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R_B < Part 5 (5/7) >


 軽いブレーキ音を立てて、露草の車が駐車スペースに入った。


「ではご案内しますね。よろしくお願いします」

「あ、はい」


 促されて車から降りる。ドアを閉める音がコンクリートの空間に響いた。
 地下の駐車スペースは8台。その内、3台分はトラック用だ。

 昼過ぎに統を迎えに来ると、露草は目的地に向かいながら会社の概要を説明してくれた。それによれば、自社ビルは地下1階地上4階建て。1階はオフィスで、会議室が2階、休憩室とロッカールームが3階、そして作業場は4階と別棟の倉庫。
 専任のイベンターとして動いているのは露草ともう1人だけで、後は現場スタッフがそれぞれ他の仕事を兼任しながら働いているとの事だった。


「こちらです」


 通用口と書かれた扉をくぐり、1階まで上がる。オフィスに入るなり、2人の姿を認めたスタッフ4人が口を揃えて『こんにちは!』と笑顔で挨拶をしてきた。


(ひぇ……)


 何とも明るい挨拶。そして今までに体験した事が無いほどの活気。その勢いにたじろぎつつも、統は何とか平静を装って会釈を返す。


「昨日話した薄鈍さんだ。紫紺のフォローで来てくださった」


 露草がスタッフに説明すると、今度は『よろしくお願いします!』と元気な声が飛んできた。


「えっと……よろしく」


 うっかり敬礼しそうになるのを抑えて、もう一度ペコリと頭を下げる。するとラメ入りシャツに穴開きGパンといった出で立ちのスタッフが、2人の所へやって来た。


「お疲れっす、露草さん。作業場の準備出来てます」

「有難う。じゃあ一緒に案内してもらえるかな」

「はい」


 頷くと、彼は統に右手を差し出しながら自己紹介をした。


「生成 翔だ。よろしくな」

「生成……」


 車中での、露草の説明に出て来た人物だ。


[現場スタッフは殆どが20歳代と若いので、薄鈍さんと話の合う者もいるかと思いますよ。特にサブリーダーを任せている生成は気の良い子だし、紫紺の件もあらかた把握してますから、私が居ない時は彼に何でも聞いてください]


 彼がそうかと合点し、統も握手に応じた。


「よろしく」

「翔って呼んでくれよな。頼りにしてるぜ」

「ああ。俺のほうこそ、よろしく」

(……にしても、こりゃまた派手なニーチャンだな)


 握手をしながら、こっそり思った。派手なのは服装だけでは無い。髪はわざわざ脱色しているし、両耳にはいくつものピアス。腕には小さいがタトゥーも入っている。スーツ姿の露草と対照的だ。


「じゃあ、まずはこっち」


 奥のエレベータに誘導された。かなり奥行きがある。


「でけーな。業務用?」

「そう。搬出搬入で操作を頼まれる事が結構あるんだ。動かし方は簡単」


 3人で乗り込み、教えられた通りにボタンを押す。すぐにエレベータはゆっくりと上昇を始めた。


「で、次が作業場な」


 4階まで上がり、エレベータの扉が開いたところで統は思わず声をあげた。


「うわ……」


 作業場は軍用機の格納庫と比べれば桁違いの狭さ。それは想定内だったが、彼が驚いたのは、置かれている資材の量と種類だった。
 ケーブルや金属板もあるにはあったが、メインは木材と布、そしてビニール類。他にも見たことの無い材料が多数。それらが所狭しと積み上げられている。


「この中でみんな作業してんのか?」

「ああ。でっかいモンは裏手の倉庫で作ったりするけど、大概はここで作ってる。今は特に複数の仕事が同時進行してるから、こんな状態になってるんだ。スペースは譲り合いだな。で、俺が今担当してるのがそっちのシマ」


 翔が右手奥を指差しながら解説する。言われてみれば確かに4つのスペースに分けられている……あくまでも“何となく”だが。


「統のシマは、こっち。紫紺のトコな」


 左手奥へと統を案内しながら、翔は説明を続けた。乱雑に積み上げられたダンボール箱には、どれも『紫紺』と書かれた紙が貼り付けてある。


「道具は壁に掛かってるのと、作業台の引き出しとかにもある。それでも見当たらなけりゃ他から借りる。モノの貸し借りなんてしょっちゅうだから気楽に他の奴に声をかけてくれたら良いぜ。俺が居る時は勿論俺で良いし、居なけりゃ他のシマを覗いてみてくれ。1人2人はその辺に居るはずだから」

「分かった」

「何か気になる事は?」

「今は特にねーかな」

「なら、後はまた追々だな。そうしたら露草さんとこへ戻ろう」


 露草と合流すると、翔は『じゃ、俺作業に戻ります』と言って傍らの作業着を掴み、そのままベニヤ板と角材の向こうに消えた。
 入れ替わりで再び案内に立った露草は『では下の階へ』と統を誘導した。


「こちらです」


 エレベータ横の階段から3階へ降りる。あるのはロッカー室と休憩室だ。休憩室にはテーブルと椅子、ポットにテレビに自販機が3台。更に一番奥には、簡易ベッドが2台とソファ。


「横になれるスペースまで?」

「どうしても泊まり込みで作業しないと間に合わない場合もあるので。使わないで済むようになれば良いんですけどね」


 統の呟きに、露草は苦笑を返した。


「そちらの奥にはシャワー室もあります。泊まりでなくても、普通に仕事上がりに使うスタッフもいますから、お気軽にどうぞ」

「はぁ」


 後は、ロッカー室で作業服のサイズを確認。これで案内は終了のようだ。


「どうぞ、おかけ下さい」


 勧められるままに、休憩室の一角で腰を下ろす。露草はすぐに飲み物を持って戻って来た。


「大体こんな感じです。2階は会議室が2つあるだけですので、また機会があれば」

「わかりました」


 取り敢えず、自分が使う場所が分かれば十分だ。それよりも確認したいのは、実際のスケジュール。


「具体的な日程をもう一度教えてもらえますか」


 手渡されたコーヒーを飲みながら露草に尋ねれば、彼は手帳を取り出して説明してくれた。


「コンベンションは、4ヶ月後の……この日から5日間。会場自体は、開催の1週間前に全ての準備を完了させないといけません。開催3日前には内覧会がありますし、2日前からはシンポジウムなどが先行して始まるからです」

「搬入や最終チェックの事も考えたら……開催の1ヶ月前には完成しておきたいところですね」

「ええ。紫紺もそう言っていました」


 実質3ヶ月弱だ。1から手探りの作業もある。あまり時間的余裕は無い。


「完成後も、薄鈍さんには会場での動作チェックと、必要に応じての手直し・調整までをお願いする事になると思います。調整の頃には紫紺も復帰出来る予定ですが……もしも間に合わなかった場合、内覧会にも立ち会って頂く事は可能でしょうか」

「立ち会い?」


 統は首を傾げた。


「トラブルに備えての待機、って事ですか」

「確かにそれも無いとは言い切れませんが、寧ろアテンダントのようなものと思っていただければと」

「はぁ……」


 今ひとつピンと来ない。


「その場で絡繰り仕掛けの解説が出来る人が必要なんです。必ず『これは何?』と質問されますので」


 露草の丁寧な説明で、漸く意味がわかってきた。


「成る程。でも解説の掲示はするんだ……しますよね?」

「はい。ただ、特に子ども達には言葉で直接伝えたいと言う紫紺の希望があるもので。コンベンション開催中は外から専属のスタッフに来てもらう予定ですが、内覧会だけはウチの方で対応する事になっているんです」

「てぇ事は……内覧会には子ども達が来る?」

「そうなんです。通常ですとシンポジウムの関係者や報道の方だけが対象なんですが、今回は“子ども”がメインテーマだという事もあって、地域の施設の子ども達を特別招待する事になりまして」

「施設……」


 暗い闇が記憶を掠めた。こんなに平和に見える世界にも、辛い思いをしている子ども達がいるのだろうか……。


「薄鈍さん、何か?」


 露草の声で統は我に返った。必死で話を繋ぐ。


「あ……えっと。何人くらいになるんですか?その、招待する子ども達ってのは」

「会場のあるT市と近隣町の施設に招待状を出して、今は返事待ちの段階だと聞いています。なので具体的な人数は未だ決まっていないんですが、Maxで150人程度と見込んでいます。返事を取り纏められたら時間調整をして、再度各施設に連絡、当日は順番に内覧会に来ていただくと言う感じですね」

「他の関係者の人達とは別枠で、時間を作るんですか?」

「完全に分ける所までは行きませんが、あくまでも子どもメインでと思っています。子どもは楽しいものは楽しい、つまらないものはつまらないと真っ直ぐに教えてくれます。
 大人達には、そのリアクションをしっかりと見てほしいですね。大人が『これは喜ぶに違いない』と思い込んでいたものが全く子どもにウケない、なんて事はザラにありますから」


 露草の表情が緩む。彼自身が相当の子ども好きだと、いやでも分かる。


「こうした趣旨のコンベンションは滅多にありません。折角の機会なので、少しでも多くの子ども達に楽しい時間を過ごしてもらえたらなと思いまして……それは、私も紫紺も同じ考えです」

「だから、この絡繰りをキャンセルしたくなかったんですね?」

「はい、そうなんです」


 子ども達も、辛い思いをしている時があるだろう……だからこそ、これが少しでも楽しい思い出になってくれればと。


「……分かりました」


 一旦大きく息を吐く。そうして統も自分に気合を入れた。


「皆が笑顔になれるような仕掛けを作ります。俺、頑張ります!」


-------


「どう?最近の作業は」

「おかげさんでだいぶ慣れた。いつも送り迎えしてもらっちまってアレだけどさ」

「気にするなよ、この方が俺も安心だし。統こそ、いつも俺の方に時間を合わせてくれてるけど無理してないか?」

「全然。それこそ問題ねーさ。あの作業場、ホントに24時間稼働してんだ。いつ入ってもハケても気楽なモン」

「24時間かー。やっぱ泊まり込みの人も居るんだ」

「フツーにな。特に今は1週間後に納めなきゃならねーのがあるから大変らしい」

「そっか。納期は絶対厳守だもんな」


 統が作業に関わるようになって半月あまりが経った。とは言え、毎日作業場へ行っている訳でも無い。露草は何も制約を設けず、全てをこちら側に任せてくれていて、時間も完全フレックス。この日は7回目の“出勤”だった。


「コンビニに寄ろう。要るだろ?朝メシ」

「うん」


 この日、芥は早朝から予定が入っていた。家を出たのは朝の5時前。彩には朝ご飯も弁当も要らないと言っておいたから、少しはゆっくり出来るだろう。
 手早くそれぞれの食糧を買い込み、2人は再び車に乗りこんだ。エンジンをかけながら、芥は早速野菜ジュースに手を伸ばす。


「今日はちょっと遅くなりそうなんだけど、大丈夫?」

「寧ろその方が有難ぇかも。今日は絡繰りのパーツを組み合わせてみようと思ってんだけど、どうせ修正しなきゃなんねートコが出て来るしさ。キリの良いトコまでやろうと思ったら結構時間を喰う筈なんだ」


 答えながら、統はサンドイッチの袋を開けて芥に渡してやった。


「サンキュ。そうしたらとりあえず、こっちが一段落したら連絡する。20時は過ぎると思う」

「今から……15時間か。あんたも相当な長丁場だよなー」

「中身は割と細切れなんだけどね。打合せが6件」

「6件?頭こんがらがんねー?」

「どうかな。ラストのほうは怪しいかも」


 そう言いながらもふふっと笑う横顔を見て、統は『余裕じゃねーかよ』と即座にツッコミを入れる。


「ん、そう見える?」

「ああ、見える」

「俺からしたら、お前のほうが余裕に見えるけどなー」

「ンな事あるか。半月も経って、未だ試作段階だし」


 ハァと溜め息をついて、統もおにぎりを口にした。
 物作りは楽しいが、時間は無制限にある訳ではない。作業場に行かない日は、部屋に篭りっきりで試作パーツ作りに明け暮れている。


「夢ン中に設計図が出て来るぐれーには焦ってんだ。ヒヤヒヤしてる」

「他の人に相談してないのか?生成君とか。彼、サブリーダーなんだろ?」

「けど、アイツもアイツで忙しいからなー」


 つい遠慮してしまうのだろう。そんな統の気持ちも汲んだ上で、芥は一つ助言をしてみた。


「言いづらくなるのは分かるよ。でも、全体の進行具合を把握するのもリーダーって名前の付く人達の仕事だから、あまり気にしない方が良い。少なくとも生成君から声をかけてくれた時ぐらいは何でも言ってみなよ。彼だって、お前から相談されたら嬉しい筈さ」

「……そうかな?」

「そうそう。絶対に自分だけで抱え込まない事。気楽に今日も頑張っておいで」

「気楽に頑張るなんて無理だろ」

「出来る。お前、器用なんだから」

「何だそりゃ」


 『時々テキトーだよな芥って』と統がむくれて見せれば、芥もふふんと軽く笑って返してやった。


-------


 作業場の時計は21時を過ぎていた。
 今度こそと気合いを入れ、統はストッパーをそっと引き抜く。歯車が回転を始め、続いてカムもカタンカタンと規則的な動きを見せた。


「お、行けてんじゃん」


 翔が横からのぞき込んできて統の肩をポンと叩く。だが彼は首を横に振った。


「全然ダメ。ここの……ほら、このタイミングが合わねーんだ」

「え?合ってるだろ」

「合ってねーんだよ」


 夕方に漸く組み上がった試作品を、彼は既に何度も手直ししていた。確かに最初と比べれば随分と動きも滑らかになっているが、どうしても納得が行かない。


「そう?俺にはバッチリに見えるんだけどなー」

「うーん……」

[……声をかけてくれた時ぐらいは何でも言ってみなよ]


 芥がくれたアドバイスを思い出した。確かに今、自分は煮詰まっている。今はどんな小さな事でも良いから、打開策を見つけ出したかった。


「……コンマ5秒ずれてる。せめてコレを0.1まで持って行きてーんだ」

「0.1?紫紺の設計、そこまでは要求してねーじゃん。どーしてそんなに拘るのさ」


 翔は素直な疑問を口にし、首を傾げながら隣にしゃがみ込む。統はラジオペンチの先で件のポイントを指しながら説明した。


「この絡繰りはココが一番のキモだろ。逆に言やあ、一番大きな負荷がかかり続ける部分だからズレやすい。ズレたら絡繰り全体の動きのバランスが崩れて、メンテに時間を食われちまう」

「そっか。だとしたら、例えばその左側を補強するとかは?ここの……コレとか」

「あ……成る程!」


 ずっと視界に入っていたのに、全く気づけなかったポイント。これがベテランの眼なのかと、統は尊敬の眼差しを彼に向けた。


「翔って、やっぱすげーな!それ、明日やってみる」


 礼を言えば『そんな大した事じゃねぇよ』と翔が些か照れ気味の笑顔を見せる。だが一方では、統の精確さへの拘りようが不思議で仕方無いらしい。


「けどさ、会期中はウチの奴らが交代で泊まり込むって聞いてるぜ?他の設備のメンテだってあるし、絡繰りに不具合が出ても直ぐに対応出来るんだから、そこまで神経質にならなくても」

「まあな。ただ、紫紺の復帰予定って本番ギリギリだろ」


 ここに居るのは全員プロだ。設計図と紫紺の指示があれば会期中ぐらいは何とでもなるだろう。
 だが万が一と言う事もある……自分が異常な完璧主義なのかもしれない。それでも、統としては不安材料を一つでも少なくしておきたかった。


「病み上がりのヤツに余計な負担かけたくねーんだ。俺じゃ力不足なのは重々承知だけどよ」

「は?何言ってんだ、今でもすげぇ完成度だし?!」


 翔にそう言ってもらえるのは嬉しいが、焦る気持ちは消えない。最大の理由は、自分がいつまでこの世界に居られるのかが分からないから……だが、これは流石に言うわけにはいかない。


「徹底的に完璧を追求するって、お前、根っからの職人気質なんだろうな」

「そんな良いモンじゃねーさ。戦闘機やらを整備させられてたらイヤでもそうなっちまったって言うか……」

「戦闘機?」


 翔に聞き返されて、彼は自分が何を言ったのかに初めて気付いた。


「あ……」


 自分の考えに入り込んでしまっていた。言い繕う事が出来ない。
 そんな彼の戸惑いを他所に、翔は目を輝かせて賞賛の声をあげた。


「お前、そんなの整備してたのか?めちゃクールじゃん!」

「何が……そんな」

「おっと、謙遜するなよ。じゃあ空自か。確かに、言われてみりゃそんなカンジだよな!」


 そう言って無邪気に笑う姿に、統は混乱した。

 そんな事を、どうして楽しそうに話せるのか……戦闘機は“敵”を破滅させるための物だ、何の救いも無い……。


(いや、こいつは悪くねぇ……戦争なんか知らねーんだし……)


 心の底から湧き上がるのは、翔に対する怒り。それは単なる八つ当たりだ、世界が違うのだからと自分に言い聞かせる。だが、鬱積した感情は理性を突き破り溢れ出そうと暴れていた。

 不意に黙り込んだ統の身体が、細かく震え始める。


「あ……れ?俺、何か変なコト言った……」


 異変に気付いた翔が右手を差しのべた……その手にはサバイバルナイフ。


「……!」


 統は彼の手を反射的に払いのけた。ナイフが手の甲を一直線に切り裂く……だが、一滴の血も流れてはいない。


(幻覚……)

「おい、統?!」


 自分を呼ぶ声に、統はゆっくりと顔を上げた。目の前に居るのは。

 08小隊の……。


(……違う!)

「ダメだ、翔!近寄るな!」


 必死に叫び、彼から距離を取る。それが精一杯だった。


「うぁ……っ!」


 後退った途端に脳内で銃声が響き、完治した筈の右腕に激痛が走る。


[甘いな……しっかり相手から奪って自分で刺せ]


 腕を抱えて蹲る彼の耳の奥で木霊したのは、黄丹の声。


(な……んだ……どうして……今?)


 一気に息が上がり、全身から汗が噴き出す。右腕を抑える手に渾身の力を込め、彼は幻覚に抗った。爪が腕の皮膚を裂き、現実の痛みをもたらす。


「おい……どうしちまったんだ?」


 彼の腕から流れ出す血。滲み出る狂気……だが放ってはおけない。翔は彼を刺激しないように気遣いながら、ゆっくりと歩を進めた。


「来る……な……翔」


 痛みで辛うじて正気を引き戻し、統は必死で考える。
 翔を傷つけてはいけない。
 芥の世界を壊してはならない。


(手出ししちゃなんねぇ、絶対にそれだけは……!)


 銃口を向けて近づいてくる、黄丹の姿。幻影を振り払おうときつく目を閉じても、その姿は消えてはくれなかった。

 暗闇の向こう、僅か数十センチの距離に居るのは……翔……だが黄丹なら、殺気を微塵も感じさせずに自分の前に立つ事ぐらい造作ない……ならば目の前に今、居るのは……。


(……駄目だ!)

「統……」

「!」


 翔の手が肩に触れた瞬間、統は両手で自分の首を締めた。そのまま仰向けに倒れ込み、更に自らの首を床に押さえつける。


「おい!何するんだ?!統!」


 翔は急いで腕を引き剥がそうとするが、力は全く緩まない。この痩躯の何処からこんな力が、と思う程の怪力だ。


「……クソッ!」


 翔は焦った。間の悪い事に、他の2人は休憩で下に降りている。
 こんな状態の彼を置いたままには出来ない。だが、これでは救援も呼べない。

 その時、統の携帯が鳴った。
 翔は藁にも縋る思いで携帯を彼のポケットから引っ張り出す。発信者を確認すると、即座に通話をオンにした。


「山吹さん……統が!」


>>>Part 5 (6/7)


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