社会性パーソナリティ障害と関連.ADHDと関連.

生物学からみる統制性
衝動抑制の個人差を表すと考えられている.衝動を司るのは,前頭葉の背外側前頭前野(DLPFC)であると考えられている.

社会学からみる統制性
統制性が高い
様々な職業で成功をおさめやすい.社会の経済的発展は人々の統制性の高さに支えられている.拒食症に関連する.

衝動性が高い
アルコール依存症,薬物依存,ギャンブル依存,過食症に関連.

表ー1:性格5因子論の展開

性格5因子論1


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