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先週の金曜日の話

10連休明けの週だったので、どうもエンジンかかりませんなー、とかブツブツ言いいながら、ちょっと早いんだけど帰り支度をしていたら、隣に座っている同僚もいそいそと帰ろうとしている。

彼は僕よりも10個下なので、まぁ若者だ。まだ社会人になって間もない。

「お、帰る?駅どっち方面?」と聞くと、同じ路線であることがわかったので、じゃあ一緒に帰ろうとなった。

最寄りの駅まで、やけにオシャレな通りを抜けて、10分ちょっとの道である。

こういう時に、ちょっと一杯だけ飲んでいく?とか聞いたらおじさん扱いされるんだろうなーと半分白目で歩いていると、彼がいつもより大きなカバンを持っているのに気がつく。

「これからジムでも行くの?」なんて聞くと、

「いや、今日はちょっと、これから旅行なんです…」と彼が答える。

「そうなんだ、いいね」と僕が返して、どこに行くの?なんて聞いたら詮索おじさんみたいに思われないかなぁとまた白目で歩いていると、

「じつは今日、彼女の誕生日なんです」と、教えてくれた。

人の誕生日ってなんだか嬉しいし、それを教えてくれたのも嬉しくて、「へー!そうなんや!それはめでたいねぇ!」なんて急にちょっとテンション高めの関西弁が出てしまって、おしゃれな通り歩いているのに、ちょっと恥ずかしい。

「どこに行くの?」と、一旦しまい込んだ質問を取り出してみる。

すると彼が、「柄じゃないと思われるかもしれませんが、フェス…に行くんです」と照れ臭そうに言う。たしかに、(偏見だけど)メガネをかけてひょろっとしたその彼は、フェスとはちょっと無縁な感じもする。自分でもそう言っているし。

どうやらそれは彼女のリクエストのようで、一度でいいから行ってみたかったそうだ。ちょっと遠いので、今日は前泊をするそうだ。どんなフェスだとか、楽しめるかちょっと不安だとか、ポツポツそんなことを話してくれた。

「いいね、楽しそう」「僕も一度フェスとか行ってみたい」なんて相槌を打ちながら歩き、少し会話が途切れたその後に、

「実は、職場では誰にも言ってなかったんですけど…彼女が長期出張で、来週から1年間、アメリカに行っちゃうんです」と彼が言う。

「えー!そうなの?寂しいね!」と素直に答える。僕も海外に住むときに、家族と半年以上離れていた時期があって、その寂しさはよくわかる。恋人だって、離れてしまうのはとても寂しいだろう。何事も振り返ればあっと言う間なのに、先の1年なんて、想像もできない。

彼が色々、話してくれた。

今日は少しいいレストランを予約したこと。なのにカバンがスポーツバッグだから、ちょっと恥ずかしいこと。前泊なので、あんまりゆっくりできないかもと、店の予約時間を後悔していること。最寄りの駅の有名な店で、ケーキを買おうと思っていること。彼女がピアノを弾くので、向こうでも弾けるようにと、電子ピアノを事前にプレゼントして、アメリカに送ったこと。どのピアノがいいだろうかと考えているうちに、当初の予算の倍以上になってしまったこと。寂しい気持ちもありながら、羨ましい気持ちもあるし、先に海外に行かれて悔しい気持ちだってある、ということ。

10分ちょっとの道で、ずいぶんと色んなことを話したなぁ。僕はほとんど、聞いているだけだったけど。

彼は、ケーキを買うからと、電車には乗らず、駅の前で僕らは別れた。僕は一言、「楽しんできてね」と言った。本当に、楽しんできてほしいなぁと思った。

電車に乗って、窓の外を眺めながら、どうして彼はあんなにたくさん話してくれたのだろうかと、ふと考えた。いつも隣に座っているのに、まだほとんど話したことがない。彼からすれば、僕なんて10個も年上のただのおじさんだ。

それで、なんとなく、彼は緊張していたのかな、と思った。僕に、ではなくて。これから彼女の誕生日を祝い、門出を祝うことに。もしかしたら、少し大事なことを、彼は彼女に、言うのかもしれない。そんなことを想像して、というか妄想しながら、家路に着いた。おじさんだなぁ。

離れて暮らすと、色々あるだろう。すれ違いもあるし、喧嘩もするだろう。でもそれが、彼と彼女の二人の関係を、より強めるものになればいいなと思う。好きな人に会えず、自分のことを大切にできない日もあるかもしれない。でもそれが、気づきになればいいなと思う。人を愛することは、自分を愛し、大切にできないと、続けることはできない。

何を偉そうに、と自分でつっこみながら、いま家族と暮らし、妻とビールを飲める金曜日を、本当に大事に思った夜。彼らも、いい夜を過ごせたかな。そうだといいな。


お蕎麦屋さん開きたい。