上司が、アメリカ人だったらって考えて、報告連絡相談しないとなぁ。世界は広いんだから。
※この記事は、2020/9/3に下書きしていたものです。 Sexy Zoneの松島聡くんが帰ってきました。 私が一番応援している人です。 留学中、 聡くんのファンの方が作った動画を見てはめそめそ泣いていました。 「Sexy Zoneの松島聡です。」という声。 涙が止まらなかった。 こんなに逞しい顔つきだったっけ?私の知っているそうちゃんなんだけど、少し知らないそうちゃんがいるようで緊張した。 でもそうちゃんも久しぶりにカメラに向かって喋るということで緊張してた
ホームにつっこんできた電車が雨に濡れていた。お疲れ様です。そんな夜もありますよね。
国際系の学部に通って思ったことは英語を共通語として出会った相手は気軽に呼び捨てできること。これは性別や年齢、学年に関わらず急接近したり、対等に付き合う・話すきっかけになりうる。名前に魂を込める日本だからこそ、日本人の付き合いも英語を共通語にしてはじめてみるのもありだなあと。
Kpopのマーケティングを考えたときにやっぱり「防弾少年団」→「BTS」に変わったことは大きい。英語nativeが覚えやすいのと同時に非ネイティブである我々日本人や韓国人はその言葉の変化に対する抗体があるので、すんなりと日韓市場にも浸透したんじゃないかな。
コロナを知ってから、わたしたちは手帳にボールペンではなく、シャープペンシルで予定を書き込むことが多くなった。わたしたちはつい確実なものが欲しくなってしまう。
人はここのところ self-restriction, control, quarantine によってself-managementまでも求められている。 画面に向き合って画面に映る箇所のみに神経を集中させ、画面上に複数の人間が映し出される時間が終わっても伸びをするとそこには当時あんなに憧れていた家という空間が広がっている。 そんなこんなで外と内の切り替えが上手くいかず、身体と神経の疲労度の差に違和感を覚えつつぼーっとスマホのブルーライトを浴びにいく。 そんな日々。
久しぶりに ヨルシカを聴きました 久しぶりに noteを書きました 正確に言うと、久しぶりに書きたくなりました いくら映画にはまっていても満たされない時間があると知った私 人と比べてしまう癖があることを知った私 性格がいいのではなく他人に興味がないだけだと知った私 考えを巡らせること、noteが書ける環境に至るということは余裕のあるゆたかな状態であることを知った私 私は今詩集を読みたい 矛盾だらけで意味が分からない自分 わからないよ と叫びたい 奥底
感情が暇になるはずがないのに、感情が暇な日々。言語化することで罪悪感。
父を失ってからアダルトチルドレンの子や異父兄弟の子、離婚裁判に立ち会った子などからカミングアウトを受けることが多くなった大学生で出会う人が多いからなのかそれともそういうことを話しやすいオーラがあるのだろうか
まともそうな大人がへんてこりんな大人と手を繋いで歩いてる
いつもそう 言ってることが 変わってく 何がしたいの 匂わせたいの
わたくしは 人間界の コアラです 抗えなくて 困っているの
この前、金沢に旅行に行った。 空襲にあっていない町。 加賀百万石。 前田利家の功績は大きいなと感じた。 なにせ現地の人々がおしとやかで上品な方ばかりだった。 景観を崩すことない気品で見事に観光というおもてなしが成り立っていた。 そして観光資源が散見しているにも関わらず、そのひとつひとつの観光資源に一切の手抜きをせず、観光客を侮らない、むしろ期待を上回るクオリティーを提供してくる観光資源に圧倒されるばかりであった。 まず、バスがひっきりなしにやってくるすごさ。
ケープでは感じられない 匂い。 次の日まで消えない。 舞台に上がる時、和服を着る時のみに纏うあの匂い。 たぶん私にしかわからないあの香り。 きつくて鼻をつんとさすあの匂い。 大好きだ。 InstagramをはじめとするSNSで視覚と聴覚を刺激すれば、私たちはどこにだって飛んでいける。 ヨーロッパに旅行している人の写真やInstagramのストーリーを見れば、(音付きのストーリーなら尚更)まるで自分が旅行しているかのような非日常を束の間ではあるが、味わえる。
最近英語で勉強していると色々なアイディアや疑問が浮かぶから楽しいし、なんとなく嬉しい一つの通過点に来た気がする