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『ブンミおじさんの森』 ナマズや女王は前世の記憶。ハリウッド映画に慣らされた観客は不幸である。

評価 ☆☆☆



あらすじ
タイの北東部。ジェンとトンという若いふたりは、余命いくばくもない親戚のおじさんブンミを訪ねる。ブンミおじさんの病状は良くない。ジェンたちはブンミおじさんの最後の世話することになっていた。独り身の彼に付き添っていたのはラオス難民のジャーイだけだった。



カンヌ映画祭に限ったことではないが、どういう映画祭でどういう作品が受賞するかを見極めるのは難しい。カンヌ映画祭の場合、審査委員長のカラーで決まるといわれている。良い作品であるだけでは不十分で、その時の運も影響しているということだろう。



2010年公開の『ブンミおじさんの森』は、同年度のカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作である。この年の審査委員長はティム・バートン。確かに彼の好きそうなファンタジー色の強い映画である。監督はアピチャッポン・ウィーラセタクン。出演はタナパット・サイサイマー、ジェーンジラー・ポンパットなど。



この作品が難解だというひともいる。確かに抽象的な仕上がりになっているが、中盤まではタイトル通りの作品。映画の原題といっても、この映画のタイトルはタイ語なので英語にすると「Uncle Boonmee who can recall his past lives」。過去の人生を思い出せるブンミおじさん、という意味。この通りに話が進んでいる。



映画には死んだはずの奥さん、行方不明になっていた息子が当たり前のように出てくる。何の説明もないが彼の前世であろう醜い王女も登場する(確信はないけれど、そうだと思う)。



オフビートで音楽もほとんど流れない。だが映像は美しい。しかも、冒頭に登場する水牛が動くだけでこの映画が尋常ではないことがわかる。車でドライブするカットもいい。逆光が美しい、と登場人物の老婆が感じている、ということが観客に伝わってくる。



登場するクリーチャーは愛嬌がある。チープでちょっと間が抜けたデザインで微笑ましい。お金をかけているわけではないが丁寧にできている。基本がしっかりしている。登場人物たちは美人でもないし、ハンサムでもない。その辺にいそう。その意味では作為が感じられない。



静かな映画は観客を選ぶ。能動的な観客には秘密を教えてくれるが、受動的な観客には何も答えてくれない。何も考えずにストーリーがどんどん先に進んでくれる観客にこの映画はつらいだろう。どっちが良いとか悪いとかの問題ではない。ハリウッドの映画に慣れた観客はある意味、不幸である。



かつての日本にはこんな感じの映画が数多くあった。高嶺剛監督の『ウンタマギルー』、ドキュメンタリーになってしまうが小川紳介監督の『ニッポン国古屋敷村』などなど。探せばもっとある。



『ブンミおじさんの森』のアピチャートポン・ウィーラセータクン監督(覚えられそうにない)は、死に対するおかしさと悲しみをこの作品で存分に表現している。面白いこともあれば悲しいこともある。それが死を取り巻く状況であり、同時にそれは生きるということでもある。そのことを映画は映像という言語を通じて伝える。



確かにこの映画はパルムドールを受賞する価値がある。この映画でタイのアピチャッポン・ウィーラセタクンは世界的に有名になったし、タイ映画の面白さを世界に知らしめた。素晴らしい作品である。



ふと考える。映画賞を受賞している映画はやはり面白い。審査員が誰であろうと、少なくとも標準以上のクオリティであることは間違いない。



初出 「西参道シネマブログ」 2014-05-27



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