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025_ひとり海外旅行 由緒正しい美術館と仕事帰りのサラリーマン

「業務ルールを拡大解釈している輩がいる。てめえ等にその権限はねえ。(仕事を)辞めたいのか?」

今日もパワハラ上司(以下パワ上)の怒号が響く社内。
聞き分けの良い先輩方は、毎日直行直帰して、会社に顔を出すことはなくなった。

それにしてもパワ上は、従業員をまるで被疑者扱いする。社員は怯えてしまい、(営業職ではないのに)売上の数字に追われている。ついに、今月、5件目の車両事故が部門内で発生した。みんな、心の余裕が無いのだ。

余裕のあるサラリーマン、と言葉を並べて、どんなイメージを持つだろうか。
ビジネスバッグを手に、ゆっくり歩くサラリーマン?
ヨガや瞑想をする僧侶のようなサラリーマン?
バスや電車が発車しそうになっても、駆け込み乗車しないサラリーマン?
そんな人は、日本にいない。

モスクワ観光の中で、一番行ってよかった場所がある。ラヴールシンスキー通りにあるトレチャコフ美術館だ。
リュックを背負った旅行者が多かったが、中国人はあまりいなかった。
モスクワに到着した最初の夜、ホテルで入浴を済ませた後、テレビを付けながら明日の計画を立てていた。

トレチャコフ美術館と、記念撮影をする旅行者

お気づきの方もおられましょうが、そう私はたったひとり、無計画状態でモスクワにきた。一人で市内を散策するもよし、どこかの市民に紛れて市民生活のまねごとをするもよし。路地をただぶらつくもよし。すべては、明日の私が決めるのだ。
そんなふうに考えていたが、さすがに時間を無駄にはしたくない。ホテルのテレビは警察犬のニュースを流していた。大きな事件もなにもなかったようだ。ニュースの合間の天気予報は、明日は快晴と伝えている。

クイーンサイズのベッドに寝そべりながら、私はスマートフォンで検索した。モスクワ_名所と。これは入国前にやっておくことだったにちがいない。
とある個人ブログサイトを見つけた。東欧諸国を旅する個人だった。そのサイト曰く、トレチャコフ美術館を一番推していた。ほかのサイトも閲覧してみたが、同じようにクレムリンや赤の広場と並んで、トレチャコフ美術館がある。
そこまでいうなら、行ってみようではないか。
そんなわけで、私は赤の広場の次に、トレチャコフ美術館を訪れた。

赤の広場では、青すぎるくらいの晴天が広がっていた。しかし、トレチャコフ美術館に着いたとたん、通り雨に遭った。ニュースの合間の天気予報というものは、全く信用ならない。

慌てふためいて出口から入場しようとしたり、拙いロシア語でなんとかチケットを買ったり、美術館ひとつ入るにも苦労が絶えなかった。ふと、なぜ私はこんなにも、よく確認せずに間違ってしまうのだろうかと、疑問が頭をもたげた。日本での仕事だってそうだ、単純なところでミスをする。突っ走って冷静さを失い、丁寧さを欠く。周りを見ずにやってしまうから、周りと同じことができない。己の無能もいいところだ。

やっと手に入れた大人一人分のチケットを握りしめ、エントランスのエスカレーターを下った。展示室の入り口に到着すると、自己嫌悪の念が、一気に吹き飛んだ。展示されている空間、並ぶ絵画、鑑賞する人々までもが、一級の美術品だった。約13万点の美術品の中には、美術の教科書や文芸の挿絵でみたことがあるような、有名なものまであった。そして、とにかく壁いっぱいに絵を展示している。自己嫌悪になる暇なんか、なかったのだ。
圧倒されながら、美術や芸術の強い力に流されていく。美術館の中を歩いているときは、そんな気分だった。とても1日では足りない。それに、午前中は郊外のすたれたショッピングセンターにも行った。そのあと、地下鉄をめぐって、赤の広場に行って。足は限界を迎えていた。

いやいや、毎日外回りのサラリーマンの足を、軽んじてはいけない。私は(きっとむくんでマメだらけになっているであろう)足を奮い立たせ、美術館を徘徊した。
美術館全体からみて、半分のところまで来たころだった。
ふと、スーツを着用した2人組の男性が、両手をスラックスのポケットに入れ、優雅に歩いている。そもそも、美術館にジャケットを着たスーツ姿の人間を、私は見たことがなかった。それにその日は平日の夕方である。その二人は首から(社員証だろうか)カードケースも下げていた。二人組は不快にならない音量で、絵を鑑賞しながら会話をしている。

余裕のある大人をみたことがあるだろうか?
だれかと会話を楽しみながら、時間に追われず、充足を感じている大人のことである。
私はある。美術館にいた二人組のサラリーマンだ。あのスマートなサラリーマンの時間の使い方、流れていくサラリーマン人生の充足の仕方に憧れたのである。


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