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絶えた家

絶えた家

雑木林に道とも言い難い細い筋がじぐざぐに通っている。かさかさ言う草を踏みながら分け入ると、古い、大きな瓦屋根の屋敷がある。引き戸のサッシは後から取り替えられたらしくまだ新しい。鍵を渡されて、後はご自由にといわれる。大きな家屋に不釣り合いの小さい鍵は思ったよりスムーズに回った。たたきにビニールのサンダルが一足、ハの字にぽつんと脱がれていた。この家は絶えた家だ。                        係累すべてがもうこの世にいない。おおかたの家財は整理されていたが、数年前のカレンダーが八月のままになっていたり、ドアノブに毛糸のカバーが被されたままだったりした。緑色の、もこもこした塗り壁には金紙や銀紙が細かく混ざり、角度によってちらちら光った。縁側の床板は少し汚れていたが、埃を掃き出して水拭きすると生活の跡を板目に浮かび上がらせるだろう。畳は古びて、人のいつも居たところと思われる部分が薄くすり切れていた。そこに座ると次の座敷との仕切になった山水画めいた絵柄の襖が見えた。襖をあけると次の間の掃き出し戸の向こうに雑木林が鬱蒼としていた。植物に取り囲まれた平屋。床面積150平方メートル強、約46坪。地主では無いだろう。農地を解放された側の住処か。いずれにしろ絶えた家だ。所有権が移転すれば痕跡はすべてかき消され、一所たりとも残らない。残さない。それをこの家が望んでいるか分からないが雑草の庭から全景をしばらく眺めた。509

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