トイレに行けば119番 ①
人間の集中力というのはとんでもない。
気づいたら数時間経っていた、とか
声をかけられていることに気づかなかった、とか
日々周囲に配っている注意力とか色んな意識が一点に集中するのだから それはもうとんでもないものだ
そしてその "一点"以外の事柄はほっぽらかされる。
これから書くことは、周囲にあまり話したことがない。でも、誰かに話したらきっと共感してもらえる…と信じたい。
わかってほしい。切実に。
誰だって、何かに集中したり熱中したり没頭することがあるだろう 対象が勉強であれ仕事であれゲームであれ趣味であれ…
私は、もともと熱しやすく冷めやすいところがある。もちろん例外はあるし、ずっと何年も二桁年も、熱をもっているものもあるし、冷め続けたままのものもある。ただ傾向として熱したらすぐ冷めることが多いだけである。
……なんだよ。なんだよ、鼻で笑ってないか?
おい、そこのお前、熱しやすく冷めやすい性格をバカにすんなよー!
というのはさておき
あるときイラストを描くことにハマった時期があった。そう。今はこの熱は冷めている。
が、ただ、私は一度熱するとそのときにはとんでもない熱量を発するのだ。
何時間もそれに取り組み、睡眠、食や水分補給、排泄ですらも後回しにしてしまう。
その結果どうなったか。
………
痔になった。
いやいやいや、痔になるだけで済めばかわいいものだ。痔なんてただのSTEP1だ。いや、STEP1ですらない、単なるチャプターだ。
水分を取らないことで便がカチカチになるのは勿論、排便を怠る…我慢することで便が体内に留まり、その間どんどん水分だけが体内に吸収され、やっと排泄!という頃にはカチカチになっているのだ。ネットにそう書いてあった。
そうしてカチカチうんちを醸成し、排泄する瞬間、何が起きるか。
そう、それが、切れ痔なのだ。
言い損ねていたが私は痔の中でも切れ痔タイプだ。
そんな切れ痔ごときで…そんなネタだけでnoteに書こうなんて思わない。問題はその後だ。
イラストを描くことにハマった私は睡眠食事水分補給排泄それら全てを削りに削って没頭した。そして切れ痔になった。ええい、そんなの構わない。と、私はただひたすらに、目の前のことに夢中になった。
……夢中になりすぎて正直ここらへんの記憶があまりない。でも、多分「流石にそろそろ排便しなくちゃ」と思ったのかもしれない。便意に耐えきれなくなったのか。いや、この時すでに腹痛があったか…。
気づいたらトイレで汗だくになっていた。
便が栓をしたのだ。
中学時代、理科の先生が人間の体はドーナツと同じだと言っていた。口とお尻に穴が貫いているのだ。人間の体をとことん簡略化してしまえば、円柱の中により小さな円柱をくり抜いたドーナツの形になるのだ。
そのお尻の側(がわ)を、便が栓をしたのだ。
出ない…出ない……!
どんなに力んでも、どんな体勢をとっても出ない。
しかも私は切れ痔だ。ずっと切れた箇所に便が留まっている。切れ目が深まっていく気がした。痛すぎる。
その上、恐ろしいほどの腹痛にも襲われていた。なぜだかわからない。いや、わかっている、水を摂らずに便を溜め込んでいたからというのはわかっている、ただなんでこんなにも痛いのかがわからない。
なぜ…こんな腹痛が……
トイレで泣いた気がする。
精神的ダメージというか身体的ダメージというか。ひどい腹痛に、深まる切れ痔に、出ることのない便。数時間はトイレにいた。冗談ではない、本当のことだ。全身汗だくだった。
そのとき、本当に本気で真剣に
「ああ、もう二度とうんち出来ないんだ…」
と思った。
笑い事ではない。私だってそれまでの人生で何度も便秘になったことがある、便が出なくてトイレに籠ったことがある。でもその比ではないのだ。一般人の想像の範疇を超えるものだと思う。
このまま便が詰まって一生自力で排便できない体を想像した。便がでなくて最悪死ぬのかもしれないと思った。
でも、悲観してばかりではいられない。
私はどうにかしてコイツを出さねばならぬ、と思ったのだ。中に押し戻す方法もあるのかもしれない、が、排泄が便を体外に出すものである以上、体外に出す方がとっかかりやすいと思ったのだ。
初手でスマホで「うんち 出ない」の検索をしたのは当然のこと。しばらく経った頃には常備していた酸化マグネシウムの錠剤を飲んだ。
だが、酸化マグネシウムの効き目が出るまでにはかなり時間が必要なのだ。それにもう既に外に出かけているこの便にも効果があるのかわからない。
もっとはやく…あのとき酸化マグネシウムを飲んでいれば…と後悔した。
スマホ越しで全国津々浦々、老若男女、便秘で悩む人々の力を借りても便は出なかった。
もはやこれまで…と思いそうになったが、最終手段がある。リーサル・ウェポンとも言うべき最終手段…それは「救急車を呼ぶこと」だ。
救急車なんて呼びたくなかった。絶対に呼びたくなかった。こんな自業自得なただの便の詰まりで救急隊員の皆さんを出動させるなんて…絶対に嫌だ。恥ずかしいよりも、ひたすらに申し訳ない。
近頃は「風邪っぽいから病院まで運んでくれ」とかタクシー代わりに救急車を呼ぶ人がいると言う。夕方のeveryとかでたまに見る。
そのうちの1人にカウントされてしまうのだろうか、私もあの特集のやばい住民の1人になってしまうのだろうか、救急隊員を困らせたくない!
ただひたすらにそう思った。
でも、自力では病院に行けそうになかった。
もうその頃には歩けないほどの腹痛と便の詰まりがあったのだ。しかも、その当時私がいた場所は地方の山のような場所で、病院に行くまではかなりの距離があり、山を下らねばならなかった。当然坂や階段が多くある。
そこは自宅ではなかったのでその土地で病院に行ったことがなく、自力でなんとか病院へ向かったとしても途中で腹痛などにより知らない道の上で気を失うだろうと思った。
もうこれは救急車を呼ぶしかないのかもしれない。
でも、この便秘を自己判断で救急車を呼ぶものとしていいのか、私だけの判断で救急隊員を出動させるのも忍びないと思った私は
「救急車を呼ぶか迷った時にかけてもいいよ、相談に乗るから」の番号にかけた。
が、その電話の相手の人は都内でしか対象にならないだかなんだかで、その地方の相談には応えるのは難しいと言われてしまった。代わりにその地域の消防署に直通の電話番号を教えてくれた。番号は119ではなかったがそれはもう119だ、と思った。
かけると、直通電話先の人に容態などを聞かれた。
今トイレにいること、数時間前から腹痛などの症状があることなどを話した(悪寒とか汗とかその他の症状があることも話したような気がするが、あまりにも酷い腹痛の印象が強すぎて自分でどう説明したかも覚えていない)。
自力で病院まで行けそうか聞かれたが、正直に、腹痛でトイレから動けない状態になってしまったことや病院までの距離を歩けそうにないことを話した。
『救急車を呼ばなくても病院に行けそうだけど行けない、本当は救急車を呼びたくない、でも腹痛が酷くて動けないしすごく汗をかいていてずっと汗が止まらない、呼びたくないけど呼ばざるを得ないような感じになっている』というようなことも言ってしまったような気がする があまり覚えていない。
とにかく必死だった。
電話先の方にどっちなんですか、と言われたような気がする。すみませんすみませんと謝りながらお願いします、と言った気がする。
今思えばこの訳の分からない通報ですごく迷惑をかけている気がする。自力で行けないならとっとと呼べば良い。何をこんなに手数踏んでいるのか。
とはいえ、実はこれが人生初の通報、人生初の救急車だったから『あの救急車をこんなことで私が呼んでしまっていいのだろうか…』という気持ちになってしまったのもわかってほしい。
そうこうして救急車がやってきた。
不幸中の幸いか、そのトイレは玄関の目の前で、
扉(トイレ)を開ければすぐ扉(玄関)だったから、私はその2つの扉の前に座って待っていた。
救急隊員がきて、私を担架に乗せていく。
担架なんて使わなくて大丈夫です…と言いたかったが大丈夫ではなかった。本当に痛くて歩けないのだ。
通報に使ったスマホだけを握りしめ、私は運ばれていった。
あと、運ばれる時に、
戸締りのため鍵はどこですか?と言われて
そ、そこの緑のもふもふ…と言ったのを覚えている。腹痛でそれどころではなくて語彙がこんなことになっていたのである。緑のもふもふというのは鍵に愛・地球博のキャラクター、キッコロのキーホルダーをつけていたのでこれを指したつもりである。
「緑はモリゾーだろ、キッコロは黄緑だ!」というお叱りの声があるかもしれない。
私もそう思う。でもそのときは腹痛で意識とか色んなものがおかしかったのだ。キッコロを緑のもふもふと言ったのは許してほしい。
幸いにも救急隊員にこれが通じ、鍵を見つけてくれた。
運ばれた救急車のなかでは、やっと仰向けに寝転がることができ、物や人の手に頼ることができた。
安堵からか、このときやっと冷静になれた気がした。冷静になれたと感じた理由は、ここでやっと救急隊員の顔をまじまじと見たからである。
ずっとトイレの壁しか見ていなかったから、人の目というのを久しぶりに見て何かハッとしたのだ。
救急隊員の顔を見て、かっこいいな…と思ったのはもちろんのことだが、こんなかっこいい人たちに
・便の詰まりで汗だくで苦しむ私
・すっぴん&部屋着&ぼさぼさ髪のままの私
・おかしなことを言いながら助けを求める私
・トイレの前で座りこむ私
・鍵に10年以上前に開催された愛・地球博のキッコロのキーホルダーをつけている私 etc…
を見られたのだと気づき、とてつもなく恥ずかしくなった。
腹痛などの苦しみに恥ずかしめも加わった頃、病院に到着した。
やっと何かしらの治療・処方をしてもらえる…!と思いきや、なんとここでまた一つ壁が現れたのだ。
つづく。
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