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【映画所感】 ブラック・フォン ※ネタバレ注意

近年のホラー映画において、頭ひとつ抜けている感のあるプラムハウス・プロダクションズの作品群。鑑賞前から、多少なりともテンションが上がってしまう。

本作『ブラック・フォン』の舞台は、70年代後半のアメリカ・コロラド州。少年野球の試合における最終回のクライマックスから、本編は幕を開ける。

主人公のフィンは、打者の胸元を鋭くえぐるストレートが武器の剛腕投手。対戦するアジア系のパワーヒッターとの駆け引きから、ホラー映画だと言うことを忘れるくらい、勝負に引き込まれてしまう。最高のコールドオープン。

それもそのはず、1979年当時、アメリカから遠く離れた極東の島国では、ポンコツ少年野球チームを描いたTVドラマ『がんばれ!ベアーズ』が、絶賛放映中だった。

ユニホームのデザインや、クラスメイトのファッション、行き交う車の車種などの原風景は、金曜夕方の『がんばれ!ベアーズ』を心待ちにしていた当時の高揚感を蘇えらせる。

ベアーズの中心選手で女性投手のアマンダに恋い焦がれ、小学生のくせにバイクを乗り回すケリーの姿に密かに憧れていた、甘酸っぱい少年時代。40年以上経った今、まったく無防備だったホラー映画に、これほどまでノスタルジーを掻き立てられるとは思いもしなかった。

ひとりよがりの思い出話はともかく、フィンの右腕から放たれる渾身の“エグい球(たま)”が、オープニングだけでなく、のちのストーリーにも、重要なマジックをもたらす。

次々に少年を誘拐、監禁する猟奇的な男。下校途中ひとりになったフィンに狙いを定め、ことば巧みに黒塗りのバンへと押し込める。フィンを幽閉した地下室に現れた男が顔に装着している仮面の数々、なんとも不気味な造形でさらなる恐怖をあおる。

この仮面、どことなく“車力の巨人(進撃の巨人)”の顔に似ていて、不気味さの中にもユーモラスな風情を感じさせる。だが、そこがまたなんとも形容しがたい不安を増幅させているのも確かだ。

物語は、フィンがいかに仮面の男を出し抜いて脱出するかが見どころ。しかし、予知夢を見ることができる能力者・グウェン(フィンの妹)の活躍や、ミドルエイジ・クライシスまっしぐらの毒親(父親)との関係性など、サイド・ストーリーにも手抜かりはなし。

肝心の脱出に関しては、『機動戦士Zガンダム』の最終話を思いうかべてしまうような展開に。仲間の想念が力となり、絶体絶命のフィンに希望を与える、感動的な大団円。

原作はホラー小説の帝王、スティーブン・キングの息子、ジョー・ヒルの短編『黒電話』。巨匠の息子ということを差し引いたとしても、作品の質は腑に落ちる納得の出来栄え。老舗のキングから暖簾を受け継いだ“正統な味つけ”は、安心で間違いのないサイコ・スリラー仕立てになっている。

少なくとも、鑑賞中に3回は“ドキッ”とした。心臓が脈打つたびに、不整脈の持病を抱える自分の身を案じる。寿命が縮まるとはまさにこのことだ。

当然おもしろい映画に限られるけれども、映画館で命を落とすことは、ひょっとしたら、この上ない贅沢な死に方なのかもしれない。

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