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宮城県登米市/石ノ森章太郎ふるさと記念館

自分の半生を語るには石森章太郎ははずせません。

しかも、「石ノ森章太郎」ではなく、自分にとっては永遠に「石森章太郎」なのです。

マンガ(本人は晩年に萬の絵「萬画」として啓蒙してましたが)としての表現の可能性を研究し、広げた先駆者。

その部分では手塚治虫よりも尊敬してます。

思えば小学校3年の時。

友達の家で見た「サイボーグ009」の第4巻。

それまで、単行本のマンガを与えてもらったことがなかったので、その衝撃たるや電撃が走るほどでした。

それからマンガを描くようになって、マンガ家の夢に挫折して、でも、絵を描く仕事がしたいなと思ってデザイン業界に入ってしまいました。実際は「絵」そのものを描くことは少ないのですが、デザインする上で、「物語を作る」「演出する」「見せ方、見え方を考える」そんな客観的に物事を考えることができているのもマンガのおかげかなと思ってます。

ということで、ここを紹介しないわけにはいかない。

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宮城県宮城県登米市の石ノ森章太郎ふるさと記念館。

石森章太郎の出身地での町おこしで平成12年にオープン。

石巻市の港の方に「石ノ森萬画館」という石森がデザイン発案した市が運営している施設があるのですが、こちらはテーマパークになっているので、個人的には、「石ノ森章太郎ふるさと記念館」の方が落ち着いてて、石森の幼少期のころも感じられて好きなんだなぁ。

かれこれ4回ほど訪問してます。(ちょっと遠いけど)


宮城と言えば、大震災。。

ここも被害に遭っています。

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震災後、状況見たくて尋ねたとき、衝撃でした。

「石ノ森章太郎ふるさと記念館」は山手の方なので、地震の揺れによる被害だけだったのですが、海側にある「石ノ森萬画館」は津波に飲み込まれ3階くらいまで浸かったそうです。

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その日、来場していた人は最上階の単行本が自由に読めるスペースに避難していて全員無事だったようです。石森章太郎が守ってくれたのかもしれませんね。

建物を見ても、あーここまで波がきてたんだ。。と分かるほど。


ベニアのバリケードには励ましの言葉がたくさん書かれていました。

帰りに空港に向かう途中で、車の窓から見た

流されて何もなくなった平野に呆然と立ち尽くしている女性の姿。

あのシーンがいまでも忘れられない。

次から次へと災害が続いている昨今。

今も新型コロナで経済がやられているけど、あの時の風景を思い出すと、

「なにがなんでも生き残らないと!」と思うのです。

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