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十二月十二日

「それで?禁忌を破ったのでしょう?ならば諦めてください。時代なんて関係ありませんよ。…あちら側とこちら側では時間の概念が違いますから、今の時代なんて通用しませんよ」
 山仕事で鍛え上げられた男たちに囲まれても怯むことなく、そして不機嫌さを隠しもせずに大江梓は真っ直ぐに前を見つめて言い放った。

 気の短い、この集会所の中で一番若い村の男が「巫女の癖して生意気だな!」と梓に掴みかかったと思ったら、次の瞬間には日に焼けて擦れた畳にひっくり返っていた。
 心底面倒臭いといった態度で立ち上がった梓はこめかみを人差し指で掻きながら不機嫌さを隠しもせずにいる。一触触発、そんな雰囲気だ。
「私は巫女ではなく禰宜ですので」
そして、村長を見下ろすと「で、どうするんです?やるのか?やらないのか?今は子どもが戻ればそれでいいんですよね?」自分よりも身体の大きな男を畳に叩き付けた梓は狼狽えている男たちを無視して問う。"やる"が当然だろう、そんな声色だ。

「大江さん達に任せます」
忌々しげに村長が言う。大学で都会に出た村長はイマイチこの村での信頼具合が悪い。一度、村の外へ出た者には冷淡、だが、いつも責任だけは押し付けられる損な役回りのお飾りだ。失敗されたら堪らない。
 梓、そして少し離れた所に正座している藤原 結もこの村の人間には緊急事態だと呼び出されたのに歓迎されていないようだと村に着いて早々に感じていた。若い、そして女である、そんなところだろう。車から降りて、ふたりともに顔を見た途端に落胆された。それを踏まえて有無を言わせないようにする為に見せた梓の体術、態度だ。梓は身体は小さく華奢でありながら身体の大きな男たちをも威圧する空気を纏う。身長が小さいというのに対峙した相手は見下ろされたように感じる。

「始めさせていただきます」
冷たく告げる梓は集会所の隅で縮こまっている家族を見つめた。

 十二月十二日、この日、この村では山の神様が自分の山の木の数を数える日として山に入る事を堅く禁じていた。
 その山に十二月十二日である今日、十二歳になる子どもが入ったのだと言う。学校が休みであるその日、麓の公園で遊んでいたが遊び足らず、いつものように山に入って遊ぼうと登って行ったという。それが午前中。行方が知れない、探してくれと連絡を受けて梓が同じく禰宜である結と共に村を訪れたのが日が暮れかけた昼の三時過ぎ。大人たちは今の時代などと言いつつも山の神を恐れて誰ひとり踏み込もうとはせずに直ぐに梓や結たちのいる神社に泣きついてきたのだ。最近は都会に出やすく住みやすい等と謳い、移住者を受け入れている体裁の村だが古くからの因習を重んじている。

 そっと梓が結に耳打ちして、結は家族を見やる。

「では、各ご家庭の『十二月十二日の札』を逆さまではなく、私たちが正しく十二月十二日と読めるように貼り直していただけますか?それで子どもは戻るでしょう。早急にお願いしますね」鋭く言い放つ梓は「もう、日が落ちてますよ」とも付け加えた。
「みなさま、早急にお願いします。きちんと直してください」念を押すように結が言い男たちを集会所の外へ促す。そんなことでいいのかよ?本当かよ?祝詞も何も無しかよ、仕方ないと呟きながら外へ出ていく村人たちを梓と結が冷めた目で眺める。ふたりきちんとやるかな?やるでしょと視線を交わす。

 そして一番最後に憔悴しきって三和土で靴を履こうとしていた家族を呼び止めた。梓と結に怯えている。怯えていたのは前からか。

「あなたがヨシキくんと一緒にいたのよね?名前は?」
乾いた涙でガビガビになった頬、胸元が乱れた服。かなり乱暴にあの大人たちから何かを尋問されていたんだろうなと声をかけて結は同情した。
「ひ、ひがしだ みどり」
みるみるうちに涙が溜まっていく。
「そう。で、どちらが山に入ろうとしたの?」
事実確認をするだけ、責めも何もしない、けれども冷たいと思われても仕方ないかも知れないなと思いながら梓が聞く。いつも結に梓は喋り方が冷たいと言われるのを思い出して、優しくはしたつもりだ。
しゃくり上げながら「ヨッちゃんが…今日、山に入ったら…明日、みんなにじ…じまんできるぞって。でも、いやだったから…やま、いつもと違うから」
そう言うとわんわんと泣き出した。泣き声の合間に聞き出した話によると同い年のヨシキに要は今日、山に入ったらお前が有名になれるから山へ入れと言われた。みどり本人は山の異様な雰囲気に入るのを拒んだ。それに痺れを切らしたヨシキが怒ってならば自分が有名になってやると登って行ったらしい。

「ありがとう」と結が伝えるとみどりは母親に抱きついてより大きな声で泣き出した。

「東田さん、お宅は元々この村の方ではなく移住されて来たんですよね?」
梓が確認する。そうだ、ならば何なのか?と憔悴しながらも家族を守ろうと詰め寄る父親を制して梓は続ける。
「ならば、悪い事は言いません。札を直したら、さっさとこの村から出るべきです。いや、出てください。命あって、ですから。『十二月十二日の札』もお嬢さんが書かれたんでしょう?十二歳の子が描くのが習わしだからと言われて。ひょっとして、札は足りなかったとか言って貰えていないんじゃないですか?
 ちゃんとヨシキくんは見つかりますよ。それは保証します。ただ、みどりちゃんを守るにはそれしか方法はありません」

 東田一家を見送って集会所に2人きりになる。
「嫌なモノだね、この村の者は山の神様に捧げたくはないけれど、同じ十二歳ならば外から来た者で構わない。十二歳ならば神様も納得するだろうって」吐き捨てるように結が言う。
いなくなったと言うのはこの村で力を持つ元々庄屋だった家の子だという。そもそも、みどりが山に入っていたならば梓と結のふたりが呼び出されたかも怪しい。
「相手は神と呼ばれる存在、それを今から少しとは言え騙すのだから、それ相応のコトはあるだろうね」
すっかり日が暮れた外の遠くを見ながら梓が応える。

『十二月十二日の札』は元々は盗難避けとして紙に十二月十二日と書いて逆さまに貼るのが習わしだ。泥棒は天井裏から部屋へ忍び込む。逆さになって部屋を覗いた時に泥棒には十二月十二日としっかり読める。天下の大泥棒、石川五右衛門が釜茹での刑に処されたのが十二月十二日。だから泥棒に対してお前も同じ事になるぞ、と警告する札なのだ。ただ、この村ではどの様に伝わったのか知れないが盗難避けではなく、厄除け災難避けとして定着したのだ。

 山に囲われた村では富を授けると共に災いをももたらす。土着の山岳信仰が独自のカタチとなり今も粛々と守られている、この村で久々に十二歳になる子どもがふたり現れた。いつからかこの村の山の神は十二月十二日に十二歳の子どもを求めるようになった。過疎化の影響で村人が少なくなる中、やっと生まれたヨシキ。将来をこの村で暮らすことが当たり前とされ、村で大切に育てられてきたヨシキではなく、途中から入った他所者であるみどりを山の神へ差し出そうとしたのだろう。ヨシキにどの様にみどりが山に足を踏み入れるよう仕向けろと吹き込んだかは知らない。だが、山の異様さに気付いたのは残念ながら村の子ではない他所者のみどりだった。勘が強かったのだろう。それとも既にヨシキは山の神に気に入られていたのか。

「札を直したら、天井から忍び込むものには何の意味が分からなくなるから簡単に忍び込める。子どもが帰ってきてもどうなるかな?」
結が尋ねる。
「さぁね、依頼は今、子どもを取り戻したい。それだけ。後々のフォローまでは入っていない。読めないは余命ないなんて言うし」
淡々と梓が言う。そして、これ以上言うな首を突っ込むなと牽制する様に結を見上げた。
「分かってるよ、どんな結果になろうとも手出しはしない」
梓を安心させるように結は笑顔を見せた。

冷え込んできて、暖房が欲しいよね、なんてふたりで話してダウンのポケットに手を突っ込んでいるとふと玄関を見て「あぁ、見つかったみたいだね」そう言うと玄関からパンプスを履いて梓が外に出た。チラチラと揺れる灯りが近づいて来る。
 札を直して再捜索を始めたら、子どもは散々探した山の麓の公園のブランコにぼんやりと座っていたという。今は何を問いかけても視線を泳がせていて応えないが梓と結が帰った後、元のやんちゃ坊主に戻ったという。

 そして、十三歳になる前日に登校する姿最後に消息を絶ったというニュースを梓と結は移動する車の中で見た。

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