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【ss】食べる夜 #シロクマ文芸部

『食べる夜の集い』に参加するのは二度目になる。

商店街の若手が集まり、”今後の商店街について議論する"というのがタテマエのただの飲み会だ。

我が店自慢の一品を持ち寄るので、『食べる夜』と銘打って始めたものの、毎回同じものばかり集まって誰も箸をつけなくなり、結局、飲むだけになったらしい。今日は八百屋の二代目が茹でてきた山盛りの枝豆をアテに飲んでいる。

この商店街も一時は廃れて、もう終わりだなと思っていたけど、代替わりが進み改築して洒落た店舗も増えたこの頃は、少し活気を取り戻してきた。

実家は商店街の中ほどでお茶屋を営んでいる。兄が継ぐ予定だったけど、それを承知で結婚したはずの義姉が土壇場で嫌がり、戻ってこなくなった。詐欺だと母は怒り、向こうのご両親も諌めてくれたが、義姉の気持ちは変わらなかった。仕方がない事だと当時も今も思っている。

数ヶ月前、5年間付き合った人との結婚が直前でダメになった。破談になって暫くは変わらず生活していたのに、ある朝突然起き上がれなくなり、一度も職場に行かないまま退職した。今は実家の手伝いをしている。

「何飲んでんだ」

店を継ぐ訳でもない中途半端な立場なので、端の方でちびちび飲んでいると、酒屋の跡取りで幼馴染のコウタが隣に座ってきた。

「芋焼酎ロック」
「相変わらず、イカツイもん飲んでるなー」

角刈りの髪に日に焼けて逞しい腕、酒屋になるために生まれてきたようなコウタだけど、実は下戸で飲んでいるのはジンジャーエールだ。地元の大学を卒業してすぐ実家の酒屋で働き始めた商店街期待の三代目だ。

いつの間にか、恒例の商店街夏祭りの話になっている。

近所の人達は私が帰ってきた事情をなんとなく察していてその話題には触れないけど、夏祭りで地元の友達と顔を合わせたらそうもいかないんだろうと思うと気が重い。

ため息を吐いた私に何かを察したのか、コウタがこっちを見た。こういう時のコウタの視線は優しくて、そういえば子供の頃からそうだったなぁと思い出していたら、少し気持ちが軽くなった。


「店を畳んで私の実家の方に戻ろうと思うのよ」

集いから数日後、今年の夏祭りをどうするか話していた時に急に母が切り出した。母の実家のある温泉街で、友人の民宿を夫婦で手伝う話があるらしい。兄が戻ってこないことが決まってから考えていた事だと言った。

お茶の味は兄よりよくわかったし、高校の頃は茶道部だった。私の方がお茶屋に向いてるのにと思っていた時期もあったし、お茶の香りがするこの店が好きだった。

「すぐにって訳じゃないけど、あんた、これからどうするか考えておいて」

話はそれで終わったけど、眠れなくて外にでた。昼は夏祭りの準備でにぎやかな商店街も夜は静かだ。

コウタの酒屋の自販機でビールを買う。
ゴトンという音が響き、暫くすると勝手口からコウタが出てきた。

「こんなに早く店がなくなるなんて思わなかった」

酒屋の前でビールケースに腰掛け、数時間前の家族会議の話をする。

コウタは今日もジンジャーエールを飲んでいる。

街灯の先には赤い月が見えて、湿気った風が肌を撫でる。寒くないはずなのに身体が冷たい。

「どこにも居場所がなくなっちゃった」

話しているうちに涙が溢れてきた。結婚がダメになった直後はよく泣いていたけど、それは主に悔しさからくる涙だったように思う。今はただ寂しく心細かった。

「ウチ、改築する計画があるんだ」

なんで今その話?
涙と鼻水を手の甲で拭いながらコウタを見る。コウタは首から下げていたタオルを渡してくれたので、遠慮なく鼻をかんだ。

「だからさ、ウチに来ればいい。
酒屋と一緒にお前がお茶屋をやればいい、
好きなんだろ?お茶屋」

「えっと、それはどういう‥」

グイッとジンジャーエールを飲むと、

「結婚してくれ。どっかの誰かと結婚してお前が幸せならそれでいいと思ってたけど、そうじゃないならもう遠慮しない」

口下手なコウタが一気にそう言うと、そっと私の腕を掴んだ。冷たかった肌にじんわりとコウタの熱が伝わる。

ああ、ここが行き先だったのか。
兄が実家を継がなかったことも、振られて戻ってきたことも、全てこの瞬間から逆算した工程の一つ一つだったのか。すとんと腑に落ちて、「あ、うん」と答えていた。

翌日には商店街中の人が知っていた。

「お前、声がでかいんだよ、プロポーズの声、響き渡ってたぞ」

八百屋の二代目にヘッドロックされながら、頭をぐりぐり撫で回されているコウタは盛大に照れながらも嬉しそうに笑っている。

夏祭りの提灯が風に優しく揺れて、日差しに目を細める。酒屋と女将兼、お茶屋の主人としてこの商店街で生きていくのだ。

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