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028_ひとりインフルエンザ 前編

感染症の話というのは、気が滅入ってしまってしかたない。それに病気について、なんら正しい知識もない。

ウェブ記事界隈では、”YMYL”のトピックには、高度な知識知見と正しい情報、専門性が求められる。
YMYLとは、your money or your life.の頭文字を取った言葉で、お金や健康に関わるトピックのことを指す。

簡単な言葉でいうと、ブログなどのSEOで金もうけを目的とした、人々の関心が高い生命や人生に関わるトピックを軽々しく書かないでね、ということだ。Googleが検索の評価基準をまとめたガイドラインにこの項目があり、YMYLに関連する記事は特に厳しくみているということだ。

そんななか、一人暮らしのインフルエンザはまさに情報戦だった。

まだ世界的な感染症が流行る前、私はいつも通りの日曜日を過ごしていた。前日は仕事で、春の嵐の中、傘を差さずにランニング(本当のところは遅刻)しながら通勤していた。帰りも同じで雨に降られながら走った。日曜日の朝起きるのが、少しだるかった。しかし、洗濯や掃除など家事が溜まっていたから、少しのだるさは無視していた。


体調がおかしいなと思ったのは、夕飯の時だった。いつものように作り置きを準備し、日曜の夕飯はそのおかずの味見と、お手製ビビンバだった。一人暮らしには贅沢な生卵を使った丼ものだ。私の大好物である。これで英気を養い、明日からの労働一週間に備えよう、そんな日曜日の夜だった。ビビンバを一匙口の中に入れ、すぐに吐き出した。失敗しらずのビビンバを、私の口内が受け付けない。

おかしいと思ったときには、もう食べ物を口へ運べなかった。ぐったりとしたダル気がまず四肢に襲い、頭が眩んだ。口から胃までの食堂を含む通路が完全にふさがれ、視界が歪んだ。まずいと思いながら、安い折り畳みベッドに横になった。

不幸中の幸いか、小さな部屋でよかったのは、夜ご飯を食べるローテーブルのすぐ隣に、折り畳みベッドがあった。当時、最初に考えたのは、『ビビンバに使ったもやしが、傷んでしまったのだろうか』であった。以前もついうっかりもやしを買って、冷蔵庫に4日ほど置いてしまったときがある。もやしを袋から出したときに、何とも言えない異臭がしていた。ザルで洗ったとき、ふにゃっと柔らかい感触のもやしであった。ラーメンの具として煮込めば、とりあえず食べれるだろうと思ったが、にんにくに負けない刺激臭と咀嚼できない腐敗の味がした。

あれの再来か……。

ならば、一晩寝れば大丈夫だろう。
ふらつく頭でとりあえずシャワーを浴び、その日の夜は一人暮らし史上最も早く就寝した夜だった。古い体温計は、38度を示していたが、寝ていれば直るだろうと、保険証の準備だけしていた。

サラリーマンは哀れな生きもので、平日の朝は必ず目が覚める。朝6時に起床し、だるさを見ないふりして、出勤した。

昼、咳や鼻水が止まらない。

午前中に2件外回りを終えた。鼻水がとめどなく流れていく。
「本気で病院に行け」
とおじさん上司に叱られ、やっと私は内科にいった。
この時、私はただの風邪で大げさな、と軽んじていた。

内科は駅の近くにあるところで閉店間際で、しかも初診だった。迷惑な患者だろう。私自身もクリニックと縁がない人生だったため、風邪薬でももらえれば御の字と思っていた。診断は5分くらいで、やはり風邪だった。しかし、社内にインフルエンザ罹患者がいるかと聞かれ、営業にいたと答えると、医者は少しだまり、追加の検査をした。

「結果出るまで10分ぐらいかかるから、待合室で待ってて」

と言われ、10分も待ってられるかとがっかりした。ソファで考えていたことは、診察代がかさんだ、という後悔だっだ。
10分の間、本でも読もうとバッグから取り出したが、文字が歪んで読みづらかった。1行も読めないでまごまごしていると、看護師さんが私を呼んだ。

マスクをして来てください。

10分というか、2分も掛からなかった。
やれやれと診察室に行くと、

「インフルだね、B型。休んでね。5日間だから。」

医者は明朗に伝えた。私はがっかりした。看護師さんは閉店の準備を始めた。
私は、病気の知識もなければ、病気であるのがどのような状態なのかも知らなかった。

(続きます)

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