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電子新獣サイバクルス! 第1話「消えた親友」

※この小説はカクヨムに投稿した作品のnote版です

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 サイバディアにログインしたのは、今日が初めてだった。
 理由はカンタンで、サイバディアに対応した最新のVRマシンが、小学生のぼくにとても買えないほど高かったから。

 ユーザー登録画面に、今日の日付と一つ増えた年齢を打ち込む。
 12才。これから1年付き合っていく数字に、ぼくはまだしっくりこない。

 ……この場所のどこかに、彼はいるんだろうか?
 目の前に広がり始めた世界みて、ぼくは何度目かの不安に胸を締め付けられる。

『ようこそ! 電脳都市サイバディアへ!!』

 明るいはずアナウンスが、やたらと冷たく聴こえてしまった。

 *

『サイバディアは、KIDOコーポレーションが開発した電子仮想空間です』

 中世の城下町を思わせる街を歩きながら、ぼくは傍らに現れた青く透明なウィンドウに目を向けた。
『視覚、触覚、聴覚。嗅覚と味覚を除く三つのリアルが、この空間では再現されています』
 たしかに、街を歩くぼくは、前髪にほんのり風を感じているし、足の裏には石畳のでこぼこさが伝わってきている。
 街道には、ゲームセンターや本屋、映画館と、色々な遊びの施設が立ち並んでいて、現実世界よりもカラフルな見た目をしたユーザーたちで賑わっている。
 この人たちも全員、現実世界からこっちにログインしてきた人なんだなと思うと、ぼくは改めて不思議に感じた。
『サイバディアの楽しみ方は、ユーザーに一任されています。まずはマイルームの登録と設定をおすすめいたしますが、どうしますか?』
「うーん……それ、最初にやらないとダメ?」
『……。スキップすることも可能です』
 ぼくの質問に、アナウンスはやや間をおいて答えた。
 会話で操作できるAIは便利だけど、検索の時間がかかる分、しゃべってる感覚は薄い。
「じゃあ、スキップで。やりたいことがあるんだ」
『……。スキップを了承しました。……。目的を選択しますか?』

「《サイバクルス》を探しに行きたい」

『了承しました。《サイバクルスハント》にはチュートリアルがあります。チュートリアルを行いますか?』
「オールスキップ。早くエリア外に出たいんだ」
『了承しました。それでは門より、ネイチャーエリアへ出発してください』

 視界の端に、赤い矢印が浮かぶ。
 そこへ向かえってことだろう。ぼくは早足で向かうけど、すぐにじれったくなって走り出す。
 ごつごつした石床を蹴って、匂いのしない風の中、人ごみを抜けてひたすらに。

(……待ってて、ショウ。絶対に……)

 門を抜ける。石の床はすぐに柔らかい地面に変わって、木々の葉っぱがざわざわと音を立てる。

『ネイチャーエリアへ到着しました。一部機能が制限されます。ユーザーデータが保存されます。システムモードが変更されます……』

 傍らの青い窓は、小さな長方形の端末へ姿を変える。
 ぼくはそれを手に取ると、スワイプで地図を表示した。
 街の様子と、周辺の地形情報が地図に映されている。
「ここが東門で、この道が最初の森エリアにつながっているから……」
 いや、まてよ。
 その前に念のため、確認しておいた方がいいか。
「……ねぇ、この写真の場所、検索できない?」

 ぼくは端末のライブラリを選択して、一枚の写真を開く。
 うす暗い森にある、黒い岩の洞窟。

『……。該当するエリア情報はみつかりません。まだ登録されていないエリアか、もしくは――』
「だめか。じゃあやっぱり、自分で探さないとか……」

 分かっていたけど、いざ現実を目の前にするとぼくはまた不安になってしまう。
 でも、やるしかないんだ。可能性があるとしたら、そこだけなんだから。

 もう一度写真を見て、考える。
 森の木々は、ここの生えている木とはちょっと違う。この木と、黒い岩をまずは探してみよう。
「よし。よし。……だいじょうぶ。絶対に見つけられる……」
 言い聞かせるようにつぶやいて、深呼吸。
 この世界での呼吸にどれくらい意味があるか分からないけど、不思議と気持ちは落ち着いた。

 ……この写真は、親友のショウが最後にぼくに送った写真だ。
 これが送られた日を境に、ぼくも、他の友だちも、全員がショウと連絡が取れなくなってしまった。

 だからぼくは、サイバディアへやってきた。

 消えた親友を、探し出すために。

 *

 ショウとは、小学一年生の頃からの親友だった。
 引っ込み思案だったぼくをショウはドッジボールに誘って、それからいつも一緒に遊ぶようになった。
 五年生の時に親の都合でショウは引っ越していったけど、SNSで連絡はよく取っていたし、オンライン機能を使って、互いの学校の話をしながらよくゲームも遊んでいた。

 ケンカなんかしてなかった、はず、だ。

 なのにショウは、急に姿を消した。
 ただ最後に、ぼく宛にあの写真を送って。
 文はなかった。ショウはいつも、最初に画像やスタンプを送ってから言葉を添えるタイプだったから、今回もそうだと思っていて……
 ……結局、それが最後のメッセージだった。

 連絡が取れなくなったのは、ぼくだけじゃない。ぼくの学校の友だちや、ショウの学校の友だちも、みんな一斉にショウと連絡がつかなくなったらしい。中には、明日遊ぶ約束をしていた子もいたくらいなのに。

 ならその理由は、この写真にあるんじゃないか?
 ぼくはそう考えて、サイバディアにログインした。
 ショウが写真を撮ったのは、サイバディア内のネイチャーエリア……自然を再現した、とてつもなく広いエリアのどこかだと、調べがついたから。

 *

「あっ、ネズミ……の、サイバクルスか」

 木々の間を、小さな白いネズミみたいな生き物が駆け抜ける。
 小さな、っていっても、ニ十センチくらいはあったかな?
 サイバディアのネイチャーエリアには、ああいう動物をモチーフにしたモンスターがたくさん生息している。
 名前を、サイバクルス。
 由来は発表されてないし、全部で何種類いるのかもまだ判明していない。

 ぼくは今、そんなサイバクルスを捕まえるゲーム《サイバクルスハント》をプレイしている、ってことになっている。
 っていうか、そうじゃないとネイチャーエリアには入れないことになっていた。変な話だな、って思うけど、運営なりの理由があるんだろうなと深く考えないことにする。

(……でもやっぱ、捕まえないとダメかなぁ)

 ぼくの目的はあくまでショウを探すことで、サイバクルスを捕まえることじゃない。んだけど、どうもネイチャーエリアは先に進めば進むほど凶暴なサイバクルスと出会いやすくなってるらしい。
 そんなサイバクルスと出会って、もしアバターを攻撃されたら……データは、最後にセーブされた状態まで戻ってしまうらしい。

 目的地の周りがそんな危険地帯だったとしたら、進めるかは絶望的だ。
 だからこそ、ぼくらプレイヤーはサイバクルスを捕まえて、戦わせる必要がある。サイバクルスハントは、サイバクルスを捕まえて、サイバクルス同士を戦わせるゲームでもあるのだ。

 まぁでも、この辺りのエリアはまだそんなに危険じゃないらしい。事前にネットで調べたけど、街の半径20キロ圏内はもうプレイヤーたちに情報を共有されていて、出てくるサイバクルスも弱っちいのばっかりだって書いてあった。

「お、今度はキノコのサイバクルスと……リスかな、あれ」

 道の向こうから、いろんな小動物のサイバクルスが走っていく。
 ……でも、ちょっと変だな……
 さっきのネズミもそうだったけど、見掛けるサイバクルスたちはみんな、同じ方向に走って行ってるんだ。
 まるで、逃げてるみたいに……

「……。まぁでも、危険はないって言ってたし、ね」

 気にせず進もうとした、その時だ。

 バギバギバギバギバギッッ!!!

 木々が砕ける壮絶な音。ドスンという震動と、騒いで逃げ出す小鳥のサイバクルスたち。
「ニャゴっ! ニャゴっ! ニャゴっ!」
 縞模様の入った、一匹のネコっぽいサイバクルスが、ぼくの方へと走って来る。その、向こうには……

「グォガァァァアアアア!!!」

 高さ2mはあろうかという、巨大なワニのサイバクルスが、雄叫びを上げていた。
「……ワニ。ワニかぁ……へぇ……」
 端末を開いて、ワニのサイバクルスについて調べる。
 情報はあった。クロコクルス。
 昨日時点での危険度『A』。

 ――森の河川エリア奥に生息する、周辺で最も危険なサイバクルス。
 ――生半可なサイバクルスでは太刀打ちできない為、初心者が出会った場合は確実に逃げること。

「グルォゥ……」

 あっ、目が合った。
 ……これってもしかして、マズい状況なんじゃ……?

 *

「グルォゥ……」

 クロコクルスは、腹の底に響くような低い声で唸った。
 マズい、とぼくは本能的に察する。
 逃げなきゃ。いますぐ、全力で。
 分かってる! 分かってるんだけど……

(体が……動かない……)

 立ち並ぶ濃い緑の鱗が。
 地面に食い込んでいる黄色い爪が。
 凶暴さを感じさせる、なにかが付着した白い牙が。
 敵意のこもった、うす暗い琥珀色の瞳が。
 ぼくの身体の自由を、恐怖によって一瞬で奪い去ってしまった。

(これは、ゲーム、なのに……)

 知識としては知っていた。
 リアリティの高いVRでは、色々なものを現実と間違えてしまうことがある……って。
 まさか、って思ってたけど、情けない事に今のぼくがそうだ。

「グルァアッ!」

 クロコクルスが、叫びながらぼくへ突進してきた。
 喰われる! 出てきたばっかりなのに!
 覚悟しながら、目をつぶった、その時だ……

「……っ、ニャゴァッ!」

 だんっ!
 ぼくの身体が、ちいさな何かに弾き飛ばされた。
「うわっ、と……!?」
 倒れ、ヒザをついたぼくが振り返ると、そこには、一匹のネコのサイバクルスがいて……
「ニャグゥ!」
 ネコのクルスは、クロコクルスの鼻先にかみついた。
 クロコクルスはうなりを上げて頭をぶんぶん振り回す。
 痛そうだけど、ダメージが入ってるって感じはしなかった。
 サイズが違いすぎるんだ。力にも当然、差があるだろう。
「でも、なんで……」
 あのサイバクルス、ぼくを助けてくれたのか?
 不思議に思いながら立ち上がる。
「ニャガガ! ガガっ!」
 と、ネコのクルスは振り回されながらも立ち上がったぼくを見て、何かを訴えるように叫ぶ。逃げろ、ってことかな。
「分かった。……ありがとう!」
「ニャグっ……!」

 面白いこともあるもんだ。
 野生のサイバクルスがプレイヤーを助けるなんて、あんまり聞いたことがない。
 でもこれからどうしよう。あんなに強いのが出てくるなら、やっぱりぼくもサイバクルスを捕まえないとかな……
 考えながら、ぼくは来た道を戻ろうと一歩、踏み出して。

「………、………。」

 あれ。と思った。
 今ぼくが逃げ出したら、あのネコのサイバクルスはどうなるんだろう?
 クロコクルスはなんか凶暴な雰囲気だった。
 そもそも、あんな強いクルスがこの区画に出てくること自体おかしいんだけど……いや、そうじゃなくて。そうじゃなくて。

 どくどくと心臓が鳴る。
 これはゲームだ。難しい要素があったら一旦戻って、対策を考えてからやり直せばいい。それで問題ない。ショウを探すにも、それが一番良い。
 だから今は、逃げて……

 ――ばぎゃんっ!

 考えている内に、背後から鈍い音が聞こえてきた。
 思わず振り返る。……あのネコのサイバクルスが、木に叩きつけられていた。

 やっぱり、パワーが違うんだ。
 ぽとりと地面に落ちたネコのクルスが、よろよろと立ち上がる。
 クロコクルスは勝ち誇ったように鼻を鳴らして、一歩、二歩とネコのクルスに近付いていく。
 ついさっきまで、ぼくに向かってきていたみたいに。
 大きな口を、開けて……

「っ……!」

 気付けば、ぼくは駆け出していた。
 来た道にじゃない。ネコのクルスにむかって。
 だん、だん、だんっ! 地面を蹴る感覚は、校庭の砂よりも少し柔らかくて、走りにくい。
 前髪が、風を受けて跳ね上がる。森の中だからか、どことなく湿ったひんやりした風。
 手を伸ばす。ネコのクルスが、目を丸くしてぼくを見る。

「ニャ、ガ、っ……」

 かすれた声でまた何かを言いかけて。
 多分、来るなとかそういうことだろうなぁ、って思いながら。
 ぼくは、そいつの身体を抱き上げた。

「にげるよ!」

 ネコクルスの毛皮は、泥にまみれてごわごわしていた。
 その奥に、ぼくよりちょっと高い体温を感じる。
 まるで本物の猫みたいだ。
 作り物の、データ上のモンスターのハズなのに、ぼくはそんな風に感じてしまう。

 このまま駆け抜けて距離をとれば、クロコクルスもあきらめてどっかに行ってくれるかな?

「……っ、後ろニャゴ!」
「えっ」

 ガチンっ!!

 音と振動がして、ぼくの足の感覚が、片方消えて無くなった。

『部位破損を確認 ダメージ大 リタイアを推奨します』

 視界の端に、赤い文字でアラートが表示される。
 え、と思って下を見ると、ぼくの右足の先は、クロコクルスの牙に引きちぎられていて……
「あっ、ああっ……!?」
 ずざぁっ! そのままぼくはバランスを崩して、思いっきり地面に倒れ込む。
(喰われた! 足! あいつに!)
 もちろん痛みはない。その代りに、頭にじわっと煙が広がったみたいな、妙な感覚がした。
 あるはずのものが、無い。頭の中にはまだ右足が残っているのに、反応がまるで無い。
 驚きと戸惑いを感じながらも、でもぼくは安心していた。
「今のうちに、逃げて」
 抱えていたネコのクルスを解放する。
 クロコクルスは、ぼくの右足を咀嚼していた。あと数秒、時間は稼げる。
「ぼくは……まぁ、こうなっちゃったけど、リタイアしたら戻って来れるからさ」
 せっかく助けてくれたのに、逃げなくてごめんね。
 ぼくはそう言って、ネコのクルスの頭を撫ででから、道の向こうにぐっと押しやる。
「また、どっかで会えるといいね。他のネコクルスと見分ける自信、ないけど……」
 たとえば、この子がぼくのサイバクルスになってくれたら、心強いのかもしれないなぁ。
 そう思いながら、ぼくは視界端のアラートに目をやる。
『緊急離脱まで、あと15秒。14……13……』

「……グルルェップ……」

 背後から、クロコクルスのげっぷが聞こえた。
 多分、ぼくの足を食べ終えたんだ。次はぼくか。離脱って、食われてからも出来るよね?
 少し不安に思いながら、息を吐く。まぁ、ゲームだし。死んで覚えることもあるよね。

「……。あれ、どうしたの。いかないの?」

 ネコのクルスは、まだそこにいた。
 じっと考え込むように、ぼくの事を見おろして。
「早くにげないとダメだよ。食べられちゃう」
 もう一度押しやろうとするぼくの手を、ネコのクルスはすっと避けた。
 それから、ネコクルスはすんすんとぼくの頭の匂いを嗅いで……

「残念ニャゴけど、おまえはもう戻れないニャゴよ」
「……え?」

 今、このサイバクルス、しゃべ……

『7……6……――エラー! エラー! エラー! エラー!
 緊急離脱システムに異常を感知しました 修正までお待ちください
 残り時間、00000000000000000000000000000000000000000000000000――』

「は、え、なに、なにこれ!?」
「おまえのデータ、アイツに喰われたニャゴからね。逃げる力はもう使えないニャゴよ」
「はぁっ!?」
「せっかくニャゴが助けてやったニャゴに、カッコつけたせいニャゴ……」
「っ、ごめ、分かんない! 状況がぜんっぜん分かんない!!」

 サイバクルスがしゃべった!
 ぼくのアバターにエラーが出た!
 その上なに、戻れない!? どういうこと!?

「つまりニャゴね。
 あのワニぶったおさないと、ニャゴもお前もおしまい、ってことニャゴ」

 *

 バギャギャギャガンッ!
 クロコクルスの尻尾が、木々をなぎ倒し吹き飛ばす。
 異常なパワーだった。何かのバグなんじゃないかってくらい。
 折れた木の枝を杖代わりにして、クロコクルスから距離を取ったぼくは、ネコクルスとクロコクルスの戦いをじっと眺めていた。

「ニャグ、ニャグ、ニャグ、ニャッ!」

 ネコクルスは倒れた木々の中を器用に跳び回り、クロコクルスの側面へと回って、鋭いツメでひっかいていく。
 チリ、とクロコクルスの表面にキズが入り、そこから光の粒子が漏れる。
 サイバクルスに血は流れていない。
 ダメージを受ければ、その分肉体を作るデータが壊れ、消える。
 だけどネコクルスの一撃はあまりにも軽く、クロコクルスにはほとんど効いていないみたいだった。

 反対に……ネコクルスの方は、危うい。
 身体には何カ所も大きなキズが出来ていて、データ修復も間に合ってない。
 ダメージは確実に溜まっていて、あと何度か、クロコクルスの攻撃を受ければ倒れてしまうだろう。

「ねぇ、もう逃げなよ! 勝てっこないって!」
「うるっせぇニャゴ! テメェはコイツの腹ん中で一生過ごしてぇニャゴ!?」
「そ、れは……」
「だったら黙ってろニャゴ! ニャゴがやられたら次はテメェニャゴ!」

 クロコクルスは、今は周りを跳び回るネコクルスに夢中だ。
 でも確かに、ネコクルスがやられたり、逃げたりしたら……まともに動けないぼくを、真っ先に襲うだろう。

「ああもう! ほんと、なんでこんなことになっちゃったの!?」
「さっき言ったニャゴ!」
「あんなんで分かるわけないでしょ! 聞きたい事多すぎるんだよ!」

 なんでキミはそんなに自然に話すことが出来るの、とか。
 なんでぼくのアバターにエラーが出てるの、とか。
 ……クロコクルスに食べられたら、ぼくはどうなってしまうの、とか。
 でも、ネコクルスはクロコと戦っていて、ゆっくり話す余裕はない。

 考えろ、考えろ、考えろ……
 息が乱れるのを、必死に深呼吸して抑え込む。

(助けは呼べないのかな……?)

 正直言って、ネコクルスがクロコクルスに勝てる気がしない。
 そもそも攻撃が全く効いてないんだ。いくら素早くたって勝ち目がない。
 ぼくはウィンドウを操作して外部との連絡手段を探した。
「……だめだ、こっちも壊れてる……」
 メッセージ機能や運営への報告画面など、助けを呼べそうな機能は全部バグって動かなくなっている
「くそ、右足に集中しすぎでしょ……!」
 いや、別にアバターの壊れた部分とは関係ないのかな?
 じゃなくて! ああもう、いまいち集中出来ない……
 焦ってるんだぼく……落ち着け……

(使えるのは……地図とアルバム……図鑑に……アイテム?)

 初期状態のぼくが持ってるのは、回復薬が一つと、肉が三つ。
「薬はともかく、肉って……」
 たしか、他のサイバクルスをおびき寄せたり、仲良くなるためのアイテム。
 でも、この辺りのサイバクルスはもうとっくに逃げてしまってるから、使えるのは薬だけ。

「しかも、薬は自分のクルスにしか使えないし……」

 要するに、今は使えないアイテムが二つだけ。
 さぁ、考えよう。これらでクロコにどう立ち向かう!?

「うん、無理でしょこれ」

 絶望的だ。何も出来る気がしない。
 逃げようにも足がこれじゃ無理だろうし。
 このままじゃぼくもネコクルスも両方やられてしまう。

「……。ねぇ、やっぱり、キミだけでも逃げなよ!」
「あ゛あ゛っ!?」
「だって! キミだけならまだ十分逃げられるでしょ!」

 ネコクルスの身のこなしは鮮やかだった。
 クロコクルスも、真っ直ぐ進むだけならそれなりに速いけど……ここは森だ。ネコクルスの足なら十分逃げられるハズ。
 っていうか、最初に見た時、あの子は逃げてたんだ。
「ぼくがうっかりしてなきゃ……もうとっくに逃げられてたんじゃないの?」
 だのに、ぼくを助けてクロコクルスと戦うことになって……
 それで食べられちゃったんだったら、もう全部ぼくのせいだ。
「ぼくのことはもう良いから……十分助けてくれたよ。だから……」
「ざっけんニャゴ! テメェカン違いもほどほどにするニャゴ!」
「えっ」
「ニャゴがテメェを助けた!? ニャゴがニンゲンなんぞ助けるわけねぇニャゴ!!」
「ちがうの!?」
「当然ニャゴ! アイツは元々オレを追ってたニャゴ。だから……巻き込んだら気分悪ぃと思っただけニャゴ!」
「助けてんじゃん!」

 それを助けてくれたって言うんじゃないの!?
 ネコクルスは木を駆け登り、クロコクルスの背中に飛び乗りながら更に叫ぶ。

「うるっせぇニャゴ! それになんニャゴ!? テメェは! このニャゴが! こんな大口野郎に負けると思ってるニャゴ!?」
 ふしゃぁ、と唸りながらネコクルスはクロコクルスの背中をやらためったら引っ掻き回す。
 ちりちりとクロコクルスの背中からデータが飛び散るけど……
「いや、実際ムリでしょ! 全然攻撃聞いてないよ!?」
 ダメージはほとんど通ってない。
「腹が減ってるだけニャゴ! 食えば……っ」
「グルォァッ!!」
 クロコクルスが、不快そうに身をよじらせる。
 ネコクルスはバランスを崩して、背中から転げ落ちた。

「ニャガッ、グ……」

 着地の瞬間、ネコクルスはバランスを崩してよろける。
 ネコクルスの後ろ足にキズが出来ていた。
 その一瞬が、クロコクルスにとってまたとないチャンスになる。

「グォァアアッ!」
「ガっ……!?」

 ぶんっ。尻尾を振り、倒れたネコクルスを吹き飛ばす。
 ネコクルスはほとんど抵抗も出来ないまま宙を舞い、また木に背中を叩きつけられた。
「大丈夫っ!?」
「誰を心配してるニャゴ! テメェこそ、今のうちに逃げたらどう、ニャゴっ……!?」
 息を切らせながら、ネコクルスは言う。
 クロコクルスはネコクルスの動きを警戒しながらゆっくりと近付いていた。
 たしかに今なら、ぼくの足でも距離はかせげるし……
 うまくすれば、木に隠れて逃げ切ることも出来る、かも……

「コイツはニャゴを追ってきた、ニャゴの敵ニャゴ! だから……テメェには関係ないニャゴ!」

 早く行けと、ネコクルスはぼくに言う。
 彼とクロコの関係は、ぼくには分からない。分からないことだらけだ。
 彼の言う事も最もで、ぼくが残った所で、役に立つわけでもない。
 第一……ぼくには、この世界でやることがある。
 友だちを探すこと。訳の分からないサイバクルスと戦う事じゃない。
 ……でも。

(ねぇ、ショウ。もしかしたらぼく、キミを探せないかも)

 思うんだ。
 もし今あの子を見捨てたら、ぼくはショウに会うたびにその事を思い出しちゃうんだろうな、って。
 そうなったら、楽しいハズの時間も楽しくなくなるし、ぼく自身、自分に胸を張って生きられなくなる気がする。
 だから。

 ――こつん。

「グル……?」
 クロコクルスがこっちを向いた。
 ネコクルスとぼくと、どっちを狙うか迷って視線を動かす。
「石投げたくらいじゃ、痛くもないか」
 次はどうする? 木の枝じゃダメージ入らないかな。
「バっ……何してるニャゴ! とっとと行けニャゴ!」
「行かない! ぼくだって気分悪い!」
 助けてくれた相手を見捨てて、それを忘れて生きられはしない。
 だったら、たとえ結末が変わらなくても……
「ぼくも戦う! キミと一緒に戦いたい!」
 ワガママだし、無意味かもしれない。でもそうじゃないと、ぼくはぼくに納得できない。
「お、まえ……」
 目を見開いて、ネコクルスがつぶやく。
 驚いたかな。怒ったかな。どっちでもいいけど、ぼくは決めた。
「逃げないし、逃げろとも言わないよ。だから最後までやらせて」
 立ち向かう。諦めるつもりは、ない。
「……ホント、バカなやつニャゴね……」
 しかたないニャゴ、とネコクルスはあきれたように言う。
 すると、その時……

『――ネコクルスと リンク しますか?』

 目の前に、青いウィンドウが現れた。
「これって……」
「やるニャゴ!」
「……わかった!

 《リンク・ネコクルス》!!」

 ――それは、サイバクルスがプレイヤーのパートナーになった証。
 ――それがどうして今出来るようになったのか、ぼくには分かってなかったけど……

「……、じゃあいくよ、ニャゴ!」
「ニャグっ!」

 クロコクルスが咆哮する。
 ぼくはまず、回復薬を選択してニャゴのキズを癒した。
 足の不調が消えたニャゴは、瞬間、高く飛び上がってクロコクルスの頭上を取る。
「目を狙ってみて!」
「ニャッ!」
 そのまま、ニャゴの爪がクロコクルスの右目を切り裂いた。
「グォアアアアアアアッッ!!」
 苦痛に悶え、暴れるクロコクルス。
 ニャゴはすばやく距離を取って、ぼくの目の前へ。
「なんか食うモンないニャゴ!?」
「肉ならあるけど……」
「それ寄越せニャゴ!」
 言われた通り肉を選択すると、生の塊肉がゴトン、と目の前に出現した。
 ニャゴはそれをフニャフニャ言いながら瞬く間に平らげる。

「にゃふ……よし、これで万全ニャゴ」
「グルオアァアアアア!!」

 怒り狂ったクロコクルスが突撃してくる。
 木々も障害物もお構いなしに。だけとニャゴは平然としていた。
「タイミングはテメェに任せるニャゴ」
「タイミング、って……あ、これ!?」
 気付くと、ぼくの前にはもう一つ別のウィンドウが出ていて、技名らしきものがいくつか表示されてる。
 でもいま選択できるのは、一つだけ。
 確認する間もなく、ニャゴは高く高く、跳び上がる。
 その跳躍が最大になった時、ぼくは叫んだ。

「――《限界解除》!」

 刹那、ニャゴの身体を炎が包み込む。
 炎は大きな球となって、次の瞬間には爆ぜた。

「あれ、って……」

 炎から現れたのは、ネコクルスじゃない。
 紅の毛皮に覆われた、大きく猛々しい……獅子。

「お返しだ、大口野郎!」

 獅子の両の前脚に、紅蓮の火炎が吹き上がる。
 獅子は急降下しながら、その前脚を、クロコクルスの頭部に叩きつけた。

 ぼぅん、と低い音がして、木の葉が吹き飛ぶ。

 一撃だった。
 ただの一撃で、その獅子は、暴れ狂うクロコクルスを……倒してしまったのだ。

「……ホントに……キミ、なんなの……?」

 パチパチと火の粉が鳴る地面に、獅子は降り立つ。

 ぼくがサイバディアにログインしてから、二時間あまり。
 わけの分からないことが、あまりに積み上がり過ぎていた。

【続く】

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