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タイ・イサーン自転車旅「沼に落ちた鯖人間の物語」

プロローグ

「ゴルゴ13のオールナイトニッポン!」
 パラッパッ、パッパラパッ、パッパラッ。
「はい、今週も始まりました、ゴルゴ13のオールナイトニッポン。先日、仕事でアフガニスタンに行ってきましてね〜。」

ラジオから軽快な曲、Herb Alpert の Bitter Sweet Samba が流れてきた。もう、深夜1時だ。ノートパソコンを閉じて寝るとするか。いや、待てよ。Uさんのタイ自転車旅ブログが更新されている。ふむ、面白い。いいなぁ。私もやってみるか、タイ自転車旅。

※タイ地名のカタカナ表記は、タイ国政府観光庁ウェブサイト https://www.thailandtravel.or.jp に倣っています。

1日目 成田→バンコク

ときは2005年8月、成田発の捕鯨船タイ航空号は夕刻、バンコクのドンムアン空港に静かに降り立った。機外に出ると、もわっとした暑い空気とほのかなナムプラーのにほひに南国ムードを強く感じる。初来泰なので尚更、強烈だ。

タクシーに乗りドンムアン空港近郊のホテルに向かう。タクシーは車間距離を取らずに極力スピードを出し、車線変更を繰り返す。タイ常道のストロングスタイル・タクシーだ。ホテルにチェックイン後、ホテルのレストランで夜食をとった。バジル炒め飯にシンハービールだ。うまい、うますぎる。

今回の旅のお供は、コストパフォーマンスの良さに定評のあるイタリアの自転車メーカーGiant(ギアント)のMTBである。普段この愛車で奥武蔵の里山を走り回っているが、今回初めての飛行機輪行でタイに連れてきた。タイヤはツーリング用の細身だが耐久性もあるMaxxisのものに交換済みだ。ツーリングバッグはOstrichのものを用意した。

川越の家を出てから10時間以上経っていて体は疲れているが、体を動かしたい気持ちの方が強い。ホテルの室内で、輪行袋からバラしてあるMTBを取り出し、ササっと組み立てて翌日からの自転車旅に備えた。

MTBのセッティング完了。

今回の旅程は1週間しかないので、効率良く車の少ない田舎道を旅したい。バンコクから離れた地が良かろう。タイ東北部イサーン地方の都市コーンケーンまで飛行機輪行し、そこを起点・終点として、4日間かけてコーンケーン周辺を周回してみる。全走行距離は500km程となろう。事前に、高校のときの地図帳をもとにルートを決めておいた。

2日目 バンコク→コーンケーン→ マハーサーラカーム

翌朝、輪行袋やら不要な荷物をホテルに預け、ホテルからドンムアン空港まで自走した。タイ国内線は自転車を梱包せずにそのまま預けられるのが有難い。タイ航空の地上係員にMTBを渡しチェックインは済んだ。空港内で英語・タイ語併記の大版タイ地図を購入し、自転車旅の準備は万端だ。

「すみません、日本人ですか。」
突然、機内で隣席の若いタイ人女性に日本語で話しかけられた。
「いや、違います。タイ人です。」
「コーンケーンに何をしに行きますか。」
「自転車ツーリングです。」
「えっ! 暑いですよ。危ないですよ。困ったことがあったら、私に連絡をして下さい。」
「ありがとうございます。」
携帯電話の番号を交換した。コーンケーン在住のNさん、語学学校で日本語講師をしているとのことだ。親切で優しい現地の知り合いができ心強かった。

コーンケーン空港

コーンケーン空港には1時間ほどで着いた。少し待っていると、地上係員がコロコロとギアントのMTBを手押ししてきた。
「それ、ぼくのです。ありがとうございます。」
再会を約束してNさんと別れ、不具合がないかMTBの総点検し、さあ、出発だ。

コーンケーン空港から南東に進む。空港を出て10分後、後輪タイヤがパンクした。しかも、いつのまにか道端の牛糞を踏んでいたようでタイヤが汚れている。一先ず泣いた。猛暑の中、日陰を探し、手に牛糞が付かないようパンク修理をした。

パンク修理エリア      南東に進む。

気を取り直して、地図を頼りにコーンケーンの隣県マハーサーラカームを目指した。マハーサーラカームについて、「地球の歩き方」や「ロンリープラネット」といったガイドブックに記載は一切なく、事前に情報が得られていなかった。記載がない理由はおそらく、観光要素が少ない土地柄か、桃源郷過ぎて外国人には機密にされているかのどちらかだ。

前者であった。マハーサーラカーム中心地には夕方無事に着いたが、道中、観光地らしいエリアは見かけなかった。もっとも、車やバイクが少なかったので安全に移動ができ、これぞタイのローカルエリアだという雰囲気を満喫し、早速、タイの風土に魅了された。

マハーサーラカームの中心地で、道行く人に街一番のホテルの場所を聞き、とは言っても1泊2500円程の古いビジネスホテルであったが、そこに辿り着いてからタイ飯・シンハービール・タイマッサージの三重奏を奏でて、この日を終えた。

3日目 マハーサーラカーム→ローイエット

ホテルをチェックアウトし、この日もさらに南東に進む。マハーサーラカームの隣県ローイエットが目的地だ。台座も含めると70メートル近くもある仏立像が有名なところらしい。とりあえず、まぁ、その仏立像を目指したい。

イサーンは赤土の大地だ。イサーンの赤土は農作物を育てるのに適さない土壌と言われる。保水力がないためらしい。確かに、自転車で進んでいると赤土の表面が乾燥しておりスリップし易い。砂埃も舞う。転けぬよう、じっくりと進んだ。

赤土の大地を進む。

地図で判断するにそろそろかなと思っていたところ、やはり見えてきた、仏立像が。背後からの接近になってしまった。ゴルゴ13だったら大変なことだ。仏立像のあるブラパーピラーム寺でお参りをしてから、ホテルに投宿。シャワーで疲れを癒し、食事をとり、ナイトマーケットを散策した。日中は暑いから夜間に練り歩くよね、皆さん。

 背後から接近した。   賑わうナイトマーケット

4日目 ローイエット→カラシン

この日はローイエットから北上してカラシン県へ向かう。タイはバンコク都と76県から成るが、都県ごとの世帯別平均所得ランキングにおいてカラシン県は最下位らしい。77位だ。所得という尺度において貧しい県と言える。

この日も車の少ない田舎道を進んだ。どこまでも緑が濃い。椰子の木やバナナの木を見て、しみじみと熱帯を感じつつも、追いかけてくる野良犬には気をつけないといけない。

暑さ対策のため、食堂の屋根の下で休憩をこまめにとっていた。道沿いにポツポツと食堂があり助かる。休憩時におばちゃんは美味しいパパイヤサラダ(ソムタム)を作ってくれ、地元の小学生はワラワラと集まり、おっちゃんは「まあ、1杯飲めよ。」と水をくれた。

彼等は金銭的に苦しい生活を送っているかもしれないが、言葉の通じない外国人自転車旅人に対する優しさ溢れる振る舞いは完璧だった。タイの人達に魅了された。

夕方、無事目的地カラシンの中心地に着いた。投宿したカラシンのホテルにはイベントホールがあり、ステージ上の歌手が客からチップを貰いまくっていた。タイの最高額紙幣1000バーツ(当時で3200円ほど)が飛び交っている。うむ。所得が少ない県だというデータではあったが、こういう世界もあるのか。まあ、貧富の差が大きい国だしな。シンハービールを1本だけ飲んで120バーツを払い、そそくさとイベントホールを後にした。

5日目 カラシン→コーンケーン

自転車旅の最終日。カラシンから西進しコーンケーンへ戻る。「最高だ〜。気持ちいいなぁ〜。」などと叫びながら風を切っていた。長年の左膝の痛みが出なかったこともあり、気分良く快調にペダルを漕ぎ続けられていた。

「タイは自分にすごく合う気がする。ビザの取得もし易いようだし、タイに住んでみたいなぁ。」
ペダルを漕ぎ景色を堪能しつつも、頭の中ではタイ生活を夢想していた。タイ沼に落ち始めていたのだ。

コーンケーンの中心地に辿り着いた。楽しい自転車旅であった。実のところ、ここには書けない出来事もいくつかあったが、それらも含めて楽しかった。遊園地でずっと遊んでいるような感覚、桃源郷でフワフワ浮遊しているような感覚、そんな心踊る時間を味わった気分だった。

ホテルにチェックイン後、Nさんにコーンケーンに無事戻ってきた旨連絡し、再会した。どこに行ってきたのか聞かれたのでざっくりと答えると、よく無事に戻ってきたなという表情をしつつも微笑んでくれた。ずっと心配をしてくれていたようだ。優しい人だ。

Nさんと全裸紳士さん

一つ気になっていたことをNさんに質問してみた。タイのアイドルの曲が各所でやたらと流れていたのだ。大ヒット曲なのだろう。
「ハイツァイ、コーック、ホォーター。というのは誰の曲ですか。」
耳に残っていた歌詞の一節をNさんに伝えてみた。
「う〜〜ん。Four-Modかな。」
CD屋に連れて行ってもらい、曲を確認した。間違いなくこれだ。
「これ下さい。」
楽しいタイ旅で浮かれまくっていたのだ。タイアイドルのCDを即買いした。アイドルものは中学生のときに原田知世さんのレコードを買って以来だ。

その後、Nさんの友人達と合流し夕食をいただいた。辛いタイ料理だった。ご馳走してくれた。皆さん良い方々で、「タイに来て良かった、飛行機の中でNさんと隣り合ったのは運命だな。」としみじみ思った。何人ものコーンケーン在住のタイ人と親しくなり、旅の満足度がさらに上がった。Nさん、ありがとう。感謝します。

6日目 コーンケーン→バンコク

イサーンとお別れだ。コーンケーン空港まで自走し、空路、バンコクのドンムアン空港に戻った。ドンムアン空港からも自走し、タイ旅初日に泊まったホテルに戻ってきた。無事にこのホテルに帰って来れたな。旅のお供、ギアントのMTBは役目を十分に果たしてくれた。パンクを1回しただけで、終始最高のはたらきでした。ありがとう。

MTBを輪行袋に丁寧に梱包していく。翌日のフライトに備えた帰り支度だ。極度の帰りたくない病が発症し、悲哀のブルーズ汁がドバドバ分泌された。

MTBをバラして梱包していく。

7日目 バンコク→成田

バンコク発成田行きの捕鯨船タイ航空号に搭乗するまでに少し時間がある。バンコクの中心地にタクシーで出向くか。いやいや、タイ・ストロングスタイル・タクシー(TSST)には極力乗りたくない。ホテル内でマッサージをしてもらい、蒸し鶏飯(カオマンガイ)を食べてのんびり過ごした。

そろそろ時間だ。 Four-ModのCDを片手にタクシーでドンムアン空港に向かった。1週間の初タイ旅は短過ぎた。ブルーズ汁が止まらない。

タイ航空号への搭乗直前、Nさんに電話をかけお別れの挨拶をした。
「いろいろとありがとう。近いうちにまたタイに来るよ。コーンケーンにも直ぐに行くね。」
「はい、ぜひ来てくださいね。さようなら。」
「さようなら。元気でね。」

エピローグ

当時、私は酔い潰れた鯖のような顔で将来を悲観し、海外に活路を求め海外移住先を模索していた。第一候補はヨーロッパのいづこかの国であったが、私のようなロースペック鯖人間にはビザのハードルが高過ぎて無理な話であった。

そんな中、よくある話であるが、初のタイ旅によってタイにどっぷりハマった。タイ沼に落ちた。海外移住先第一候補がタイに変わった。来る日も来る日もタイの仕事情報・生活情報をネットで検索しまくり行動に移し、終に、イサーン自転車旅の翌年、2006年4月からバンコクで生活を始められることとなった。やった、タイ移住によって鯖人間から卒業できる。

2006年4月、川越からバンコクへの引っ越しを終えると、直ぐにイサーン自転車旅第2弾を実行し、コーンケーンでNさん達と再会した。
「タイに住むことになったよ、Nさん。」
「ようこそ、タイへ。」
この旅を終えバンコクに戻ってからも、Nさんとは連絡を取り合い親しくさせてもらっていた。

そして、タイに移住してから数年後のこと。全くもって思いもよらないことが起きた。Nさんにお金を騙し取られたのだ。あぁ。あの、心優しきNさんに。数万バーツだ。哀しみのチョーキングビブラートが鳴り響いた。

当然、Nとは話し合いをしたが、彼女は平然としていた。お金の回収を諦め、Nとの付き合いを絶った。こういった金銭詐欺のようなダークなことも含めて、底なしのタイ沼なのかもしれない。Nに騙されたあのときの俺、怪しい儲け話に乗っかってはいけないぞ。あのときの俺のヴァカ。

春節の爆竹が鳴りまくる破滅的な曼谷にて
2024年2月 全裸紳士

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