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見聞実話怪談4『鴉の声』


会社経営者の妻である恵子は、その日、愛犬のシーズー『みかん』を連れて散歩に出た。

季節は、ちょうど6月末。
梅雨の終わりかけで、散歩に出る前は晴れてまだ明るかった空が、散歩に出て10分程経った頃、急に鉛色(なまりいろ)に変り始めた。

冷たい風が吹きすさび、夏の夕方とは思えない程、周辺は急速に冷え込んでいった。
辺りはみるみる暗くなる。

いつもの散歩コースは、田園地帯から河川敷へ降り、そこから家の周りをぐるっと一周するルート。

だが、急速に積乱雲が近づいてくるのがわかる。

引き返しても、河川敷に降りても家までは同じ時間だ。
恵子はみかんを腕に抱えると、慌てて河川敷に降りようとした。

河川敷に降りるには、雑木林の合間を抜けていかなければならない。
その道は、舗装はされているが、車1台通れるぐらいの狭い道。

木々の葉が生い茂るその道に駆け込もうとした時、恵子の頭の上で、不意に、1羽のカラスが嫌な声で鳴いたのだそうだ。

『カーカー、カーカー』

その声が気になって、恵子は思わず足を止め、頭の上の木の枝を見た。
そこには、1羽の大きなカラスが止まっていて、じーっとこちらを見ながら相変わらず嫌な声で鳴き続けていたのだそうだ。

「あらやだ、気持ち悪い…」

恵子はそう思って、腕の中で大人しくしているみかんを抱きしめると、河川敷の方に向かおうとした。

すると、周辺から バサバサと無数の羽音が聞こえてきたのである。
恵子の頭上に、次から次へとカラスが集まってきて、『カーカー、カーカー』と嫌な声で鳴き始めたのだ。

カラスの群れは、まるで帰れと言わんばかりに嫌な声で鳴き続ける。

カラスの集団大合唱を聞いて、恵子は、何かしら背筋にゾッとするものを感じたそうだ。

なんだか、河川敷の方には行ってはいけないような気がして、恵子は慌てて元来た道を戻ろうとした。

その時、冷たい風が、ざわりと周囲の木々を揺らした。
カラスの不気味な大合唱は、まだ続いている。
バサバサと羽音を立てて、どんどんどんどんカラスが集まってくる。

「何これ、気持ち悪い…!」

恵子は、ますます怖くなって、みかんを抱きしめたまま、足早に田園地帯の道を引き返して始めた。

カラスの鳴き声はますます激しくなる。
空には雷雲が広がり周辺はどんどん暗くなる....

得体の知れない不気味な空気を感じた時、恵子の耳に奇妙な声が聞こえたのだそうだ。

「痛い……痛い……い、痛い…痛いぃ…」

恵子は、悲鳴をあげそうになって思わずその声が聞こえた方を振り返った。

それは、中年男性とおぼしき男性の声だったそうだ。

もちろん、その声に聞き覚えはなかった。
そしてその声を発したと思われる男性の姿もそこにはなかった。

ただ 、雑木林の上を旋回するカラスの大群と、そんなカラスたちが発する不気味な声が周囲にこだまするばかり。

恵子は慌てて家にかけ戻った。

家の玄関に入った途端、表には雷鳴が鳴り響き、豪雨が降り始めたという。

その次の日のことだった。

朝起きて家事をし仕事の準備をしていると、救急車のサイレンの音が庭の方から聞こえてきた。
それと同時にパトカーと思われるサイレンの音もだ。
事故でもあったのかな?とぼんやりと 思っていた恵子。
しかし、なぜかそのサイレンの音は河川敷の方に降りていく。

恵子は愛犬みかんに餌をやり、玄関を開けて庭先に出た。

赤い回転灯を回しながら、パトカーと救急車が河川敷への道を降りて行くところだったそうだ。
一体何が起こったのか、次から次へとパトカーが到着し、鑑識官とおぼしき警察官も到着し、いつもは静かな片田舎の田園地帯が、にわかに物物しくなった。

恵子がその真相を知ったのは、その日の夕方のことだった。 

恵子が散歩コースにしている河川敷で、男性の遺体が見つかったのだそうだ。

自殺なのか他殺なのか、最初はわからなかったそうだ。
後にその男性は他殺で、金銭トラブルから知人に刺し殺されたことがわかった。
発見された時、その男性の顔は、見るも無惨にぐちゃぐちゃになっており、最初はどこの誰かもわからなかったそうだ。

顔がぐちゃぐちゃになっていた理由を聞いて、恵子は ゾッとした。

近所の人の話では、男性は他県から運ばれてそこに遺棄され、そのご遺体の顔を、カラスが集団でつついていたのだという。
男性の顔は、カラスにつつかれて、ぐちゃぐちゃになってしまっていたのだそうだ。

「だからあの時、カラスが大騒ぎしてたんだ…
あやくう私が、第一発見者になっていたかも…」

そう思った時、恵子は、さらにゾッとしたという。

恵子が、みかんの散歩の時に、はっきりと聞いた『痛い…痛い』と言う声は、もしかすると、その男性が魂から発した、最後の声だったのかもしれない…

おわり

※不思議の館にて紹介していただきました

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