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【ss】ガラスの手 #シロクマ文芸部


「ガラスの手」を拾った。

地上へ出る駅の階段にコロっと落ちていた、手首から先の綺麗な右手だ。
そうっと触れてみるとまだ少し温かい。

持ち主が見つかったらすぐに返せるよう、私は"手"を持ち歩くようになった。持ち主を無くした"手"はなんだか寂しそうで、そんな時は優しく撫でてやった。

「大丈夫、きっと見つかるよ」

"手"との暮らしは楽しいものだった。
出かける時には手を繋ぎ、話をしながら食事をとる。毎晩柔らかい布で丁寧に磨き、ベッドで共に休む。

あぁ、"手"のいない暮らしはもう考えられない。

いつもの帰り道、あの階段で右手のない人に会った。

「私の右手知りませんか」

カバンに入れた"手"がコトっと震えたのがわかる。

「知りません」

「本当に知りませんか」

「知りません、失礼します」

カバンを抱え、逃げるように階段を駆け上がる私をその人はじっと見ていた。

駅を離れると、すぐに私は自分の右手を切り落とし、"手"をつけた。あぁ、もっと早くこうしていればよかったのだ。無機質なはずのガラスが私の血肉と溶け合い、身体の一部になっていくのがわかる。

街灯の灯りを受け光る"手"は、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。


(終)

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