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ひと時交差しただけの人と人との

島村利正の小説集を読み終わった もう一冊
別の本がある 昨夜はいつもよりおそく帰った
ので読む時間がなかった 地球が一番暑い
と言われる日に長いこと水路にとどまっていた
風と日蔭のせいで涼しいくらいに過ごしていた
水路に手を浸けてみると水温はぬるま湯で
これでは魚も食欲を失うだろうとハンカチを水
びたしにして頭や体にぺちぺちしながら夏は
きついと諦めの境地 

島村氏は大正から昭和にかけて繊維 主に
綿だろうか を統制する団体に勤務しながら
小説を書いていた 小説が中堅の文芸誌に
発表される運びとなったときに伝手がありその
団体への勤務が決まったと書いてあった 今も
勤務をしながら夜に執筆という小説家ならびに
小説家志望の勤め人は多いだろう 私もかつて
はそんなうちの一人だった 特に書き物を生業
などと大それたことは勤めに入ってからは考え
られなかった それで今 自分の身の丈を思い
知りつつ好き勝手なことを書いている

戦前 戦中の勤め人 サラリーマン生活という
のがどういったものだったのか そのあたりの
小説は専業作家の物ばかり読んでいたので
よく知らなかった 作家同士で自宅を訪ねあっ
て留守なら留守で といったのんびりしたやり取り
の場面はよく読んでいたが 昔の企業 その
組織がどんなものだったのか そういった事情
を記して島村氏の筆は精彩を帯びる 端的に
言うとそうそう組織の体裁が戦争があったから
と変わるわけではなく なになに部 何々課と
いったおなじみの形態で会社組織 事業体は
綿々と続いてきたのだと読んでみて感じた 私
の親戚まわりはほぼ農民で 戦前の会社につ
いて知る由がなかったので 農家の苦労は聞
かされていても 会社勤めに関してはよく知らな
かった

そもそも 戦争中に会社が運営される という
イメージが私にはあまり湧いてこない 戦争で
それどころじゃないのでは とおもったが東日本
大震災の混乱の中出勤したことを思うとほんのり
とその当時がしのばれるのかもしれなかった
職場へ行き 仕事をし 夜は一杯あるいは接待
時折出張へ行っては夜には地のものを味わっ
たり 娼家! へ行ったりもする 中上健次の小説
にもふんだんに廓が出てくるが 一夜の同衾を
金銭を介して過ごす男女の その気持ち 情緒
それらはどういったものなのだろうか 特に女性
は見も知らずのどんな性格とも知れぬ男と一夜
睡眠をとらなければならないという心身ともに
の重労働を強いられている訳で 単純に生き地獄
と思えるのだけれどそういった小市民的な想像
や理解を超えた人生を送っていたのだろうとしか
思い至ることができない そもそも それほど親身
に他人について考えるでもない

見ず知らずの他人と一夜を共にするということは
どういう事なのだろうか しばらく前から ゆきずり
という言葉がとても気にかかっていて ほんの
ひと時交差しただけの人と人との関係 ということ
について深い交渉を抜きにしてもいろいろと思う
事がある しかしながらこのような関係を求めて
いるという訳でもない むしろその関係の私に
とっての非現実性からその不思議について何か
とっかかりを解いてみたい気持ちが生まれてくる
ような気がしている

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