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【小説】便利屋玩具のディアロイド #04『カブラヤ』後編

【前回】

 カブラヤの本社までは、電車で一時間ほどの距離だった。
 社会人ばかりが歩くビジネス街を、彩斗はどことなく居心地悪げに歩いていく。
 彼の肩に乗ったボイドは、周囲を警戒しながらも会社までの道を彩斗に教える。
 やがて見えてきた巨大なビルに足を踏み入れると、瞬間、「わぁ!」と大きな声が響いてきた。

「ホントに来てるじゃん、久しぶり~!」
「……あれだ」

 手を振りながら近づいてくる女性に、彩斗の肩に乗ったボイドが言う。
 黒い髪を後ろで乱雑に括り、白衣の胸ポケットに眼鏡を突っ込んだ女性。
 彼女はボイドと彩斗の傍まで寄ると、にへらと緩い笑みを浮かべ、「こんにちはぁ」と挨拶をする。
「カブラヤカンパニーディアロイド事業部開発主任、境川星奈です~。君が……有岡さんの息子さん、で良いんだよね? よろしくねっ!」
「……有岡、彩斗です」
 差し出された右手に、彩斗はおずおずと握手を返した。
 見上げた視線には、相手を値踏みするような気配が混じっている。
 ボイドは彩斗のそんな眼差しをチラと確認してから、境川星奈の反応を見た。
「ふんふん。どことなーく雰囲気が似てるね。頭の良さそうなところとか!」
 彩斗の目線の意味を分かっているのかいないのか、彼女はうんうんと満足げに頷いて見せた。それからボイドへと視線を向けて、じぃ、と一気に顔を近づけた。
「……なに、これ」
「あー……その……少し、事故というか、な?」
「な? じゃないでしょ! 見たら分かるよ!? これがどういう傷かくらい!」
「うるさい、騒ぐな……彩斗も驚いてるだろ」
 肩のボイドに顔を寄せたということは、彩斗の顔に近づいたという意味でもある。
 急に大人の女性に顔を近づけられ、なおかつ大声を出された彩斗は、身を固めてどうしていいか分からなくなってしまっていた。
「あっ。あら~……ごめんね、彩斗君?」
「いえ。……大丈夫です」
 答えながら、彩斗は一歩二歩と後ずさる。
 その様子を見て、「ほらな」とボイドは肩を竦めた。
「お前の喧しさには誰でも驚くんだ。その辺りは全く治ってないようだな、星奈」
「むぅ。元気な所が素敵だねってよく言われますけど~? それに、治ってないって意味ではアッシュだって人の事言えないでしょうに」
「……アッシュ?」
 星奈の口から出た聞きなれない言葉に、彩斗は首を傾げた。
「昔の名前だ。……今はボイドだと、前も言ったろ」
 ボイドはすかさず付け加えて、ぶっきらぼうに星奈へ言い返す。
 ボイドねぇ、と星奈は口の中でその名前を転がし、「似合わないと思うけど」と前置いてから、続ける。
「突然飛び出していったかと思えば、大怪我して帰ってくるって……どういうことなの」
「どうもこうも、俺なりに精一杯自由を満喫した結果だ。その点について文句を言われる筋合いは無い」
「そんなこと……はぁ。ま、ここで言ってても仕方ないか」
 これ以上話しても埒が明かないと思ったのだろう。
 星奈はわざとらしく肩を落としてみせてから、彩斗に「はいこれ」と入館証を手渡す。
「お客さん用の入館証、つけといてね。無いと怒られちゃうから」
「えっ、はい。……ええと」
「中、入るんでしょう? あれ、やっぱ社会科見学ってわけじゃ……ない?」
 要件言わないから、と星奈はボイドに恨めしそうな眼を向ける。
 だがボイドはそれには反応せず、「行くぞ」と彩斗を促した。
「どうせここでする話じゃない」
「……まぁ、そうか」
 頷いて、彩斗が入館証を首に提げると、星奈はセキュリティゲートへと二人を案内した。
 改札に似たゲートに入館証をタッチして中に入ると、二人と一機はエレベーターへと乗り込む。たんっ、と星奈が十二階のボタンを押すと、エレベーターは音を立てて昇り始めた。

「……」
「……」
「……」

 そしてしばしの間、無言が続く。
 なぜ誰も喋らないのか。ボイドと境川星奈はどういう関係なのか。
 疑問を抱く彩斗は、一人だけ気まずい感覚に襲われながら、じっと重力に身をさらす。
「十二階には、ディアロイドの開発室があってね」
 最初に口を開いたのは、星奈だった。
「詳しい話はひとまずそこで。アッ……じゃなくてボイドの体も直さないといけないし」
「そういえば、見ただけで壊れてるって分かったんですね」
「そりゃあ、わたし達が作ったんだからね。……連絡が来たから、ってのもあるけど」
 そう言って星奈は苦笑いした。
 長く音信不通だったボイドから『頼みがある』と言われたのだ。何か良くないことが起こったのではないか、と心配して注視するのも、無理からぬ話だろう。
「わたしも色々知りたいな。ボイドが今何してるのかとか、なんで彩斗君がボイドと一緒にいるのか、とか……」
 言葉の途中で、エレベーターが十二階に到達する。
 ひとまず、と星奈は開ボタンを押しながら、ボイドと彩斗を廊下へと促した。
 と、その時だ。

 ぶぅぅぅん、という低い風切り音が、廊下の端から迫ってきた。

「アーーーーニーーーーキィーーーーーッッ!」

「なんだ、あれ?」
 ボイドと彩斗が天井付近を見上げると、そこには高速で動く虫のようなものが飛んでいた。いや、よく見れば虫ではない。半透明の樹脂で出来た羽を震わせているのは……恐らくは、昆虫型のディアロイド。

「これが兄貴? 出会えて感激! マロは蝉麻呂、最新鋭機ッ!」
「お前のような弟に覚えはない」
「いきなりシャットアウト? めげずにコンタクト! マロと兄貴は兄と弟ッ!」
「……。星奈、なんだこいつ」

 ぶぉんぶぉんと音を立て、そのディアロイドは空中をジグザグに移動した。
 その速度はかなり素早く、移動を目で追えない。加えて……とても、うるさかった。
「なにって、弟だけど」
「弟なのか……」
「そう。プロトタイプ第十九号、セミ型ディアロイド試作機『蝉麻呂』ちゃん」
「蝉麻呂チャンデス! よろしくな、兄貴ィ! ジジジジジィ!」
「声がデカいッ!」
 廊下に響き渡るような笑い声だった。
 眼前にゆっくりと降り立つ蝉麻呂を見て、彩斗は「へぇ」と声を上げる。
「ボイド、弟いたんだ」
「俺も知らないのがな。別に同型ってわけでもないんだ、弟面は止めろ」
「ショック! そりゃ無いぜ兄貴ィ……!」
「……っていうか、プロトタイプ? が、ボイドの弟?」
「あら? なんだ彩斗君、ボイドに聞いてないの?」
「別に話すことじゃないしな」
「隠す事でもないよね? ボイドってね……」

 ディアロイドの試作第三号なんだよ、と星奈は言った。
 その言葉に、彩斗は眼を見開き驚く。

「聞いてない。え、なんで?」
「だから、話すことじゃないだろ。昔語りは好きじゃないし、護衛の仕事にも関係ない」
「護衛? ねぇ彩斗君、ボイドって今何してるの?」
「えっと、それは……」

 それからボイドたちは、空いた会議室に入ると、現在の状況を話した。
 彩斗が父の遺したSSDを所持していること。
 暗号化されたそのデータを解析していること。
 そしてデータを求めてか、プロテクトを持たないディアロイドが家を襲撃してきたこと。

「……それって『NOISE』じゃなくて?」
「口振りからすると違う。状況から考えて『KIDO』の兵で間違いないだろう」
 星奈の疑問に、ボイドはそう答える。
 元々は彩斗の推論だが、ボイド自身もそうであろうと考えていた。
「その襲撃で、俺はフレームにダメージを負った。直すために、不本意ながらここに来た」
「不本意ながら、って。いつでも帰ってきて良いのに」
「帰るつもりで来たんじゃない。……俺はもう、誰の玩具でもないんだ」
「……そう」
 ボイドの返答に、星奈は寂しげに目を細めた。
 きっとボイドを案じているのだろう、ということは、傍から見ていた彩斗にも分かる。
 けれどボイドは気づかないフリをして、「それで」と話を続ける。
「直せるか、星奈?」
「そうねー……パーツはあるし、うん。直せるよ、大丈夫。でもね……」
 星奈の視線はそこで、彩斗の方へと向いた。

「彩斗君。悪いんだけど、君はこの件から手を引いてくれないかな」
「は? ……すみません、どういう意味ですか?」

 星奈の発言に、彩斗は一気に警戒を強めた。
 もしや、『KIDO』側に付くのか。疑いの眼差しを向ける彼に、星奈は優しい声で言う。
「任せて欲しいの。お父さんのこと。遺されたデータのこと」
「任せるって。境川さんが父さんの死の真相を暴いてくれるってことですか」
「そう。私に出来ることは何でもして、真相を突き止める。だから、彩斗君は……」
「いや、いや……それは、駄目です。嫌です」
 彩斗は首を振って、背負ったリュックを前にして抱く。
「信用……出来ないですよ、流石に。だってカブラヤだって……」
「うん、『KIDO』と協力してる。でもね、それとこれとは別。私だって、有岡さんの事故は不自然だって思ってたし、当時もそう証言したんだけど……」
 有岡勇人の事故死に疑問を抱いていたのは、彩斗だけではなかった。
 星奈や、他のカブラヤ社員……そして『KIDO』の人間の中にも、彼の死に違和感を抱いていたものは多くいた。
 けれど結局誰一人陰謀を証明することは出来ず、警察もまた、事故と断定したのだ。

「証拠が無かったし、それを追求する余裕も当時は無かったの。ディアロイドの開発は終盤で……あの子たちを無事に子どもたちに届けるのが、有岡さんの望みでもあったし」

 でも、と星奈は言う。
 証拠に繋がりうる情報が眠っているのなら。
 それを無視して、知らんぷりなんて絶対にしない、と。

「彩斗君とおんなじ気持ちだよ。もし『KIDO』が有岡さんを殺してしまったのなら、許すことは出来ない。だから、SSDを渡してほしいの」
「だとしても! なんでオレが手を引かなきゃいけないんですか! 暗号の解析だって、」
「彩斗君はまだ子どもでしょ。危ない目にも遭ってる。放っておけるわけがないじゃない」

 拒絶しようとする彩斗に、星奈は言い切った。
 助けを求めようと彼はボイドに目線を送るが、ボイドは「それが良いだろ」と口にする。
「俺は、賛成だ。正直言って、子どもとプラスチックが手を出して良い案件じゃない」
「っ、ボイドもかよ!」
「……」
 元々考えていたことだった。
 この件を、然るべき人間の手に送り届ける。
 星奈なら或いは、と思っていたが、実際彼女の反応はボイドの想定通りだった。

(あとはこのまま、どうにか彩斗を説得できれば)

 彼を危険から遠ざけることが出来る。
 ボイドは、そう考えていたのだけれど。
「……嫌です。嫌に決まってる!」
 彩斗は受け入れなかった。
 信用出来ないという理由ではない。解決しないかもしれない、という危惧ではない。
 それだけの理由なら、話し合えるだけの余地を彩斗は持っていた。
 けれど違う。彼がそれを受け入れられない理由は、ただ一つ。
「それじゃ……オレが納得出来ない」
「……っ!」
 父親の死の理由を知りたいと思ったのも。
 父親のSSDに何が遺されているか知りたいと思ったのも。
 誰でもない、彩斗自身なのだ。

「オレが始めたんです。自分で最後までやらないと、オレはきっと一生引きずります」
「一生だなんて、そんなの……」
「分かりますよ。一年努力して、解析も出来るようになって、でも結局最後は他人任せじゃ、オレは……自分じゃ何にも出来なかったってことでしょう!」
「…………」
「それが普通よ。君はまだ子どもだし、危険な目に遭ってまで何かをする必要なんて」
「……必要かどうか、じゃないだろ、それは」

 口を挟んだのは、ボイドだった。
 思わぬ彼の発言に、彩斗と星奈は共に言葉を切る。
「彩斗は、自分で始めたことに"自分で責任を持ちたい"と思った。そこに必要性は関係ないはずだ。……違うか?」
「……そうだよ。SSDを捨てなかったのはオレだ。だからこれは、オレの責任だ」
「なら護衛を頼むのは自分の力の範疇か。金は自由だからな。分からないって言ってたが、分かってるじゃないか」
 笑い混じりに、ボイドは言った。
 金銭でのやり取りは自由だ、と彼が言った時、最初彩斗はピンと来ていない様子だったが……何のことは無い。彩斗自身、初めからそうだと理解していたのだ。
「何が言いたいんだよ、ボイド」
「別に。ただ一つだけ確認させてくれ」

 その責任を果たさなくても、お前は幸せに生きられるんじゃないのか?

 ボイドは彩斗の眼を見て、そう尋ねる。
 瞬間、星奈は小さく息を呑んだ。彼女が口を開こうとする前に、彩斗は首を振って、答えを返す。

「無理」

 彩斗はそう信じていた。
 果たして五年後、十年後、同じ答えを返せるかどうかは怪しいものだ。
 ボイドはそれを分かっていて、けれど自嘲気味に溜め息を吐く。
(なんで聞くかね、俺も)
 この事件を大人の第三者に届けるまでが仕事だ、と思っていたのに。
 彩斗の事を、危険から遠ざけなければならない、と思っていたのに。
 彼の言葉を聞いて……ボイドは、こうせざるを得なくなってしまったのだ。

「なら……仕方ないな。手を貸してやる」
「ちょっ、アッシュ! さっきは賛成だって」
「ボイドだ。不本意だが仕方ないだろ。それもコイツの笑顔のためだ」
「うっ……」

 星奈の文句に、ボイドは肩を竦めながらそう返す。
 突然の翻意の理由が分からない彩斗は、ボイドと星奈を交互に見やりながら戸惑った。
「えっと……いいの?」
「元々、そういう契約でもあるしな。ただ」
「ダメです! プロテクトの無いディアロイドが相手なんでしょ? 危なすぎるって!」
 星奈の意見が変わることは無い。
 言っていることも至極当然の内容だ。
 つまり、彼女を納得させるだけの理由が必要となる。

「なら、こういうのはどうだ?」

 そこでボイドは、背負った剣を中空の蝉麻呂へと向けた。
「ここでマロ? 用事は何だろ?」
「俺と蝉麻呂がバトルして、勝てば"戦うだけの力がある"と認めてくれ」
「ジジジ!? 突然バトル!? 戸惑いキョドる!」
 いきなり戦いを挑まれた蝉麻呂は、その場をぶんぶんと飛び回った。
 目まぐるしい彼の動きを一切無視して、ボイドは星奈の返答を待つ。
「……あのね、蝉麻呂ちゃんは最新鋭の実験機なの。採算度外視の機能性を持ってる」
「つまり?」
「め~~~っちゃくちゃ強いってこと! 勝ち目なんて無いと思うけど?」
「だ、そうだ彩斗。やるか、諦めるか?」
「わざと負けるなんてことは」
「無い。俺は全力で戦う。ただ、指示するのはお前だ」
 これはお前の戦いだからな、とボイドは言う。
「俺はお前の指示通りに動く。結果負けるかもしれない。負けるようならお前の力はそこまでだし、大人しく諦めてもらう」
 その覚悟はあるか。
 問われた彩斗は、僅かに目を閉じ考え込んでから、小さく頷いた。

「いいよ。ここで負けるなら敵にも勝てない。そうだよね?」

「分かってるじゃないか。……さて、こっちはやる気だ。星奈と蝉麻呂はどうだ?」
「星奈ッ! マロはいつでもOKだぜ!」
「全くもう、蝉麻呂ちゃんまで。……分かった、良いよ」
 やろう、と星奈もボイドの提案に頷く。
「但し、全く負けてあげるつもりはないから。負けて、諦めさせる」
「……上等、ですよ」

 立ち向かうための戦いが、始まった。


【続く】

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