見出し画像

R_B < Part 5 (7/7) >


 時間ギリギリまで調整を繰り返し、統は漸くディスプレイを完成させた。


「……これは素晴らしい!お聞きしていたよりも遥かに良い出来です。これなら大人も子どもも楽しめますね!」


 早速やって来た露草は、実物を一目見るなり賞賛の声をあげる。


「ありがとうございます。完璧には出来なかったけど……」

「いえ、十分過ぎる程の出来栄えです。小手先だけの技術で、こんなに整ったものは作れないですからね。それは私でも分かります。
 紫紺も驚くに違いありません。正直なところ、薄鈍さんには次の企画にも協力して頂きたいくらいです」

「それはちょ……あ、どうも」


 露草に握手を求められ、統は戸惑いながらもそれに応じた。実際、自分では納得しきれていない部分がいくつもあるが、要求されていたレベルはクリアしたようなので、これで製作作業は終了。次は搬入だ。


「ところで搬入日は決まったんですか?」

「ええ、次の水曜日です。5日後ですね。当日は8時に現地でお願い出来ればと」

「分かりました」

「それと先ほど、紫紺から連絡がありまして。明後日には退院出来るそうです」

「あ、そうなんですね」


 今度こそ、統はホッと胸を撫で下ろした。彼にとって一番の朗報だ。これで後は何とかなるだろう。


「良かったです。それなら現場での最終チェックも、彼の予定で?」

「はい。今の調子なら、搬入の時に会っていただけると思います。彼も貴方に是非お会いしたいと言ってまして……あ、先にこのディスプレイの写真を彼に送らせてもらいます。完成報告を心待ちにしていますから。ちょっと失礼」


 言いながら早速写真を撮り始めた。様々な方向から5〜6枚撮って送信すると、今度は統にカメラを向ける。


「薄鈍さんのお姿も1枚宜しいですか」

「あ、いや……俺、写真はちょっと……」


 別の世界で自分の姿を記録されるのは拙いのではと、つい警戒してしまう。言ってから露草に不審がられたかと心配になったが、幸い、彼は統を単にシャイな人間だと思ったらしい。


「そうですね、そうしたら搬入日までのお楽しみと言う事で」

「あ、はい。すいません」

「いえ、こちらこそ急に失礼しました……あ、もう返事が来ました。やはり、想像以上の仕上がりだと喜んでます。改めて、ありがとうございます」

「俺のほうこそ……貴重な経験をさせてもらいました。ありがとうございました」


 再度握手を交わす。統の顔にも、やっと笑みが浮かんだ。


「それではまた、水曜日に」


 一礼して作業場を後にする。ビルを出て一つ伸びをすると、統は駅に向かった。


「まずは彩さんに報告だな」


-------


「お疲れ様、統クン。今日は早かったのね?」


 夕方ひょっこり顔を見せた統に、彩は労いの言葉をかけた。


「ああ、製作完了したんだ。これで5日後の搬入まではヒマ」

「わ、ホントに?!ずっと頑張ってたものね。完成おめでとう!」

「ありがとう。て事で、また何でも手伝うから言ってくれよ」

「うん。でも今日は芥ももうじき帰って来るわ。こっちに寄ってくれる筈だから、一緒に帰ってゆっくりして頂戴ね」


 促されて壁際のチェアに腰を下ろせば、彩もリモコンを操作してベッドの背を起こす。


「もう芥から連絡あったんだ?」

「ええ。30分くらい前だったかな」

「そっか。じゃあ今日は早めに帰らせてもらうぜ。彩さんも調子良さそうだし」

「キミのお陰よ。赤ちゃんも順調だって言ってもらえた。お産は結局、帝王切開になるそうだけどね」

「え?」


 帝王切開と聞いて、統はギョッとなった。


「それって……切るのか?」

「うん」

「腹を?」

「そりゃそうでしょ」


 あっさり返され、寧ろ彼のほうが眩暈をおこしそうになる。芥と同じ反応するのね、と彩はケラケラ笑った。


「いや、だってさ……痛えーじゃん、絶対」

「麻酔するわよ、当然!この病院は設備も良いし、ベテランの先生も多いから大丈夫。明日くらいに日取りを決めるって言ってたから、私ももうひと頑張りね!」

「あ、えっと……そだな、お大事に?」


 リアクションに困って間抜けな返事をしてしまい、彩はまた一頻り笑う。そこに携帯の着信音が重なった。


「芥からだわ。ちょっと待ってね」


 暫く会話をしてから、彼女が携帯を統に渡す。


「代わってくれるかな。話があるって」

「分かった」


 電話に出た途端、完成おめでとうと祝いの言葉が耳に飛び込んできた。芥の声が弾んでいる。


〈露草さんから連絡もらったんだ!ホントにありがとうな、お疲れ様〉

「いや、楽しかったぜ。役に立てたみたいで良かった」

〈そう言ってもらえて俺も嬉しいよ。今日はご馳走させてくれよな、連れて行きたい店があるんだ……っと、その前に。
 もうすぐそっちに着くんだけど、彩の分の買い出しがちょっと嵩張っちまってさ。悪いけど、運ぶの手伝ってもらいたいんだ〉

「お安い御用だぜ。もう着くんなら、俺もすぐ降りるわ」

〈ありがとう。車は地下駐車場に入れるから〉

「了解」


 通話を終えると、統は携帯を返して立ち上がった。


「ちっと駐車場まで行ってくる。買い出しが多かったんだってさ」

「あ、昼にお願いしてたのよ。もう買って来てくれたのね」

「そうだったんだ、特急便だな!」


 ははっと笑って病室を出ると、彼は早歩きでエレベータに向かった。駐車場まで降りられるエレベータは病室からかなり離れている。


「そっかー、いよいよかぁ……」


 彩との会話を思い出せば自然と頬が緩む。どっちに似てるんだろうなと独り言つ。2人に負けず劣らず、新しい家族の誕生を心待ちにしている自分が居た。


「芥、デレデレになるんだろーなぁ」


 呟き、笑いながらエレベータの下行ボタンを押す。そこで丁度、彼の携帯が鳴った。


「芥、着いたのか?」

〈うん、地下2階のほうに入れた。エレベータを出て左手の方だよ〉

「了解。もうエレベータに乗るから、ちっと待っててくれ」

〈ああ、よろしく〉


 携帯を切る。間も無くエレベータの扉が開き、数人降りると中は空になった。
 直ぐに乗り込みB2を押せば、扉が閉まったエレベータはゆっくりと下降を始める……しかしその直後、強い衝撃が彼を襲った。


(え、地震?!)


 咄嗟に行先階ボタンを全て押そうと手を伸ばす。だが彼の行く手を阻むようにエレベータ内の照明が瞬時に消えた。

 ……完全な闇が彼を覆う。非常灯は点かない。

 揺れは一切、感じない。


「何だ、今の……」


 呟きは闇に吸い込まれた……何が起こったのか分からない。
 だがじっとしていても埒が明かない。息を整え、統はそっと一歩踏み出した。


「え……」


 降ろした足は宙に浮き、覚えのある感覚が彼を取り巻く。


(やべー!コレ……)


 統は受身を取るべく身構えた。


(落ちる!)


 エレベータはB2まで。衝撃は直ぐに来る筈だった。
 なのに、落下速度は増すばかり。


「……芥!」


 無意識の叫び声は虚無に吸い込まれ、最早己の耳にすら届く事は無かった。


-------


 静かに病室のドアが開く。
 2人を出迎えようと振り向いた彩の笑顔は、だが一瞬で凍りついた。


「お疲れ様、あ……」


 入口に立っていたのは、真っ青な顔色をした芥。

 彼だけが、1人。

 その右手に握られているのは……メタリックレッドの携帯。


「……芥」


 何が起きたのかを知るには、それで十分だった。
 聞きたくはない……けれど同時に、確かめずにはいられない。


「統クン、は……?」


 尋ねたその瞬間。
 握り締めた携帯が、微かに軋む音を立てた。


「消えたよ……もう、会えない……」


+++++++++


『遅いなー……』


 統に連絡を入れた後、芥は場所がすぐ分かるようにハザードを点けて待っていた。
 だが5分経っても、彼はやって来ない。途中階でそれなりに人の乗降があったとしても、こんなに時間がかかるとは思えなかった。


(何かあったのか……?)


 流石に心配になり、芥は一旦車を降りてエレベータに向かう。一つ角を曲がれば直ぐに、エレベータホールが視界に入った。


(え……?)


 違和感が芥の全身を走り抜ける……表示はB2で止まっていた。


『……統!』


 乗降口に駆け寄ると、芥は急いで開扉ボタンを押した。
 いつも通りに開く扉……その隙間から突然、漆黒の闇が漏れ出し彼に迫る。


(な……?!)


 異様な光景に思わず身を固くしたその時、内部がパッと明るくなった。
 流れる闇は呆気なく消え、代わりに彼の視界に入って来たのは無人の空間と……床に落ちる寸前のメタリックレッド。

 硬い金属音が、彼の耳を打った。


+++++++++


 芥はベッドサイドに腰を降ろし、差し出された彼女の掌に頭を預ける……目を閉じれば涙が一雫、こぼれ落ちた。


「還れたのかしら?」

「そうであってほしい、けど……」


 返す芥の声が震える……別れはいつも突然だ。それは覚悟していた筈なのに。


「残念だな……この子が生まれたら、あいつにも抱いてもらおうと思ってたんだけど」

「うん。でも、彼の名前を使わせてもらえるだけでも良かった。あんなに喜んでくれるなんて思ってなかったし……」


 5日ほど前に、2人は名前の件を彼に相談していた。


『俺の名前があんた達と一緒にいられるって事だよな?“この世界”に、ずっと一緒にさ。それって、めちゃめちゃ嬉しい事じゃねーか!ありがとう!』


 ……あの時の彼の笑顔は、これからもずっと忘れない。


「だけどどうしても、もっと何かしてやれたんじゃないかって思っちまう……」

「私もよ。だけど彼には戻るべき所がある……あなたがそうだったように。
 さっきあなたを迎えに行った時の彼、素敵な笑顔してたの。だからきっと戻れてる。信じましょう」


 言いながら、彩は小刻みに震える彼の背中を何度も撫でてあげた。


「違う世界で生きていても、あなたと統クン達は仲間。それは変わらない」

「……そうだね。それに統とは2度も会えた、しかもこの世界で……それこそが奇跡だ。この奇跡には、いくら感謝しても足りないね」


 一つ大きく息をついて立ち上がる。
 芥は彼女の両手を握り、笑顔を取り戻した。


「車から荷物、取ってくるよ。明日は露草さんに会って来ないとな。統が遺してくれた作品、搬入までしっかり引き継がなきゃ」

「うん、そうね」


 彼が遺してくれたもの。
 守ってくれた命。
 今度はそれらを自分達が守っていく。守り抜く。


「じゃあ、ちょっと待ってて」

「はい、よろしく。いってらっしゃい!」


 赤い携帯をポケットに入れ、芥は再び駐車場へと向かった。


>>>Part 5 (Epilogue)


20211018

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?