日本の租税法にとって外国法は「法」か、それとも「事実」か?

この文章は、宮崎裕子「国際課税におけるデファクトスタンダード『他国』規範準規範と、『自国』の規範形成」(ソフトロー研究9号79頁(2007年))に準拠(以下、「本文書」)して記載をしています。

 まず、本文書では、外国の租税規範又は準規範が、日本の租税規範形成に影響を与えている例をタックスヘイブン税制をあげて説明しています。すなわち、日本のタックスヘイブン税制は、外国において課税が少ないか、課税がない場合に適用される規範です。そして、外国において課税が少ないか、課税がない場合というのは、外国の規範で定められている。そうすると、日本(以下、「自国」)の規範であるタックスヘイブン税制が、外国(以下、「他国」)の課税の多寡を定める規範によって影響を受けている場合であるとしています。

 次に、本文書では、国際課税において適用される規範は、自国の租税法と租税条約であり、他方で課税主体・課税取引が、他国の規範や準規範の適用を受けると説明しています。

 そこで、このように他国の規範等が、自国の規範等に影響を及ぼした例として、①「他国」のデファクトスタンダードによる「自国」規範に対する作用の例と、②デファクトスタンダード化された取引による「自国」規範形成への作用の例をあげています。

①「他国」のデファクトスタンダードによる「自国」規範に対する作用の例

 ここでは、金融機関がグループ一体となってデリバティブ取引を行う場合の、自国における移転価格税制の適用を具体的な例としてあげています。私は移転価格税制についてあまり詳しくないのですが、国税庁が出されている「移転価格税制の適用にあたっての参考事例集」を見ても同様の事例が、事例7の<前提条件2>に記載があり、これと同様の事例なのかなと思いました。そして、参考事例集においても、当該取引については、(実際は事実認定次第だと思いますが、参考事例集が想定する事案の元では)デリバティブ商品販売取引に関する一連の機能を国外関連者の間で分担しているような場合は、取引全体の利益を各国外関連者の寄与度に応じて分配するべき(寄与度利益分割法)としている。本文書では、このような利益分割にあたり、会計上の収益の額から一定の会計上の費用を引いた、「利益」を算定する必要があり、この「利益」の額を決定するには、「利益」のダブルカウント(=二重課税)を回避するために、国外関連者の全ての所在地国において、全て同一の会計基準を適用するため、グループの最終親会社の居住地国のGAAPに基づいて金額を決定するという実務慣行が容認されてきた点を指摘しています。

 この事は、例えば、最終親会社が米国法人である場合、このデリバティブ取引に係る自国での移転価格税制の適用にあたっては、「他国」の規範でもないUSGAAPで算定された「利益」により、ALPが算定される。このことは、「自国」の規範でも準規範でもないUSGAAPが、「自国」の移転価格税制におけるALP算定の規範に入りこんでしまっているという問題点を指摘しています。

 この問題は、例えばUSGAAPが変更される等、「他国」の準規範が思いもよらぬ変更をされた場合に、その変更を、例えば「自国」の移転価格税制という規範は、無条件に受け入れるのかという意味で重要であるらしい。本文書では、これを「そのような事態をどのような条件の下に、どの限度で認めるべきかに関する「自国」ハードローの内容が不明であるとすれば、それは決して望ましいことではない」としています。


②デファクトスタンダード化された取引による「自国」規範形成への作用の例

 本文書では、オランダ法人を匿名組合員、日本法人を匿名組合営業者として行う匿名組合契約を行う場合を例としています。この場合、匿名組合契約は、商法535条以下を規範とするものである一方、匿名組合事業から生じた損益に関する匿名組合営業者と匿名組合員の課税関係についてはハードローである租税法規は存在せず、ソフトローである通達によって処理されてきたとあります。この通達では、いわゆるパススルー事業体として匿名組合を扱うこととされているらしい。これにより、原則として匿名組合の組合員となった外国投資家が、これにより日本国内にPEがあるとされる事はないし、外国投資家が匿名組合契約に基づいて配分を受ける匿名組合利益は、日本の国内法上、国内源泉所得によって課税される(しかし、租税条約により修正がある)し、匿名組合員が匿名組合契約で受け取る匿名組合分配金は匿名組合員数が10名以上であれば20%の源泉徴収がされ、それ未満であれば申告納税義務が生じる。

 他方で、匿名組合組合員の所在地国(本例ではオランダ)の場合は、日本の匿名組合をどのように評価するかは、オランダ国内法の問題であり、実際に、当該匿名組合については、オランダ国内のアドバンスルーリング制度によって、かなりケースバイケース(LPとみたり、単なる貸付とみたり)であったようです。このような「自国」規範・準規範と「他国」の規範・準規範とのずれに対応するために、日本では、2002年に組合員の人数に関わらず20%の源泉徴収を行うように法律が改定され、また2003年の日米租税条約においても、匿名組合分配金所得が明示的に日本が厳選地国の課税権を留保することが明らかになった。他方で、実際としては、2001年以降、日本の当局はこのような匿名組合形式の取引に課税処分を行うようになった。その結果、日蘭租税条約が改定される前にこのような取引は壊滅的な状況となったようです。

 ここでの問題点について本文書では、以下の通り指摘している。2000年当時は、このような匿名組合形式の取引は一種のデファクトスタンダードな取引であった。このようなデファクトスタンダードな取引は、当時の「自国」「他国」の規範や準規範に従って行われているものであるから、このようなデファクトスタンダードな取引に課税上の問題があるのであれば、上記のようにハードローを変更するべきであるのに、課税処分や世間の声という即効性のある萎縮効果により、ハードローが変更される前に、変更されたのと同じ状況が作られている点が問題であると、指摘いているようです。これをまとめて本書では「日本では、法規範ではない通達は信じてもよいようだが、法規範であるはずの租税条約を信じてはいけないというのだから、これは法治主義の国で育った外国投資家に言わせると、不思議の国ニッポンにおける理解を超えた現象ではないか」と指摘しています。

これらを踏まえて、本書では、国際課税は、デファクトスタンダード及びデファクトスタンダード化された取引により「他国」の規範や準規範を「自国」の規範形成に作用している。そこで、我が国の国際課税分野の規範をより明確で理解りやすくするためにも、「租税回避」や「税逃れ」という言葉で一括りにするのではなく、「自国」の規範と「他国」の規範・準規範との効果がどのように「組み合わされた」ことにより「自国」の規範を形成することになったかを検証する事で、日本の国際課税の規範及びこれの承認と「他国」の規範・準規範との関係について議論を深めていく必要があるとする。


こう見てくると、外国法は、それ自体が規範として日本国内で適用されることはないという意味では事実だが、日本の既存の規範に影響を与えるという意味において、単なる事実とまでは言い切れないものではないかと感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?