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映画トロピカル〜ジュ!プリキュア 雪のプリンセスと奇跡の指輪! 〜極私的ハートキャッチプリキュア!考〜

本作は、2004年からつづく老舗の美少女ヒロインアニメ「プリキュアシリーズ」の劇場版最新作。現在TV放映中の『トロピカル〜ジュ!プリキュア』(初代プリキュアから数えて16代目)と、『ハートキャッチプリキュア!』(5代目)のコラボ作品である。

凡百の家庭がそうであるように、我が家も例にもれず娘が4歳になる頃には、プリキュアシリーズの洗礼をしっかりと受けた。当時は、音楽をテーマとした『スイートプリキュア♪』(6代目)の放映中。主要キャラの一人、キュアビートの使う攻撃アイテムが、エレキギターをモチーフにしたものということもあり、プリキュアはHR/HM好きオヤジの琴線にも触れることになった。

毎週日曜朝のルーティーンが娘とのプリキュア鑑賞になってくると、『スイートプリキュア♪』以前のプリキュアに興味の矛先が向かうのも、根っからのオタクとしては必然。しっかりとその気質を受け継いだ娘と二人、レンタルDVDでシリーズを順に観ていく生活もスタート。

そんな中で出会ったのが、シリーズ7作目の『ハートキャッチプリキュア!』。ストーリーはもちろん、キャラ設定やデザイン、その世界観にいたるまで、すべてが高次元で炸裂していた。

第1話目の冒頭から、インパクトは絶大。いきなり壮絶な戦闘シーンで物語は幕を開ける。激しい肉弾戦の末、あろうことか、正義の側のプリキュアが敗北してしまう。ここでオープニングのテーマ曲が流れ、本編は何事もなかったかのように進んでいく。

完璧なアバンタイトルであり、コールドオープンだ。映画好きが狂喜乱舞するような演出。しかし、未就学の子どもたちはどう受け取るのだろうか。今後予想される、シリアスな展開についていけるのだろうか。そんな心配をよそに、オープニング以降は、歴代でも随一のコミカルな展開に発展。このシリアスとコミカルの振り幅の大きさに、初回から完全に打ちのめされてしまった。

『ハートキャッチプリキュア!』のキャラクターデザインは、『おジャ魔女どれみ』で名を馳せた天才、馬越嘉彦。かわいくデフォルメされたキャラクターたちは、どこまでも親しみやすく愛らしい。作画の精密さと背景の緻密さが相まって、どのプリキュアの変身シーンも限りなく美しい。

『ハートキャッチプリキュア!』の主人公は、キュアブロッサム/花咲つぼみ。引っ込みじあんで、人見知り。何事にも臆病な性格を、転校を機に変えようとしている。しかし、プリキュアに変身してもドジでのろまなところは変えようがなく、砂漠の使徒(敵キャラ)からは“史上最弱のプリキュア”の称号を与えられる始末。

自己肯定感の低さからくる、メサイアコンプレックス(他人を助けることで自分は幸せだと思い込もうとする)を抱えた、初のプリキュアといえるかもしれない。

第3話で変身するキュアマリン/来海えりかは、親友のつぼみとは真逆の設定。明るく楽観的な性格で、おせっかいな陽キャの代表。誰に対してもフレンドリーで悩みがないように見えるがじつは、容姿端麗なファッションモデルの姉・ももかと比較されることに、強いコンプレックスを感じている。

そのことが元で、砂漠の使徒につけこまれ、デザトリアン(怪物)にされたが、キュアブロッサムに救われ、最終的にはキュアマリンとして覚醒した。

プリキュアシリーズいちのお調子者、キュアマリン。第39話ではとうとう、大切な必殺アイテム・マリンタクトを砂漠の使徒の戦闘員・スナッキーに奪われる大失態を演じてみせる。

だらしのない性格から自分の妖精・コフレにも愛想を尽かされるなど、マリンの行くところ笑いが絶えないのが『ハートキャッチプリキュア!』の魅力のひとつ。我が家ではこのタクトを奪われる回は、いまだに神回として崇めているほどだ。

つぼみとえりか、二人が通う中学校の生徒会長を務めているのが、明堂院いつき。「明堂院流古武道」という道場の跡継ぎ候補で、のちにキュアサンシャインに変身する。スポーツ万能で成績優秀、文武両道を地で行くいつきだが、彼女もまた他人に言えない悩みを抱えている。

病弱の兄に代わって、自分が明堂院流を継承していかなければならないというプレッシャーが、つねに付きまとう。厳しい修行のためには、女子が好むようなかわいいものはすべて封印。姿かたちは“男”として生きることを選択し、実践している。学校で着用する制服は、全身純白の学ランで、一人称は“ボク”といった徹底ぶり。

キュアサンシャインは、セクシュアリティの部分に正面から切り込んだシリーズ最初のプリキュアといっても過言ではない。広義の意味でトランスジェンダーに含まれる、クロスドレッサー(異性装)の要素も加味されているように思われる。男装の麗人(古っ!)の一言で片付けられるような、やわな設定ではない。

そんないつきが、自分に課せられた重責と重圧から解き放たれて、自らが望む“かわいい”の最上級の姿、キュアサンシャインに変身するシーンは、まさに白眉としかいいようがない。

シャイニーパフュームから放出される芳香を受け、変身開始。満面の笑みをたたえたかと思うと次の瞬間、武道で培った蹴りと手刀の型をキレッキレの動きで表現してみせる。力強さと美しさが同居するプリキュア、キュアサンシャインはこうして誕生した。

『ハートキャッチプリキュア!』最後のプリキュアは、キュアムーンライト/月影ゆり。第13話で明かされるが、第1話の冒頭で敗れたプリキュアの正体が、このキュアムーンライトだった。

命こそ助かったものの、自分の妖精・コロンを激しい戦闘の末に失ってしまう。大切なパートナーを亡くしてしまった喪失体験は、ゆりをトラウマの淵に引きずり込み、プリキュアへ変身する能力をも奪い去ってしまった。

しかし第33話で、“こころの大樹”と“ココロポット”のパワーにより、欠けていた“プリキュアの種”が修復され、月影ゆりは再び変身。キュアムーンライトは完全復活を果たす。このときのカタルシスといったら堪らない。

仲間を作らず、たった一人で砂漠の使徒に立ち向かうことこそが、正しい選択だと信じて疑わなかったキュアムーンライト。コロンを失ったこと、つぼみやえりか、いつきたちの戦いを見て、仲間の大切さと結束の強さを知り、あらためて自分の力を過信しすぎた愚かさに気づく。

甦ったキュアムーンライトの戦闘力は、凄まじいの一言。眠っていたパワーを開放しながら、ブロッサム、マリン、サンシャインのお手本として彼女らを導いていく。

そのキュアムーンライトを第1話で倒したのが、漆黒のゴスロリ風衣装を身にまとい、オッドアイと背中の片翼が特徴的なダークプリキュア。最高にクールなヴィラン。

砂漠の使徒の指揮官・サバーク博士が造った人造人間で、キュアムーンライトを月の光とするならば、自分はその影であるとし、ムーンライトへの対抗心と執着は並々ならぬものがある。

それもそのはず、ダークプリキュアはサバーク博士の研究成果と月影ゆりの一部から造られたクローンであり、ゆりの妹でもあった。さらに、サバーク博士は、三年前から行方不明だった、ゆりの実の父親だったという衝撃の展開。第47話で知らされるこの事実、ゆりの背負わされた業の深さに、滂沱の涙が止まらない。

そして『ハートキャッチプリキュア!』の大団円、第48話と第49話(最終話)。砂漠の使徒の王の座に君臨するデューンとの最終決戦。

地球全土が砂漠化され、戦いの舞台は宇宙空間へと移行していく。絶望と憎しみの権化であるデューンは、自らを巨大化させ最終形態へと姿を変えるが、プリキュアたちも合体し「無限シルエット」に変身。迎撃体制を整える。

最終形態同士の熾烈な戦いは、愛があふれるじつにやさしい正拳突き「くらえ、この愛。プリキュア・拳(こぶし)パンチ」によって決着をみた。デューンは浄化され、砂漠化していた地球も以前のような緑を取り戻す。

平和が再び訪れた世界。来海えりかは、鼻の穴を大きく膨らませたドヤ顔で言い放つ。

「私たちは凄いことをしてしまった…たった14歳の美少女が、地球を救ってしまった~っ!」

『ハートキャッチプリキュア!』は、四者四様の悩みやコンプレックス、トラウマの克服というよりは、どう折り合いをつけ前に進んでいけるかを視聴者に問うていたように思う。

喪失と挫折、贖罪と再生のテーマを内包しつつ、自分の嫌いな部分も己の一部として受け入れる。各々のプリキュアの成長から、寛容の精神をあらためて学ばせてもらった気分だ。いつのまにか、プリキュアたちに筆者のこころも浄化されていたのだろう。

最後に、この映画のために十数年ぶりに集まってくださった『ハートキャッチプリキュア!』の声優陣に宛てて。

「誰一人欠けることなく現役でいてくれたことには、感謝しかありません。ひと声聴いただけで、ハートキャッチの世界に浸れました。キャラクターに命を吹き込む重要なお仕事、これからも末永くつづけていってください」













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