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【小説】便利屋玩具のディアロイド #03『襲撃』前編

【前回】

 警察に頼れ、と言うべきなのだ。
 人間の命など、十五㎝の合成樹脂の塊には重すぎる。
 ボイドはそう思ったけれど、口には出せない。
 少年がそうさせなかったのだ。あれきり少年は一言も声を発さず、ただ黙々と歩き続けている。どこへ向かっているのかも分からないまま、ボイドはそれに付いていく他ない。
 それから十数分して、少年の足が小さな一軒家の前で止まる。
「ここ、オレの家」
「……学校じゃないのか、行き先」
「なんで? 今日は休んだって言ったじゃん」
 当然のように言い放って、彼は玄関に鍵を差し込む。
 誰もいないのは折り込み済みらしい。彼が扉を開く間に、ボイドはちらと軒先の表札を目にする。有岡、と刻まれていた。
「お前、名前は?」
「名前? 有岡彩斗。彩るに、一斗缶の斗。……必要?」
「名前ぐらい聞くだろ、普通。俺はボイドだ」
「知ってる、聞いてたし。……あ、上がるのはちょっと待って」
 ドアを開き中に入った彩斗は、ボイドを留め置き、先に靴を脱いで家に上がっていく。
 やがてうがいと手洗いの水音が聞こえてきて、戻ってきた時、彼はウェットティッシュを手にしていた。
「悪いけど、拭くから」
「ああ、いい。自分でやるから一枚寄越せ」
 ボイドはウェットティッシュを受け取ると、半分に千切ってから体を拭く。
 小さなウェットティッシュでも、ボイドの体にはバスタイル程度のサイズ感だ。
 ボディを綺麗にしていくボイドの様子を見て、「慣れてんだ」と彩斗は呟く。
「気にする家の方が多いからな」
 外から帰ったディアロイドを、そのまま家に上げない家庭は多い。
 大抵の場合は足の裏を重点的に、ついでに全身を拭いてからフローリングを踏むことになる。ただ、拭くのは基本的に持ち主である。ディアロイドが自分で拭くのは少数派だと、ボイドは口にしなかった。今の彼には関係のない事である。
 汚れを拭き取りきったボイドは、玄関口に上がりウェットティッシュを丸めた。
 彩斗は「捨てるから」とそれを受け取って、リビングの戸を開くと、片隅のごみ箱にそれを投げ入れた。
 部屋の中は薄暗い。彩斗は構わず背負っていたリュックを下ろし、ソファに深く腰掛ける。電気をつける様子は無かった。
 ソファ前のローテーブルの脚にもたれ掛かり、ボイドは彩斗の言葉を待つ。
 自分から促しても良かったが、座り込んだ彩斗は何か考え込んでいる様子だった。
 そういう相手を質問攻めにすると、逆上される。ボイドはそういう経験を何度か繰り返していた。

「……喋らずに聞いて」

 やがて、彩斗は囁くような声でボイドに語り掛ける。
 目線は落とし、宙をぼんやり見据えたまま。視界には入っていると理解して、ボイドはこくりと頷いた。
「オレの父さんは、死ぬ前に会社と何か揉めてた。それで、最期会社に行く前にオレに言ったんだ。自分が帰らなかったら、家のパソコンのSSDを処分して欲しいって」
「……」
「その後、事故に遭った。オレはSSDを処分しなかった。別のモノにすり替えて、捨てたフリをしたんだ」
「……、……」
 口を挟みかけて、止める。
 どうして言う通りにしなかったのかなんて、容易に想像がつく。
「知りたかった。父さんが『殺された』理由」
 自分が死ぬ事を予想していた人間が、交通事故に遭った。
 なら、それはそういう事だろう。父親は何か不都合を抱えて殺された。
 その秘密が、彼が最期に処分を頼んだSSDにあるというのなら……
「SSDは暗号化されてて解析途中。でも、嗅ぎ付けられた。オレは狙われると思う」
 彩斗は深く息を吸い込んで、吐く。
 気を張ってか平坦になっていた声は、しかし僅かに震えていた。
 緊張、というよりは怯えだろうか。彩斗の喋り方には、誰かに聞かれるのを避けているような雰囲気がある。
 返答を許されていないボイドは、ただじっと彩斗の目を見つめていた。
 問いたい事はいくつもある。頼るべき相手が他にいるのではないかとも。
 しかし実際の所、どうなのだろう。警察は彩斗の父を事故死と判断した。SSDに証拠があるのだとしても、解析が済まない内には何も言えないだろう。
 そんな中で、小学生の少年が他の誰を頼りに出来る?
(まぁ、それも色々だが)
 依頼は引き受けよう、とボイドは考える。
 その上で、本当に頼るべき誰かを探そう。
 この件は、やはり一介のプラスチックの手には余る。
「……………」
 彩斗の言葉は、そこで一旦途切れた。
 暗い部屋が沈黙で満たされ、ボイドはゆっくりと居心地の悪さを感じ始める。
 一体、いつまで黙っていればいいんだ?
 流石に問いかけようと思った、その時だ。

 ぎぃ、と甲高い音が響いた。
 人間であれば思わず顔を顰めるであろう、高い周波数。
 それから、リビングのカーテンの端が小さく揺らめいて……

「……おや?」

 侵入してきた、者たちがいた。
 二体のディアロイド。カマキリを思わせる装甲を纏った二足タイプと、クモの骨格を持つ多脚タイプ。二体は切り取った窓の破片を踏み越えて、そこから一歩、二歩と進む。
「子どもは学校へ行く時間……では?」
「……っ、休んだ」
 カマキリ型に問われ、彩斗は息を詰めながら答えた。
 臆している。けれど気を張って、弱みを見せぬよう努力している。
「それはそれは……風邪でも引いたと見える。少々、顔色が悪いようだ」
「何をっ……」
「いきなり人の家入り込んで、何好き放題言ってんだお前」
 反駁しようとする彩斗を制して、ボイドがカマキリ型に呼びかける。
 窓を切断しての、住居不法侵入。マトモなディアロイドであれば、それはプロテクトによって禁じられている行為のハズだった。
(喋ってるってこた改造個体じゃない。『NOISE』か?)
 心当たりを頭に浮かべて、違う、とすぐに否定する。
 彩斗の話が真実なら、彩斗を狙うのは『会社の人間』のハズだ。
『NOISE』は人間に味方しない。コイツらは、別の理由でプロテクトを回避している。
「人の家に入ったら、まずは足を拭けよ。それから自己紹介、だろ?」
「ふむ……道理ではある」
 だが、とカマキリ型は首を振った。
 所属を明かすわけにはいかない。そう命じられている。
 彼はそう答えて、ククリナイフのような武器を両手に握った。
「願わくば、決してジャマをしないで戴きたい。我々、少々危険なディアロイド故」
「彩斗! 外出てろ!」
「……頼んだ!」
 ボイドが叫ぶと、彩斗は僅かに逡巡した後、踵を返す。
 だがその手が扉に届く前に、べしゃりと音がして、何かが彩斗の脚を捉えた。
「なんだこれ、糸……?」
「チッ……クモの方か!」
 見れば、カマキリ型の傍らに立つクモ型が、彩斗の足元に向けて粘性の糸を噴射していた。すかさず二射、三射と放たれた蜘蛛糸で、彩斗の手足が封じられてしまう。
「失礼。人を呼ばれると困るのでな」
「なら困るようなことするんじゃねぇよ!」
 ボイドは彩斗に駆け寄ろうとするが、カマキリ型がその前に立ち塞がる。
 ギィンッ! 踏み込みながら振り下ろした一撃を、カマキリ型は両手のナイフで受け止めた。湾曲した刀身はボイドの剣をしっかりと捉え、カマキリ型は衝撃を流しながら、ボイドの頭部へ後ろ回し蹴りを振るう。
 ボイドは膝を落とし、頭を低くしてこれを回避。
 流れのままに放たれる踵落としを、バックステップで躱した。
「機敏だな。……ディアロイドを所持しているとは、聞いていなかったが」
「雇われだよ、カマキリ。そこを退け」
「お断りする。貴殿は我々の任務の障害だ。……ヒドゥン!」
「御意。そちらは一任する」
 ヒドゥンと呼ばれたクモ型が、壁に糸を吐き、ボイドたちの頭上を飛んで行く。
 彩斗を無視して、ヒドゥンは廊下の向こうへと姿を消した。
「マズい、データが!」
「そっちが本命か……クソ!」
 彩斗の言葉に、ボイドも彼らの目的を理解する。
 彩斗が持っているであろうデータの確保、もしくは削除。
 それが彼らの言う"任務"とやらだろう。
 だとすれば、早めにヒドゥンを追いたいところだが……
「ここを通りたければ私を……というヤツだ」
「そういう台詞はな、悪いヤツが吐くと感じ悪いんだよ!」
 踏み込み、浅めに刃で薙ぐ。
 牽制の一撃はしかし見抜かれて、カマキリ型は軽く上体を逸らす事でこれを避ける。
 その上で、反撃は無い。ボイドとしては、攻撃を誘引してカウンターを狙いたかったのだが……無意味だ、と理解する。
「危うい危うい。斬られてしまうところであった」
「お前、胡散臭いって言われないか? なんだその口調設定」
「さてはて。気にした事は無いが、これは"もののふ"の口調と記録されている」
「絶対ウソだろ。なぁ?」
「オレに聞くなよっ……!」
 彩斗は息を荒げながら答える。
 彼は両手両足に張り付いた粘性の糸を剥がそうと、床の上をジタバタ暴れていた。
 イモムシのようだ、という感想を、ボイドは胸の内に仕舞い込む。
「いいから早くソイツぶっ倒せよ、ボイド!」
「分かった分かった、そう騒ぐな。どうにかする」
「ほぅ。どうにか?」
 カマキリは意外そうな声で食い付いた。
 一体如何にして自分を倒すのか、とでも言いたげな声で。
(……ああ、余計な事言ったな)
 ボイドは自らの迂闊さに内心ため息を吐いた。
 黙っていればバレなかっただろうに。いや、まだバレてないか?
(どっちみち、先手だ。気づかれる前に撃つ)
 ボイドの剣の背面は、中距離射撃攻撃"クラッシュ"が撃てるよう改造されている。
 元々は放熱板であったそれを磨き上げ、限度を超えたエネルギーを籠めることで熱線を放つ。正規ディアロイドでは決して出せない反則技で、一気に消し飛ばしてしまえば解決だ。
 けれど現状は、立ち位置がマズい。やみくもに撃てば彩斗に熱線が命中してしまう。
「お前を斬り倒すってことだよッ!」
 ボイドは敢えて斬撃を強調しながら、再度カマキリに突っ込んだ。
 中心を捉えた真っ直ぐな突きを、カマキリは片方のククリで抑え、すかさずもう片方で下から打つ。
 ガィン、と剣が上に弾かれた。ガラ空きになった胴体に、カマキリは連撃で斬り込もうと腕を振るう。今度は誘いの隙でないと見抜いたようだ。
(目が良いな。データを積んでる)
 ディアロイド単体の強さの半分は、積み上げた経験の量で決まる。
 その点、このカマキリの経験値は潤沢のようだった。相手のブラフを見極め、攻め時を誤らない。なるほど、持ち主無しでの潜入にも抜擢されるはずだ。
 だが。経験値という点であれば、ボイドの積み上げも尋常ではなかった。
(右からの刈り込みか。なら!)
 蹴るように膝を上げ、装甲でククリを受け止める。
 ギィ、と刃が装甲面に食い込むが、そのまま構わず蹴り込んだ。
 ギャリッ! 音を立て、カマキリの体がフローリングを転がる。
「ぐっ……ダメージを顧みないとは……!」
「顧みないわけじゃない。収支プラスだ、お前を倒せばな」
 カマキリのククリは装甲を削り切っていた。恐らくはフレーム面にも少量のダメージを受けただろう。けれどボイドにとっては、些事だった。
「倒す? どうやって? ただのディアロイドが、バトルでも無しに……」
「出来るんだなぁ、お前らと一緒で」
 剣先を、カマキリへと向ける。
 起き上がる途中だったカマキリは、その意味を咄嗟に判断しきれない。

「クラッシュ!」


【続く】


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