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アヒージョの待ち時間

この数日間外出していたので、
今日の晩御飯は簡単に済ませよう、
子供たちはパスタでも作って、
われわれ親はちょこちょこ何かツマミながら
ダラダラ飲もう、ということになった。

冷凍だけどエビとマッシュルームがあったので、
最初のツマミはアヒージョにする。
アヒージョは材料をオリーブオイルにぶち込んで待つだけなので楽である。

待ち時間がある料理というのはいい。

待っている間にビールが飲めるし、夫婦で話ができるから。
話といっても、他愛ないものばかりだけど。

僕が次の肴の準備をしながら、妻はキッチンの片隅の小さい椅子に座って、うまそうにビールを飲む。これはとてもいいい時間だと思う。

あれも食べたいこれも食べたいと欲張って色々作ろうとすると、僕はいつもイライラしてしまう。よっぽど心が整ってないと、あれもこれも作れないし、そもそも美味しいものが作れない。翌週の仕事とか、考え事をしていてもそうだ。

そうなると妻も気を遣って、なにか手伝おうか、とキッチンをウロウロする。でも料理って、(僕の場合は)一人でやらないとうまくいかないことが多い気がして、大丈夫、とか、素っ気なく答えてしまう。せっかく気を遣ってくれているのに、少しそれで険悪になったりもする。

だから、妻が座ってビールを美味そうに飲んでいるということは、我々の中で、いい時間が流れているということになる。僕の料理もうまくいっているということだし、僕の料理がうまくいっているということは、僕の心も落ち着いているということだし、子供たちもハッピーだし、つまりは総じてうちの家族はいま平和ということになる。

土曜の晩に、妻がキッチンの隅に座ってビールを飲んでいるのは、
たぶんうちの中での色んな物事が、うまくいっているかどうかを測る
バロメーターになっている。

その時間を大切にしなきゃと思う。もっとそんな時間を作ろうと思う。
妻にずっと 座っていてほしいな、と思う。
ずっと座ってビールやワインを飲んで、幸せそうにしていてほしい。

と、そんなことを考えていたらアヒージョが出来た。

やっぱり待ち時間のある料理っていい。

ちなみに姑息なやり方かもしれないが、たくさん長く座ってもらうために、キッチンに新しい椅子を買った。シンプルなデザインのスツール。
座ってもらう妻に探してもらったんだけど、え、そんな高いの?、と最初はちょっとびっくりしてしまった。でもまぁ何十年も使うなら安いもんかと考えて、買った。

椅子が届いた日、妻は、孫の代まで100年使う!と言って、椅子を組み立てる僕の写真を撮っていた。孫にあげるときに見せるらしい。

長く使われるのもいいけど、まずは妻に長く座ってもらえるよう、
料理もなんでも、精進しよう。
あと、待ち時間のある料理のレパートリーを増やそう。

お蕎麦屋さん開きたい。