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R_B < Part 6 (5/9) >


 彼等の新しい病室……扇が使っていた個室は、不思議な穏やかさに満ちていた。物理的にも、普通の話し声程度なら廊下や隣室には全く聞こえない。これ程リラックスして何も気にせず話せる空間は他に無いだろう。


「……その時の07格納庫担当が青褐だったんだ」

「ああ、やたら仁をリスペクトしてたヤツだな。統の同期の」

「そう。今思えば、彼は間違いなく俺達の為に時間を稼いでくれた。そうでなければF国の領域にすら入れなかった筈だ」


 夕食後、2人は改めてこれまでの経緯を共有する作業に入った。
 誠が覚えている限りの事を敬に伝え、敬は気になった点があれば誠に確認を取っていく。それだけでも数日はかかりそうだ。


「最後の記憶は?」

「相手の機体に体当たりをした所まで」

「特攻かよ。ンな思い切った事、よくやったな」

「やったも何も、勝手に体が動いて……おい」

「ああ」


 どうやら、気楽にしているつもりでも常に周囲の様子を窺う癖は抜けていないようだ。
 2人同時に気付いた。病室の前に、人の気配。

 直後にドアがノックされる。敬が立ち上がった。


「どなたですか」


 呼びかければ、返ってきたのは少し控え目な女性の声。


「あの……山鳩と言います。赭先生から連絡を頂いたので来させてもらいました」

「先生から?」

「はい」


 関係者と言う事か。敬が『どうする?』と無言で誠に確認を取れば、彼は小さく頷いた。折角だ、会ってみよう。


「どうぞ」


 ドアを開けて訪問者を迎え入れる。と、相手は敬と目が合った途端に瞳をまん丸にして固まった……いや、これはトランス状態ではない。大丈夫だ。

 だが、どうしたものか。


「……えーっと」

「どうした?敬」


 敬の困惑に気づき、誠が奥から呼びかける。その声で硬直が解けたらしい彼女は目を瞬かせ、それから改めて挨拶をした。


「失礼しました。私、山鳩 葵と言います。扇の知り合いです」

「扇の?」


 と言う事は、彼を通じて芥とも面識があったのだろう。


「それで固まっちまったんだな。芥と見間違えたって感じ?」

「はい。本当にそっくりで驚きました」

「だろうなぁ。じゃあ知ってんだろうけど俺、蘇芳 敬。よろしく」

「はい。初めまして」


 もう戸惑いは見られない。この様子だと、赭だけではなく芥からも自分達の事を聞いていたのだろう。
 敬は早速、彼女をベッドサイドまで案内した。


「おぅ、誠。扇の知り合いさんだってさ」

「初めまして。山鳩 葵です」

「桑染 誠です、初めまして」


 右手を差し出し握手を求めれば、葵は包帯の巻かれているその手を躊躇う事なくふわりと握った。
 怪我人や病人の対応に慣れているし、柚葉と雰囲気が似ている部分もある。赭のラボの関係者だろうか。


「そうなりたいと思っています。実は先日、看護大学の試験を受けたところなんです」


 尋ねてみれば、そんな答えが返ってきた。


「結果が出るのはもう少し先なんですけど」

「合格してると良いね」

「ありがとうございます」

「あ、その椅子使ってくれよな」


 さっきまで座っていた椅子を彼女に譲り、敬は自分のベッドに腰掛ける。
 落ち着いたところで、誠は再び尋ねてみた。


「早速なんだけども、今日はどうして僕達の所へ?」

「はい。扇からの伝言をお届けしないと、と思って」

「……は?」


 敬の口から間の抜けた声が出る。てっきり、赭からの話を持って来たと思っていたのに。


「先生からではなく?」


 誠も再確認を取る。


「扇からです」

「僕たちに本人から直接、と言う事?」

「はい」

「……マジかー」


 どこまでも不思議な少年だ……一体、彼には何がどこまで視えていたのだろう。
 赭に託された預言は既に教えてもらったが、彼女が言っているのは、また別の話のようだ。


「……扇は、もしも私が芥さんの仲間に会う事があればよろしく伝えて、と言っていました」 


 葵はぽつぽつと話し始めた。


「彼は、いずれ貴方達が此処へ来られると言ってました。けれど、お会いするのは叶わないと……だからこうして私に託したのだと思います」

「ありがとう。僕達も、彼に礼を直接言えないのは残念だけど」

「でも、その気持ちはきっと彼に届いてます。ありがとうございます」


 誠の言葉に対して律儀に頭を下げ、彼女は話を続ける。


「扇の事は先生から色々聞かれていると思いますけど、私はそんな彼の話をどこかで信じていなかったんです。芥さんとお会いしてから、やっと『そんな事もあるのかも』と思えた程度で……」

「いや、それがフツーの反応じゃねぇかな。扇が凄すぎるんだと思うぜ」

「だけど貴方達も他の世界から来られたんですよね?」

「来ようと思って来たワケじゃねぇけどな。それでも、ご褒美付きでラッキーだなーとは思ってる」

「ご褒美?」


 首を傾げる葵に、敬はニッと笑って。


「先生と君がいる世界だった事。不審者同然の俺達なのに、こうして怪我の治療までしてもらえた事。しかも俺達、元の世界じゃ生き別れ状態だったんだ。それが此処で奇跡の再会を果たせたんだから、かなりでっかいご褒美じゃね?」

「……ふふっ」


 敬の言い様に、思わず彼女は吹きだした。


「蘇芳さんって、すごくポジティブなんですね」

「彼の美点だね。唯一の」

「褒めるか落とすかどっちかにしろい」

「彼からの言付けは、他にも?」


 敬の反論を右から左へと聞き流し、誠は話の先を促した。自分達が来るのを想定した上での伝言が、ただの挨拶だけと言う事は無いだろう。


「はい、二つあります。一つは『貴方達が、この旅を終わらせる』。もう一つは『全ては何処かで繋がっている』です」

「……コイツぁまた不思議な」


 今度は敬が首を傾げる。誠も顎に手を当て思案深げだ。


「……先生から聞いた話と合わせれば、『旅を終わらせる』と言うのは、素直に俺達がもとの世界へ戻る事で良いと思う」

「けど、わざわざ“旅”って言うの大袈裟過ぎね?」

「タイムトラベルとかも言うし、妥当なところじゃないのか」

「うーん……そっかな」

「それよりも二つ目のほうだ。全てと言うのは、どこまでの範囲なんだろう」


 誠が視線で問いかければ、彼女は小さく頷いて答えた。


「宇宙を含めて……この世界全てだと言っていました。
 一つの“何か”から始まって宇宙が出来た。其処から世界は分岐を繰り返し今も拡がっている、と」

「今も?途方もねぇなー!」


 敬が素直な驚きの声をあげる。対する誠はどこまでも冷静だ。


「どこまで拡大しようが、遡れば皆が一つに集約されていく……少し乱暴かもしれないけど、祖先と子孫の関係に似てる気がするね」

「私もそんなふうに理解してます。彼はよく『元は一緒なんだよ』って言ってました。正直言って、今まで本当に実感は無かったんですけど、今日こうしてお二人にお会いして……上手く言えないんですけど、繋がっているってこういう事なのかもしれないな、って感じているんです」


--------------


 小さなモニターに映る、見覚えのある顔。


(統……?)


 声をかけようとして叶わない事に気付く。
 見えない何かで遮蔽されている、あの感覚だ。

 代わりに別の声がすぐ近くで聞こえた。


[ご苦労様]

[そっちこそ]


 モニターから返ってきたのは、綺麗に響くアルト。彼のものではない。
 だが、よく似ている……髪の色。はっきりとした意思を持ったルビー色の瞳。


[そっちは?]

[二人と顔合わせしてもらって、さっさと休ませた……彼、一体何者?めちゃめちゃ聡いコじゃない]

[やっぱり苦労したか]

[苦労どころじゃない、あんなの反則よ。久しぶりに冷や汗かいたわ]


 深刻な空気を和らげようとするような、低い笑い声。


[悪いね]

[思ってもいないクセに]

[そんな事無い。来世にでも、この埋め合わせはさせてもらうから]

[何言ってんの]

[無理なら、せめて別世界の君に]


 乾杯をしようと掲げたグラスに映り込んだ人物は、自分と同じ金髪の……。


(え……!?)

[……僕たちの最後の明日に、乾杯]


 衝撃が全身を駆け抜け、誠は反射的に跳ね起きた。

 途端に周囲を包む静寂。
 聞こえるのは敬の寝息と、自分の荒い息づかいだけ。


(今のは……)


 あれは、統ではない。
 グラスに映った顔も……自分と似てはいたが、別人だ。

 だが、今感じているこの懐かしさは何なのだろう。


(一体、誰なんだ……何をしようとしている……)


 纏まらない思考のまま、彼は暗闇に問う。


「これが、繋がっていると言う事……?」


 葵の話を思い出し、彼は思わず知らず呟いていた。

 夢ではない、何処かにある別の世界……だが自分は今、どの世界と繋がっていたと言うのか。


--------------


 赭が隣州から戻って来たのは、翌日の昼過ぎ。


「こんにちは。今戻りました」

「お帰りなさい、先生。お疲れ様です」

「向こうの患者さんはどんな具合でしたか」 

「順調です。本当は3日後ぐらいにもう一度行こうと思っていたんですが、その必要も無さそうです」


 2人からの労いの握手に、赭も笑顔で応じた。


「君達も無事に移っていただけたようで安心しました」

「有難うございます。とても快適です」

「葵さんは来ましたか?」

「はい、昨晩」

「それなら良かったです。では早速ですが、君達の今日の診察を」


 了解を得て、赭は先に誠の状態の確認から始めた。目元の隈は相変わらずだが、疲れを感じさせない。寧ろ活き活きしている。


「もう、安心なんですね?」


 誠の言葉に、赭は頷いた。


「9割方は。未だ24時間の状態管理は必要ですが、予想よりも遥かに順調です。全てが最高のタイミングでやって来てくれたお陰でしょう。
 勿論、直ぐに対応出来る体制は普段から整えていましたが、それでも何か一つでも順番が違っていたら、あれ程迅速には対応出来ませんでした。扇の後押しを感じましたね……うん、頬のガーゼはもう要らないでしょう」


 ガーゼを外して傷の確認を終えると、次に脚の包帯を解く。


「腫れのピークは過ぎたようですね。痛みはどうですか」

「おさまってきています。大丈夫です」

「OK。ではそろそろリハビリを開始しましょう。
 次は敬君だ。本格的な筋トレをしていると柚葉先生から聞きましたが?」


 包帯を巻き直しながらチラと客間に目を遣り、赭は悪戯っ子のように笑った。


「それ程じゃないと、思います、けど……」


 返答に困った。敬としては、逆に一般的なリハビリのレベルがよく分からない。


「まあ、ヒマなんで」


 それを聞くと、赭は今度こそ声を出して笑った。


「ははっ!そうですか。それならもう大丈夫ですね。ただ念の為、アシストは明日までは使っておいて下さい。明日の午後に再検査させてもらいます」

「あー、ハイ」


 包帯を巻き終わり誠の足元のシーツを整えると、彼は傍のソファに腰を下ろした。


「診察は以上ですが、他に何か気になる事はありませんか?」

「そうですね……」


 敬とアイコンタクトで確認を取り、誠が口を開く。


「気になる事と言うか……実は、この世界へ来てから何度か妙な夢を見ていたんですが、それが単なる夢じゃないと昨日気づきました。どうやら僕は、短時間ながら“別の世界”を見ていたようで」

「おや」


 赭の表情がどこか楽しげになった。


「それは誠君だけですか?」

「いえ、昨日は敬も」

「そうなんですか……敬君も、寝ている時に?」

「いや、先日コイツがトランス状態に陥った時みたいにいきなりでした」

「それは興味深い」


 赭がずいと身を乗り出した。


「どのような内容だったのか、教えて頂いても?」


--------------


 “夢”の説明は2人合わせても15分程。その8割方は誠の話が占めた。


「成る程、何とも面白いですね」


 赭は2人の話を特に不思議がる事も無く、ひたすらニコニコしながら聞き入っていた。


「それでお聞きしたいんですが。これは僕達それぞれが、一時的に意識を別世界に跳ばしてると言う事で良いんでしょうか?」

「ほぼ合っていると思います。暗示や先読みと言った君達の能力も関係していそうですね。芥君からこうした話を聞いた事は無かったですし」

「けど、コイツのって少しヤバくないですか?“誰か”にリンクしてる感じが強いというか……」


 敬が誠を指差して尋ねる。


「確かに誠君の方が別世界との繋がり方が強いようですが、隔てられている感覚があるのなら大丈夫でしょう。もしも“向こう”とコミュニケーションが成立し始めたりしたら、それはまた別の話ですけど」

「……サラッと怖い事言わないでくださいよ」


 ぼそりとボヤく彼に『大丈夫ですよ』と繰り返し、赭はまたニコリと笑う。


「君達2人が仲間の消息を心配し、無事を何よりも願っているから、特に敬君はダイレクトにそうした世界と繋がりやすくなっているのでしょう」

「ソッチ方面に、俺が意識を向けてるからって事ですか?」

「そう、アンテナを張っているとも言えそうです。だから余計に“チャンネル”が合いやすくなっていると考えられます」

「チャンネル……イメージは何となく分かります。けど、誠だって俺以上に仲間の心配をしてる筈なのに、なんでコイツは訳の分かんねぇ世界とリンクしてるんだか。それが解せねぇって言うか変って言うか……」

「今は“訳が分からない”ように思える事でも」 


 赭は人差し指を立てると、今度は誠に向けてウインクして見せた。


「意味はある筈です。君や仲間とよく似た別人が居たのでしょう?敬君と芥君のように」

「そうです」

「敬君も、自身にそっくりな芥君を視ました……これは推測ですが、容姿が似ている者同士には、双子に見られるシンクロニシティのような“共鳴”が起こりやすいと考えられないでしょうか。別世界に自分そっくりの人間が1人くらいいても不思議ではないでしょうし」


[無理なら、せめて別世界の君に……]


 赭の話に“彼”の言葉が重なる……“彼”は一体、誰なのだろう。


「共鳴……そうですね、また考えてみます」


 そう言ったきり誠は黙り込む。赭が首を傾げれば、敬が『長考モードに入っちまいました』と苦笑いで説明した。


「そうですか。ではまた夜に伺います」


 赭も微笑を返すと腰を上げ、気になる事があればいつでも呼んで下さいと言い置いて病室を後にした。


--------------


 ……夕焼けの赤が波を打つ。その狭間から誰かが立ち上がった。


(統だ)


 直感した敬は、その名を呼ぶ。
 だが、声は見えない何かに吸い込まれた。自分の耳にすら届かない。
 真空の中に居るような奇妙な感覚。前回よりも“隔てられている”と、はっきりと感じる。


(誠が言ってたのと同じっぽいな……で、コレはいつの光景だ?)


 ヒントの欠片だけでも探そうと目を凝らすが、統の姿は次第に遠く薄らいでいった……その時。


[ありがとう……芥!]


 今度は背後から声がした。振り向けば統が誰かにしがみついて大泣きしている。
 それは……。


(芥……アンタか) 


 2人共、ゆったりした柔らかそうな生地の服を着ている。室内はオレンジがかった優しい灯りで照らされていた。
 “今”は夜なのだろう……静かな夜。


[俺のほうこそ、ありがとな。本当に、また会えて良かった……]


 芥の穏やかなテノールを聞いた敬の顔に、笑みが浮かんだ。


(“また”会えたって言うなら、これは跳んだ“後”の世界に違いねぇ……よし、芥と統は無事で確定だろ)


 一向に統は泣き止みそうにない。何度も『ありがとう』と繰り返し子どものように泣きじゃくる彼の背を、芥はぽんぽんと軽く叩いて宥めてやっていた。そんな光景に心が温まる。


(……ほら、生きてて良かっただろ)


 敬は心の裡で語りかけた。


(慌てんな。俺達、また絶対会えるからさ)


>>>Part 6 (6/9)


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