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つぎねぷ


1
マウスウォッシャーという機械がある。タンクに水をいれて細いノズルから高圧水が吹き出す。それで口の中を洗い流す仕組みとなっている。歯の間や歯茎のポケットを集中的に噴射するのだが、これが実に気持ちいい、というか尾籠な話だが、そこを噴射するとえもいわれぬ独特の腐敗臭のような、樟脳のような体に住み着いた悪菌のこじ剥がされるにおいが鼻に抜け、それが浄化されているという実感として思われることで快感が得られるというわけだ。
ところで、藤井貞和という国文学者兼詩人がいる。その人の古い詩集に「ピューリファイ」という本がある。詩集はフランス装(カバーが柔らかく、折られてそのまま表紙となっている装丁)やハードカバー函入りなどが多いが、この本はペーバーバックと同じ造本となっている。その様子が当時の現代詩としてはとてもポップに感じられた。とき、ポストモダンの時代である。
この本は、ビートルズのホワイトアルバムのようにいろいろな作品がない交ぜになっている。私としてはこのような本が一番好きで、なおかつお得感を感じる(同様の本としては入沢康夫の「春の散歩」を思い浮かべる。入沢康夫はフランス文学者で詩人。前衛的な作風で「現代詩」の人は漏れなくかぶれたことがあるはずだ。宮沢賢治の研究でも知られる。血なまぐさい西の方へ)私はどうも貧乏性でこのお得感という身も蓋もない感覚に弱い。

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話はそれたが、ビューリファイというのは「浄化」という意味だとのこと。(広末涼子浄化計画は関係省庁から横やりが入って頓挫したが・・・ブラジャーが透けるほど汗をかいたのはいつだろう、というフレーズと浄化という言葉に医療的意味合いがあるという二つの禁止フラグでお茶のCMがすぐにお蔵入りした・・・とまた話がそれた)口の中を高圧洗浄する度に、ピューリファイという言葉が私には想起される。
藤井氏の本には意味不明な作品がいくつかあって、たとえば、同じフレーズの言葉を何行が重ねてその後に「言葉を連呼するとどうなる。大変なことが起こる」という作品(どんなことが起こるのか?)や、ハイハイコチラ子供電話相談室としか、こどもの疑問に答えない詩(その子供の質問というのが意味不明なのだが・・・)やら、簡単な言葉で訳の分からないことが書いてあるというのが大好物の私にとってはお手本のような作品がいくつも入っている。
その中でも極めつけは「つぎねぷといってみた」だ。
この作品は後でクグッたら結構有名な作品のようで、音楽の演目にもなっているらしい。「つぎねぷ」って何? 何その「ねぷ」って。実を言うとつぎねぷについても長いこと忘れていた。暇に任せて本の整理をしていたら出てきたので思い出したのだった。

3
今はその本が出た当時と違い、ものを調べる効率は格段にあがった。ググるうちに意味が分かった。
「つぎねぷといってみた/まくらことぱがあるとねてみたくなる」
というフレーズに答えがあったのだが、つまり「つぎねふ」という枕詞のことなのだった。(「つぎねふ」は地名「山城(やましろ)」にかかる枕詞とあった)
古代日本語では「ふ」の言葉が「ぷ」と発音されていたとの説に基づいて、つぎねふはつぎね「ぷ」、その他の「はひふへほ」も「ぱぴぷぺぽ」に置き換えられて作品が作られていたため、赤ちゃんことばというか、とぼけた、しかしよくわからない作品となっているのだ。
このように昔わからなかったことがわかるようになった。        あるいは昔は検出できなかったDNAが検出され悪事が白日の下にさらされた。とか昔は黴菌だらけの井戸水などゴクゴクかまわず呑んでいたとか炎天下にウサギ跳びをして水分をとっては疲れるからみず禁止だとか、子供の人権など存在すらしていなかったとか、連想的に昔の話をなぜかここで出しまって全くまとまりがつきませんが、とりあえず「つぎねぷ」についてはほんの少し謎が解け、虫歯に関してはマウスウォッシュをする事により悪化させずに持ちこたえてここ数年はごまかしごまかししているのであった。

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