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育てたいのは、地域のリーダーとなる経営者。JA全農岐阜のいちご新規就農者研修所に迫る

日本で農業に携わる人は減少し続けています。「基幹的農業従事者」と呼ばれる、主に自営農業を仕事にしている人は、2000年には約240万人いましたが、2020年には約136万人まで減りました。

岐阜県も例に漏れず生産者は減少しており、中でも顕著なのがイチゴです。この減少に歯止めをかけるため、JA全農岐阜は2008年にイチゴの生産で新しく就農する人を育てる「JA全農岐阜いちご新規就農者研修所」を作り、生産者の育成をスタートしました。

イチゴは栽培技術次第で単収(面積当たりの収量)が向上する作物(実際に、日本全体のイチゴの単収は10年で約10%増加している)であり、イチゴの生産を盛り上げるためには確かな栽培技術を教えることも重要です。

研修所では、毎年4名程度の研修生を受け入れて、収量のとれる技術を14か月間かけて教育します。これまで12年間運営し、合計45名の新規就農者を輩出。研修所の卒業生全員が生産を続けており、なんと、岐阜県内のイチゴ生産者の約2割を卒業生が占めています

途中で挫折してしまうことの多い新規就農。それにもかかわらず生産を継続できる就農者を輩出し、岐阜県のイチゴ生産を下支えしている研修所の取組みを、卒業生と講師に聞きました。

澤田直樹(さわだ・なおき、写真右)
「いちご新規就農者研修所」の9期生。岐阜県内の農業高校を卒業後、就農を目指して2016年4月〜2017年5月に研修を受講。その後、岐阜市内でイチゴ生産者として就農。2021年2月現在、4作目のイチゴ栽培で美濃娘を生産している。
越川兼行(こしかわ・かねゆき、写真左)
岐阜県の職員として約30年イチゴ栽培の研究に従事し、岐阜県方式の栽培システムの確立や、濃姫、美濃娘といった品種育成などに携わった。定年退職後にこの研修所の講師として、イチゴの栽培技術や生産に必要な知識を教えている。

研修所ではどのようなことを学ぶのですか?

澤田:イチゴの生産に必要な知識や技術を14か月で学びます。流れとしては、4、5月に体験研修として先輩からハウスの管理を引き継ぎ、6月から翌年5月の研修終了まで、一人あたり10a(10aは10×100mの広さ)のハウスを任され、栽培を実践していきます。

越川:栽培の実技はもちろんですが、座学でイチゴの生理生態や病気、栽培機器について、そして経営に欠かせない農業簿記なども教えています。

澤田:農家さんで習う場合は、頭を使わずに真似て作業するだけでも時間を過ごせてしまいますが、この研修所では自分で考えて行動しないと栽培が進まないのです。研修生が主体となって学べるのがいいところだと思います。

越川:研修生は就農するときに、ハウスの初期投資など借金を背負って就農するわけです。それでもやっていけるように、収量が十分に取れる技術を教えています。澤田くんが言うように、最終的には自分の頭で考えて実践してもらっていますね。

澤田:あとは、栽培の研修と併せて、「就農支援会議」という場があります。この会議は、全農岐阜県本部、JA、県、市町村の関係者の方が、研修生と一緒に、農地の取得や設備の仕様などを検討してくれる場です。就農までの道のりをサポートいただけてありがたかったです。

越川:技術を教えるだけではなく、そうしたサポートも含めてトータルで就農を支援しています。ただ単に「イチゴの栽培ができる人」ではなく「イチゴ生産の経営者」を育てているつもりです。

研修での苦労はありましたか?

澤田:苦労ばっかりです。初心者だったので、ダニやうどんこ病などの病気にすぐに気づけず、対処が大変でした。でも、研修中にそうした経験をして病気に対する対処方法を学べたのは就農してから非常に役立っています。

越川:イチゴは、温度や日照時間などの影響を受けやすい植物で、それを上手くコントロールし栽培することがイチゴ経営で収量を多く得るためのコツです。ちょっとした間違いが減収という大惨事につながってしまいます。一方で研修生には、イチゴどころか植物を育てたことも無いような人もいます。そういった人でも14か月という短い期間で、収量の取れる技術を習得してもらえるよう意識しています。

研修内容以外にも得たものはありますか?

澤田:この研修事業は12期続いているので、先輩との縦のつながり、そして同期との横のつながりもあります。その先輩や同期の生産者たちに相談できることが、助かっています。相談や議論ができる相手がいることは、農業ではとても重要です。

越川:今ではトマトなど他の農産物でもこの研修所のやり方を取り入れて就農者育成をしている品目もあります。栽培技術の研修だけではなく、澤田くんが言うような人的ネットワークができることや、JAや行政と協力して就農を支援する仕組みも評価されているのだと感じています。

これからの抱負を教えてください

澤田消費者の方に満足していただけるイチゴづくりを目指していきます。栽培においては、今期から規模拡大したのですが、手が回らず作業が遅れ気味になるという課題が出てきました。まずはそこをしっかりやって、自分の経営を安定させることが第一の目標です。将来的には、地域を担える生産者になりたいですね。

越川:澤田くんのような「自立経営ができる生産者」「地域のリーダーになれる経営者」を引き続き育てていくことが研修所の使命で、それに邁進することは当然だと思っています。私は研修所でポット育苗だけに頼らない、軽作業化や作業分散ができる色々な栽培方法も教えています。それをどう取り入れるかは、卒業して就農して経営者となった彼ら自身が考えていくことですが、そのいろいろな栽培方法は、規模拡大や労力軽減に役立つと思っています。規模拡大においては、家族経営に留まらず、法人化などすることも良いでしょう。そうすることで1ha・1億円経営をやるような卒業生が、この気象条件に決して恵まれていない岐阜県の中で、何人かでも出てくるといいなと思いながら指導しています。