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R_B < Part 6 (6/9) >


 統と芥の姿を視たのは寝入ってすぐだったらしい。目を覚ませば、未だ日付が変わったばかりだった。

 誠は熟睡している。アシストは面倒だからと部屋に置いたまま、敬は研究棟の屋上にやって来た。
 爽やかな夜風が吹き抜ける、考え事をするには丁度良い。手摺りにもたれ夜空を仰げば、青白い満月が中天にかかっていた。


「一応、視えたからあの2人は無事だってコトで……後は」


 月を話し相手に、彼は思うままを口にする。


「仁、かぁー」


 小さい溜め息が一つ。
 赭が言った“共鳴”に関して誠は何か思うところがあるようだが、敬としては同意しかねる内容だった。理由は簡単だ。


「自慢じゃねぇが、俺等の間にシンクロなんて一度も無ぇぞ。正真正銘の双子だってのに」


 フンと鼻を鳴らし、それでも彼は考察を進める。


「まあアイツなら大丈夫だろうけどな。俺もこうして生きてんだし。
 けどセンセイの言う通りなら、アイツのイメージだけなかなか出て来ねぇってのが何だかなぁ……あ、身内だと逆に私情入り過ぎでダメと……ってぇ!?」


 突然、背中に激痛が走り両脚の力が抜けた。膝ががくんと折れ曲がる。
 アシスト無しでは尚更踏ん張りようがない、咄嗟に身を捻り敬は手摺りにしがみついた。お陰で新たな打撲傷を作る事だけはどうにか免れたようだ。


「何だ……今の?」


 大きく息をついてからゆっくり立ち上がれば、背中の激痛も両脚の違和感も嘘のように消えていた。
 他も全く異常は無い。昨夜……と言っても、まだほんの数時間前だ……に赭が再度チェックしてくれた時も何ら問題は無かった。

 奇妙だ。常識では考えにくい現象。だとしたら……。


「これも……“大いなる存在”のせい、とか?」


 全てを超常現象のせいにするのは危険だが、さりとて完全否定するのも難しい気がした……特に、こんな状況下にいるような時は。


「は!だったら大いなる存在ってのも随分雑なモンだぜ、こんな分かんねぇモンばっかり出しやがって!ヒントにも導きにもなってねぇぞ!
 誠のヴィジョンに至っちゃぁ意味が全っ然分かんねえし、検証だって出来ねぇし!だいたい一方的に意識ぶっ飛ばされたり別世界を見せられて『意味がある』って言われても、それだけで信じられるかってーの……」


 批判とも愚痴ともつかぬ事を呟き続ける彼の口元は、しかし次第に笑みを象りつつあった……久しぶりに心の中に湧き上がって来るものを感じる。

 生来の負けず嫌いが、好奇心に火を付けた。


「……解に辿り着け、ってか?確かに、これ以上待っても埒が明かねぇ」


 よっと一声かけて手摺りから離れ、大きく頷く。


「ノってやろうじゃねぇか」


--------------


「なあ、誠」


 翌朝、午前のルーティンが終わったところで敬は誠に相談を持ちかけた。


「何だ」

「俺の先読み、もっと高度なコト出来るようにならねえかな」

「お前の才能と努力次第。具体的には?」

「オールジャンル、未来予知も問題の解決策も100%的中」

「さらっと難しい事を要求するんじゃない」


 隣に居たら即座に殴られていただろう。距離を取っていて正解だ。


「……それで?」


 一息ついて、誠は先を促した。敬が何かを模索している事は分かる。


「こないだのお前の一件で先読みの応用が出来るって分かった。で、折角ならもっと他の使い方も出来るようになりてぇって思ってさ」

「ああ、それか……“式”の組み替えが出来たと言ってたな」

「そう。元々、俺が黄丹に叩き込まれたのは『現況ー作戦ー戦果』の式だろ。立てた作戦をコレにぶち込んで、計画実行前に戦果を読んでた。
 けど、こないだやっと気付いたんだ。あれは『現況ープロセスー結果』って言う一番単純な式だった、ってな」


 31にいた時には分からなかった……黄丹の誘導に嵌り思考停止に陥っていたと、今なら容易に考えつく。


「で、こないだはプロセスを知りたかったから、結果を先に設定して逆向きに流れを読んだってワケ。コレが一つ」

「確かに初級の応用編だ」


 言葉は棒読みだが、誠の目尻が少しだけ下がった。


「二つ目は?」

「俺の先読みの特性」


 ベッド脇の椅子に腰を下ろす。外したばかりのアシストに両腕でもたれながら、敬は話を進めた。


「俺は“俺自身が存在している時間軸”上の出来事しか読めねぇ」

「存在している……違う時間軸については読めない、と言う事か」

「そんなトコ。今回みてぇな事が無きゃ気付きもしねぇだろ」

「きっかけは?」

「お前の怪我。実は、例の潜入作戦の先読みを検証してみたんだ」

「事後検証を?そんな事が出来るとは初耳だ」

「俺も。ぶっちゃけ今回が初めて。やってみたら出来たのさ」

「それはそれは」


 今度は軽く笑ったようだった。僅かに右手を上げて話の続きを促す。


「それで分かった。そもそもあの時俺が視たのは、お前が両脚に酷ぇ怪我をしたヴィジョンだったんだ。けど実際に撃たれたのは脇腹だっただろ。それは俺が姿を消して互いの世界がズレちまった直後の事だ」

「成る程、あの場での負傷は始めから読めていなかった、と。一方で此処は俺達にとっては異世界だが、2人とも“同じ時間軸”上には居るから、此処での怪我が読めていた……と言うところだな」

「さすが誠、話が早いぜ!で、其れを踏まえての三つ目」

「まだあるのか」

「もうちょい。これでラスト」


 両手でまあまあと宥めるポーズを取ると、敬は昨夜の屋上での出来事を手短に話した。


「……それは本当に一瞬だけか?」


 少しの黙考の後に確認を取る。


「ああ、それこそ1〜2秒だ。アレってどう言う類のモンなんだろうな?」

「分からない、情報が少なすぎる」

「そっかー、分かんねぇかー」

「一般人なら心身症は疑えるかもな。だがお前には全く当てはまらないし」

「どー言う意味さ」


 敬の反論をあっさり無視して、誠は彼に軽く釘を刺した。


「取り敢えず午後の検査をクリアしろ。お前の事だ、どうせアシスト無しで屋上に行ってたんだろう」

「どうせとか言うな……」

「先にやるべき事をやれ。この件は医者の許可が出てからだ、いいな?」

「分かった分かった」


 こう言う時の彼の忠告は絶対だ。敬が降参のポーズをとった。


「よし。それで、何をしたいんだ?」

「まあ、具体的な方法は未だ分かんねぇんだけどさ」


 本題だ。敬の声が真剣味を増す。


「今の俺達、元の世界に戻って31が全員揃う、ってのが目標だよな?」

「ああ」

「だから俺は、その目標を達成するためのプロセスを読み取り、最適解を弾き出し、一日でも早く到達する」


 聞いた誠は僅かに目を見開いた。


「『いずれ戻れる』と扇が言っていたのに?」

「そりゃぁ俺だってあの伝言が全くの嘘だとは思わねぇけど、俺達二人が揃って戻れるとは言われてねぇじゃん。もしバラバラになったら、また手間が増える。
 それに『いずれ』がずっと先の話だったらどーするよ?此処でもお前と4年のズレが出ちまってるんだ、“その時”がいつ来るかと何十年もジリジリしながら異世界で燻るような事はしたかねぇ。俺は確実に、最速最短で、目標を達成してぇんだ」

「大胆だな。事によっては“未来”を捻じ曲げかねない挑戦だぞ」


 ふふんと笑う誠に、敬の声が一際大きくなる。


「挑戦も何も、俺達の方が挑発されてんだろーが!勝手に謎な現象ばっかり寄越して、さあ解いてみろって言ってるようなモンさ。相手が扇だか大いなる存在だかは知らねぇけどよ」

「……大いなる存在?」

「あ、それはセンセイが言ってた。お前がぶっ倒れてる時の話さ」

「そうか……」


 ふぅと、誠が今度は大きく一息ついた。


「良いだろう、俺も何か出来る事を考えてみる」

「そう来なくっちゃな!」


 敬の顔が輝いた。パンと左の拳で右掌を叩く。


「終わりなんか待ってらんねぇ、俺達は“俺達全員の旅を終わらせる”。全てが何処かで繋がってるんなら、どの世界線も読めるようになりゃあ良い。そうすりゃ4人一気に揃う事だって夢じゃねぇ……全部、俺達でケリをつけてやるぜ」


--------------


 午後の検査を終え、赭と敬が病室に戻って来た。早速誠が尋ねる。


「どうでしたか、彼の具合は」

「もうアシストは不要です。多少の痛みなら心配要りませんよ」


 答える赭の隣で、彼はピースサインを出して話を続けた。


「ってぇ事で、センセイの手伝いする事になったんだ。お前も明日からリハビリだってさ」

「手伝い?」

「おぅ。丁度良い運動になるし」

「私の方からお願いしたんです」


 誠が首を傾げるのを見て、赭が説明する。


「恥ずかしながら、過去の記録や使わなくなった器材などの片付けが滞ってしまって。お伺いしたら快諾して下さったので、日に1〜2時間程度で」

「そうでしたか。ご迷惑でないのなら、是非」

「それと、誠君にはこちらをお願い出来たらと」


 今度は誠に黒いケースのようなものが差し出された。


「……これは?」

「ポータブルコンピュータです。今進めている研究のデータと論文の素案が入っています。誠君は医学をひと通り修めていると伺ったので、ファーストチェックをして頂けたらと」

「僕がですか。進行中のだったら、極秘事項もあるのでは?」

「だからこそ、です」

「……成る程」


 確かに、考えようによっては此処が一番情報が漏れにくい。


「先ずは文章の推敲を。余裕が出来たら、データの整合性などもチェックして頂きたいと思います。とは言え勝手が違う部分も多々あるでしょうから、ぼちぼちで」


 これは滅多に無い機会だ。正直、彼の研究にも興味がある。誠は承諾の意を込めて機器を受け取った。


「是非とも。僕でお役に立てるのなら」

「ありがとうございます。本当に急ぎではないので、君のペースで」


 無理しないで下さいねと、赭は笑って付け足す。


「リハビリについては、担当が夕方に伺って説明させて頂きます」

「分かりました。ありがとうございます」

「こちらこそ。では敬君、よろしくお願いします」

「はい。じゃあまた後でな、誠」


 部屋を出る赭に続いて敬も踵を返した。
 早速手渡された研究棟の見取り図を眺めながら後をついて行く。


「先にラボのスタッフに紹介します。その後で、器材庫に運んで頂きたいものがありますので、そちらをお願いします」

「了解。3階ですね、エレベータはDを使った方が?」

「……もう見取り図を?」


 位置情報の把握の早さに、赭は目を丸くした。


「まあ、こう言うのは慣れてるんで」


 軽く笑っていなす……これは31で散々叩き込まれた。この程度なら造作ない。


「こちらです」


 2〜3分でラボに着いた。案内されるまま中に入り、居合わせたスタッフと簡単に顔合わせを済ませる。それから赭は、入り口にある山と積まれたケースを彼に見せた。


「運んでもらいたいのは、これです。廊下にあるカートを使って下さい」

「分かりました」


 早速作業に取り掛かる。そこそこの量はあるが、カートも大きいから3往復もすればいけそうだ。敬は手際良くケースを積み込み、ラボを出た。


「蘇芳さん、こんにちは」

「ん?」


 エレベータで目的のフロアに着くなり、背後から声をかけられる。振り向けば、葵が笑顔で小さく手を振っていた。


「やあ」

「どうしたんですか?確か、そのケースって……」

「ああ、センセイの手伝いしてんだ。器材庫に行くところ。君は?」


 問い返せば、葵は笑顔を一層輝かせた。


「試験、合格したんです。それを報告に来たところです」

「そりゃ良かったな、おめでとう!」

「先生、ラボにいらっしゃいましたか?」

「ああ。早く行ってきな」

「はい!ありがとうございます」


 弾む足取りでエレベータに乗る、そんな彼女を笑顔で見送った直後。


「……ッ!」


 鋭利な刃物の感触が敬の左腕を襲った。
 咄嗟に一歩退き身を屈めるが、周囲には誰もいない。


「……おいおい、またかよ〜」


 はぁと深い溜息をつくと、彼はゆっくり立ち上がった。
 痛みの余韻は続いている。未だ腕にも力が入らない。

 それでも、刺された筈の箇所には何も無かった……血の一滴すら。


--------------


 部屋へ戻ると、誠はリハビリのガイドを読んでいた。


「もう説明終わったのか」

「まあな。ひとまず、立てるようになる迄はこの部屋でリハビリだそうだ」

「そっか、頑張れよ」

「そっちはどうだった?」

「別に。ザッと荷物運びしてラボの奴らと喋って終わり。それよりも」


 自分のベッドに腰を下ろすと、敬は間髪入れずに話し出した。


「聞いてくれ。作業中にまた“来た”んだ。今度は左腕」

「……もう?」


 誠はガイドを傍に置き、僅かに身を乗り出す。


「予想以上に早いな。今回はどんな感じだった?」

「上腕、肩に近い辺りを刺された感覚。痛みと痺れが数分継続。その間は力も全然入らなかった」

「刺された……か」

「多分な。少なくとも打撲とかじゃねぇ」


 誠は、以前に自分が感じた衝撃を思い返した……部位はほぼ同じだが、感覚は自分とは全く別のもの。

 あれは、一体誰なのだろう。


[無理なら、せめて別世界の君に……]


「……誰かの声とか、刺した相手のイメージとかは無かったか?」

「いや、全然。そう簡単にはいかねぇや」


 敬は小さく肩を竦めた。


「ま、取り敢えず情報共有ってコトで」

「そうだな。何がヒントになるか分からないし……」


 ……何かが引っかかる。誠は黙り込んだ。


[特に敬君はダイレクトに繋がりやすくなっている……余計に“チャンネル”が合いやすくなっていると考えられます……]

[俺達の方が挑発されてんだ……さあ解いてみろって言ってるようなモンさ]


 赭の話が、敬の言葉が、瞬時に脳内を駆け巡った。


(統や芥のイメージは視た彼が、一番近い関係である仁のイメージを未だに掴めない、などと言う事が……あるか?)


 双子のシンクロニシティ……。


「……敬」


 確認してみる。


「一つ聞きたいんだが。昨夜“脚に来た”時、何を考えていた?」

「昨夜……まあ、仁の事かな」

「……仁、か」


 誠の中で、仮定が少しずつ確信に変わり始めた。

 敬にとって統は大切な仲間。面識は無くとも芥も同じだろう。
 だが元々は他人……その距離感があったから、逆に2人の消息は“イメージを掴む”と言う形で把握出来たのではないだろうか。
 一方で彼と仁は肉親、そして双子だ。しかも刺された感覚を受けた左上腕は……“印”のある部分。


(彼は一瞬、仁の感覚とシンクロを起こしたのでは……)


「……敬」

「ん?」

「後で一つ、試してみたい事がある」


 何かを思い付いたらしい誠の様子に、彼は目を輝かせた。


「お、何するんだ」

「お前が受けた感覚の元を辿る」

「へぇ、どうやって?」

「未だ決まってない、これから組み立てる。但し、お前の先読みと俺の催眠の合わせ技になるとは思う。その場合“結果”の設定は俺がやる」

「……ソイツぁ面白そうだ。実験、上等じゃねぇか」


 敬は既に乗り気だ。ニヤリと笑い、この日2度目のピースサインを出した。


「何でもやってくれ。お前が誘導してくれるなら安心だぜ!」


>>>Part 6 (7/9)


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