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手塚治虫版「アルジャーノンに花束を」知的障害者と動物の感動の問題作!ロボトミー手術とは?

今回は感動の問題作「ヤジとボク」をご紹介いたします。

感動なのに問題作とは何ぞや?
って話ですが
本作の主人公が知能に障害のある少年であり
差別表現とも受け取れかねないストーリーであるからです。

ベースはあのダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」
アルジャーノン好きならきっとハマると思いますので
ぜひ最後までお付き合いください。


それでは本編行ってみましょう。

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今回は作品紹介に辺り
表現方法に適切でないものが含まれるかもしれませんが
決して特定の人物を否定したり傷つけたり差別するものではありませんので
予めご了承くださいませ。

本作は
1975年『月刊少年ジャンプ』に掲載された読み切り作品です。

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あらすじは
生まれつき知能に障害のある少年ヤジロー
彼の兄は大学で動物実験の研究をしており妊娠した複数のネズミの子の栄養を抜き取って一匹に集中的に与えていました。
つまり1匹のネズミに16匹分の栄養がいくようにして
これによってものすごい知能のネズミが
生まれるかという研究をしていたんです。
そして
これが上手くいけば弟の知的障害も治せるのでは?と思っていたんです。

ある日ヤジローが研究室にお弁当を届けに行くと一匹のネズミが気になり
そのネズミを持って帰ってしまいます。
そのネズミに「ヤジ」と名付け可愛がっていましたが
この「ヤジ」こそ兄の実験していた実験中のネズミでありました。

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「ヤジ」は人間の言葉を覚え意思疎通ができるようになり
知能が段々発達していきます。
本も読めるようにもなり
ついには火薬を調合して爆発物まで作れるようになるんです。

そして街では謎の爆発事件が起こり始めます。
なんとその正体はそのネズミの仕業だったんです。

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「人間」「知能が異常に発達したネズミ」
そしてその狭間にいる
純真無垢な知能障害のヤジロー

さぁこの後、一体どんな展開になっていくのか?

人間にとって本当に大切なものは何なのか
本当の幸せとは一体なんなのか
深く考えさせられる衝撃のラストをお楽しみあれ!
というのが本作のあらすじであります。


本作は手塚先生も公言しているように
ダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」をモデルとして
書かれた短編です。

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「アルジャーノンに花束を」と言えば
動物実験によって賢くなったハツカネズミの「アルジャーノン」に感動した知的障害の男性が、
脳手術を受け、みるみる頭が良くなっていくのですが
それは決して良いことばかりではなかった、そして最後には…
というストーリーですが本編も基本ベースは同じです

一人称視点の日記っぽくに描かれているところも同じですね。
ここら辺のパクリというか
ほんと影響受けると何の躊躇もなく自分の作品に取り入れちゃいますよね手塚先生は(笑)

ただ短編というあまりにも短いページ数では
さすがの手塚治虫でもちょっと窮屈感は否めませんでした。
本家「アルジャーノン」の日記体の本文表現にあるような
じわりと変化していく様は表現できなかったのは残念です。
欲を言えばぜひ長編でキャラクターたちの
移り行く心境の変化を描いて欲しかった。
(逆にこれを短編で表現しようとしたことがすごいけど)

日に日に成長していく姿、
そしてその反対の失われていく変化こそ「アルジャーノン」の醍醐味なので
そこは手塚先生には伸びやかに描いて欲しかったなぁ。

つまりは長編手塚版「アルジャーノンに花束を」が見たかった。
とはいえ、短編でここまでのドラマを持ってきた技術はやはり流石の一言。


そして「アルジャーノンに花束を」を深く理解する上で避けて通れないのが「ロボトミー手術」であります。

この「ロボトミー手術」ってやつは、後に手塚先生を大いに悩ます種にもなってくるので少し解説しておきます。

1848年アメリカバーモント州で
鉄道工事の際に爆発事故が発生
作業員の頭に鉄パイプが突き刺さる事故が起きました。

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しかも鉄パイプが貫通したにも関わらず命には別状なかったんです。
しかし事故以後、急激に患者の性格が変わったことから人格形成との関わりが注目され、そこから脳科学研究が始まることになります。

そして前頭葉の脳の伝達回線を切ることで「脳の障害が治る」という実験が行われ、実際に精神病患者に実施し1936年には論文が発表されるに至ります。

その後、数十件の手術が行われ「良好な結果が得られた」として
これを「ロボトミー手術」と呼ばれるようになるわけです。

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精神病の治療として頭蓋骨に穴を開け、脳の前頭葉の一部を切除するという
現代ではにわかに信じられない話ではありますが
この治療法が爆発的に広がっていきます。
この普及した背景として当時は精神障害者に有効な治療法がなく
治療法があるということ自体が患者の救いだったんですね。


実に米国だけでも5万件以上ものロボトミー手術が行わました。

1949年には「精神疾患の外科的治療法を発明した」として、
なんとノーベル賞も受賞しているんです。
すごくないですか?

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しかし
後に手術を行った患者の多くが人格を失った、崩壊したという事例が多発。
あのジョン・F・ケネディの妹ローズ・マリー・ケネディ
この「ロボトミー手術」に失敗して廃人となっていますし
この事件はケネディ家の黒歴史にもなっています。

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そんな「ロボトミー手術」でありますが
それこそ史上最悪のノーベル賞と呼ばれることとなり
多くの苦しむ人たちを生んでしまうわけですが
それでも
当時は画期的な治療法として真剣に評価されていた訳であります。

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今、我々が受けている治療も未来になればあり得ない事を
やってしまっているかもしれないですし
もしかしたら今世界を騒がせているアレも何が正解なのか分かりません。

現代から考えると残酷で異常性のある治療であったとしても
当時はそれが常識として考えられていたわけですから
ここら辺は非常にデリケートな問題ですよね

ちょっと長くなってしまいましたがこれが「ロボトミー手術」であります。


そしてこの「ロボトミー手術」が
後に手塚先生が美化しているとして障害者団体から抗議を受け
世間の的になっちゃうんですね。

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ここら辺は、しっかり手塚作品を読めばわかるんですけど
手塚先生は決してロボトミーを賛美しているわけではありません。

ちなみに「ブラックジャック」で有名な未収録作品「快楽の座」ですが
この禁断の手術と呼ばれる「ロボトミー手術」を扱っているとして
一般的になっておりますが
本編ではロボトミーという言葉すら出てきておりません。
実際に問題になったのは「ある監督の記録」というエピソードで
ここに描かれた表現が「ロボトミー手術」を美化してるんじゃないかと問題視されているわけです。

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ですから「快楽の座」が一度も単行本化されていない理由は
「ロボトミー手術」が直接的原因ではなく、別の理由があるのですが
この件は下記の記事にてご確認ください。



知能障害または脳外科手術における描写というのは
手塚作品では度々描かれておりまして「ブラックジャック」でいうなら
「ナダレ」というエピソードでは脳を頭蓋骨以外の場所に移植していますし
しかも人間じゃなくシカに移植してますしね

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「絵が死んでいる」というエピソードでも他人の体に脳を移植していますし

「ミッドナイト」の最終回ではブラックジャックが登場し
猛烈な脳移植を行っております(禁断の未発表作となる)


これらはオカルトSF的にも捉えることができますが
基本的には手塚先生の描くスタンスはアンチです。

描いているから正当ではなく、描く事で否定しているんですよね。

一部分のみを切り取って見てしまうと
医学的にも倫理的にもデリケートだしナーバスな問題なので
どうしても反対派の声が挙がってしまうのでしょうけど
手塚作品は非人道的な行為を肯定しているようには見えません。


本編「ヤジとボク」に話を戻しますと…
このラストを見る限りでお兄さんが行っていた動物実験を
手塚先生が肯定しているように見えるでしょうか。
…明らかに逆のメッセージですよね。

知能が高くなったネズミが最後に取った行動に対し
周囲の人たちは「まるで人間みたいだった」「人間ですよ、たしかに」
言うセリフは人間が本来忘れかけていることを表しています。

人間が知性を持ち合わせたことで失ったもの
時代が急速に発展したことで置き去りにしてきた社会性
そういったものを知的障害のある純真無垢な少年と、動物実験の対象であるネズミを通して読者に手塚治虫が伝えたかったメッセージに他なりません。


そしてラストシーンの少年のセリフに何を思うでしょうか。
手塚治虫版「アルジャーノンに花束を」
人それぞれ受け取り方は様々だと思いますがぜひご覧になってみて欲しいと思います。

今回ご紹介した作品はタイガーブックスという短編集に収録されております。その他も秀逸作収録されておりますのでぜひ手塚治虫の描く世界観に触れてみてください。


…というわけで今回は「ヤジとボク」お届けいたしました。
ちょっと本編とは横道逸れた話題にはなりましたが
作品における時代、立ち位置、描写を知ることで
より深く手塚作品に没入できるかと思いますのでご紹介させていただきました今回、記事を作成してみて未収録や差別表現に対しての時代背景など
機会があればここら辺のネタもまとめてみてもいいかなって思いました。
ちょっとプチ情報で話すにはネタが大きすぎるので何かしらの機会に
配信できればいいかなと思っております。

それでは
最後までご覧くださりありがとうございました。


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