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豚を育て、豚肉を売る高校生。顔の見える生産者としてブランドを背負う

スーパーやお肉屋さんで買う豚肉。パックには●●県産という表示はあれど、誰がどんなところで生産したのかを知ることはなかなか難しいことです。そんな中、埼玉県の熊谷で養豚をしている高校生が、顔の見える生産者として地元のブランド豚肉を盛り上げていると聞いて取材に伺いました。

豚を育てる高校生

埼玉県の北部、熊谷市に歴史ある農業高校があります。熊谷農業高校です。
同校には、農業・食品・生活の分野それぞれに特化した学科があり、日々、生徒たちが実践的に学んでいます。
その中に、動物に特化して学ぶ生徒たちがいて、校内で黒豚を飼育しているというので訪ねてみました。
 
訪問したのは8月末。暑さで有名な熊谷ということで、取材の前日までは”暑いぞ!”を覚悟していました。しかし当日は幸いなことに涼しく、私は胸をなでおろしました。
熊谷農業高校は、熊谷駅から2kmほど離れたところにあるので車で向かいました。駅前の繁華街を離れ、住宅地の中を進んでいくと、熊谷農業高校にたどり着きました。と言っても、校舎や体育館は見当たらず、畑やビニールハウス、畜舎、実習棟などが広い敷地内に並んでいます。後からGoogle Mapを見て知ったのですが、教室などは隣接する別の敷地にあるようです。熊谷農業高校、広大だ。
 
実習棟におじゃますると、生徒さんが迎えてくれました。
動物に特化して学んでいる「動物科学コース」の生徒さん6人です。

さっそく豚舎に案内してもらいました。
 
作業着に着替えた生徒さんたちとともに豚舎に到着。


そしてこちらが、生徒さんたちが飼育している豚です。ご覧のとおり、黒いです。「彩の国黒豚」という埼玉県のブランド黒豚です。

生徒たちは、当番制で365日、毎日朝夕に豚の世話をします。世話は主に給餌と豚舎の掃除、豚の健康観察を行います。授業のある日は、朝7時ころに登校して、豚の世話をして、日中に授業を受け、放課後再び豚の世話をします。休日や夏休みも当番をまわしながら世話をします。

給餌や掃除の方法は、先生から指示を受けるのではなく、生徒たちが自律的に行っているそう。新入生が入るたびに、先輩から後輩へと受け継がれています。ただ単に作業をするだけではなく、豚の様子も観察し、けがや病気の兆候があればみんなで情報共有して注意深く世話をするようにしているそうです。
 
生徒さんに豚の世話は大変ではないかと尋ねると、「新入生の時は想像したよりも大変だったが、回数を重ねるごとに楽しいと思えるようになった」と話してくれました。大変なことを、楽しいと思えるまで続けられるなんてすごい…。
 
この黒豚は、8か月齢まで育てられると出荷されてお肉になり、消費者のもとへと届けられます。訪問したとき黒豚6か月齢くらいで、10月末に出荷されるとのことでした。

そもそも豚肉はどうやって私たちのもとへ届く?

豚肉は畜産農家から、と畜場へ出荷されます。ここで枝肉(大きな骨付きのお肉)に処理され、それを卸業者が買い付け、部分肉(部位ごとのお肉の塊)に処理され、スーパーや精肉店などの小売店に卸されます。畜産農家だけではなく、さまざまな方がバトンをつないできたお肉を、私たちは購入しているというわけです。

熊谷農業高校で育てられた黒豚も同様です。群馬県内のと畜場でと畜されたのち、JA全農ミートフーズが仕入れ、地元の直売所やスーパー、精肉店などに販売されています。

せっかく高校生が育てた豚肉を売るなら、と立ち上がった大人たち

熊谷農業高校で生産された黒豚を仕入れているJA全農ミートフーズでは、熊谷農業高校の生徒さんが育てた豚の肉をただ単にほかの豚肉と同様に売るだけではなく、何かできないかと思案していました。そんな中、担当の吉澤さんは、生徒が自身の育てた豚肉を販売する店頭に立ち、消費者と直接交流しながら販売するのはどうか、と思い付きました。
そこで、熊谷農業高校で生産された豚肉を卸している小売店や熊谷市内の直売所にこの企画を相談しました。すると快く受け入れてくださり、生徒さんが店頭に立ってお肉を販売する取り組みが実現しました。取り組みはすでに3回実施し、いずれも盛況だったとのことです。

高校生の店頭販売、にぎわう

秋が深まってきた11月初頭、生徒さんが店頭で黒豚を販売する企画があるとのことで、再び熊谷を訪問しました。8月末の軽装備とは一転、もうジャケットを羽織ってちょうどよい気温です。
 
この日、生徒さんが店頭に立つのはニュー・クイックアズ熊谷店。ニュー・クイックさんは、全国に100店舗を展開するお肉の専門店です。
そして販売されるのは、8月末に熊谷農業高校を訪問したときに飼育されていた黒豚です。
 
14時ころにお店に伺うと、店頭の一番目立つところに熊谷農業高校の黒豚がずらーっと並んでいます。バラやロースのような有名な部位だけではなく、ちょっと珍しい部位のお肉のパックや、お店自家製の生ウィンナーなども陳列されています。

16時前に、授業を終えたばかりの生徒さんがお店に到着しました。
そして、16時に販売開始。お客さまが集まってきます。
生徒さんは法被を着て、飼育しているときの写真を載せたプラカードを持ちながら、物怖じすることなくお客さまに話しかけて、黒豚をアピールしていきます。フロア内の放送でも、生徒が売り場に立っていることを案内し放送。さらにお客さまが集まってきます。

飼育から販売まで関わることで学んだこと

販売の合間に、生徒さんにお話しを伺うと、「最初はドキドキしたが、自分たちがいろいろ考えて育てた豚を手に取ってもらえるのはうれしい」とか、「去年の販売にも来てくれたお客様がいて、彩の国黒豚が認知されているなと感じた」と話してくださいました。
また別の生徒さんは、「出荷の時は悲しかったが、こうやって関われてよかった。飼育から販売まで実体験することで命の大切さを学ぶことができた」とも語ってくださいました。

生産者としての喜びとともに、命の大切さを感じた生徒さん。実体験をもって語られる生徒さんの言葉に、私自身も食というのが命をいただく行為でもあることを再認識しました。
また、生徒の販売がきっかけで「彩の国黒豚」のリピーターになっているお客さまがいるということは、生徒さんが顔の見える生産者としてブランドを背負っているのだと感じました。

小売店としても意義ある取り組み

高校生が売り場に立ったニュー・クイックアズ熊谷店の店長である柿沼さんにもお話を伺いました。地元の高校で作られた豚肉だということで、ぜひやりたいと企画に賛同したそうです。「生徒とはいえ1軒の生産者としてとらえている。生産者が売り場に立つことで、より安心してお客さまに買い物をしていただける、とても意義のある取り組みだと感じています。 」と話してくださいました。

地元に密着した直売所でも

地元のJAくまがやでは、熊谷農業高校の卵やアイスクリームなどを管内の直売所で販売するなどして、同校を応援してきました。「彩の国黒豚」については、同校で初めての出荷があったときから、高校生による店頭販売を実施しています。
そんな直売所の一つが「ふれあいセンター妻沼店」です。地元生産者が作った農産物を中心に販売しており、彩の国黒豚も人気商品のひとつです。この「ふれあいセンター妻沼店」の方に、高校生による店頭販売についてお話を伺いました。

店長の神山さんは、高校生がお客様とお話するのをときどきサポートしながら、販売を見守ったと話してくださいました。高校生が店頭に立った時は普段よりも多くの「彩の国黒豚」を買っていただけたそうです。
直売所は、もともと地元の農畜産物をお客様とつなぐ懸け橋になっていますが、熊谷農業高校の高校生たちも、その懸け橋として活躍しているのだと感じました。

直売所での販売の様子はこちらでもご紹介しています。

お肉に限らず、農畜産物の生産と消費の場が離れている現代。自分が食べているものがどうやって作られ・届けられているのかが見えにくくなっています。今回の取り組みは、がんばる生徒さんと流通にかかわる方々が協業することで、地元の生産者と消費者をつなぐことができたのだなと感じました。

おまけ

「彩の国黒豚」って?

彩の国黒豚は、筋繊維が細かくて歯切れが良く、やわらかい豚肉です。脂肪はまろやかで甘みがあるのが特長。麦類やさつま芋、飼料米を使った専用のエサで育てます。一般の豚は出荷されるまでの肥育期間は約6カ月ですが、約8カ月かけてゆっくり肥育するのも特徴です。
 
どこで買える?
埼玉県内の農産物直売所や、一部の小売店で購入できます。
https://www.zennoh.or.jp/st/product/kurobuta/store.html