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愛おしい日々

 隣町に引っ越して、もうすぐ1ヶ月が経つ。新しいお家はずっと憧れていた団地。少し古いけれど十分綺麗な3LDK。青々とした緑に囲まれていて、静かで、穏やかな場所。数年以上、8畳で暮らしていた私には広すぎるこの家に、今はまだ一人で暮らしている。

 恋人と住むために決めたこの家とこの街を、私は凄く気に入っている。
やっぱ郊外に住もうと思うの 誰にもふたりみつからないように
って歌うあの曲を、聴いていた頃からずっと、郊外に住むのが夢だった。

 田舎だけれど、スーパーが近くて、美味しいお蕎麦屋さんがあって、便利だし。たくさんの人が住んでいるのに、まるで世界に一人きりのような静かな夜。朝には小鳥のさえずりと喫茶店のモーニング、昼には蝉の鳴き声と大きな窓から差す木漏れ日とか。

 今日は正午過ぎまで死んだように眠って、眠気と汗ばんだ身体をシャワーで洗い流した。ベランダで煙草を吸いながら漫画の続きを読んだら、曇った空模様も相まって気持ちが鬱々としてしまった。こんな幸せを、ふとしたことで噛み締められなくなってしまう自分が嫌だなと、いつものように無駄に高い感受性を呪うのだ。

 警察署に書類を取りに行かなくてはいけないことを思い出し、外に一歩も出たくない気持ちを歪に溶かして家を出た。原付で走れば15分くらい。青葉のトンネルをぬるい風と共に抜けたら、相当気持ちが良くなった。単純な性格でよかった、とさっきまでの呪いは完全に解けている。すっかり機嫌を直した私は、ファミレスでパンケーキを食べ、夕飯の材料を買い出しにフラフラと外の世界を満喫していた。

 最近はエアコンをつけても暑すぎるので、買い物の帰りに、よく分からない婦人服屋で部屋着を買った。半額で1000円。普段じゃ絶対に選ばないデザインと色の薄手のワンピース。完全に読み終えた漫画のヒロインに影響を受けているので、笑ってしまうが、着てみると涼しくて着心地がいい。何よりこの家に似合っていて、もはや正装だと思った。

 恋人と住んだら、やっぱり夏はそうめんが食べたい、と予行練習がてら、とり天を揚げ、生姜をおろした。作り置きの茄子の揚げ浸し、パートのおばちゃんからいただいたプチトマト、スーパーで買ったさつまいもの天ぷら。そして幸せなことに、新しい大きな冷蔵庫には自動製氷が付いているので、ケチケチせずに氷をたんまりと使って冷えた麺つゆで、そうめんを啜った。(自動で氷ができる冷蔵庫は、全世界の好きなものトップ100には絶対にランクインしている。)

 足の爪にも夏の装いを、とオーロラブルーのネイルを施した。ジェルネイルは手間がかかるけれど、相応のときめきをくれるから、最近ハマっている。自分に時間をかけること、時間を贅沢に使うことって、毎日簡単にできることじゃないから、休日はそうやって過ごしていたいのだ。

 今日はとても良い時間、良い日だった。1日の終わりには、自分の怠慢でクレジットカードが登録できなかったという悲しい事実が発覚したが、総じて、良い休日だった、と思う。

 幼い頃、思い描いていた大人ってやつに、私は全然なれていない。自分のだらしなさが、恋人や周りを時に困らせてしまっていること。偉そうに強がっているものの、いつも甘えてしまっていること。もっときちんと、大人になれていると思ったな。無心で夢を描いていた幼い日の私が今を見たら、がっかりしてしまうだろうか。

 それでも、恋人からもらった昔の手紙には、東京に行って2人で住もうね、なんて書いてあるのだから。もうすぐ実現する、着々と進んでいく未来に、頑張って来たよね、それなりに一生懸命生きたよ、と抱きしめたいほどに愛おしい日々が、何度も脳内でかけ巡る。感傷に溺れていたい、もう少しだけ、そんな夜だ。

#日記 #エッセイ #日常 #恋人 #生活




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