見出し画像

『最果て』第一話

「最果てまで行きたい」思春期の少年が持つ得体の知れないエネルギーにせっ突かれ、そう思った。それと同時に、これもまた思春期の子供らしい、可愛げのない屁理屈で、「一周すれば元の場所に戻ってくるのだから、この世界に最果てなんかない」とつまらないことも考えた。

 一五歳の春に、人気者だったクラスメイトが高校入学にあわせて引っ越しをした。世話やきな女子が中心となり、「空港まで見送りに行こう」という行事がおこなわれた。解散後なんとなくまっすぐ家へ帰る気になれず、私は一人で市電に乗って終点まで行った。それが当時の私にとって目一杯の最果てだった。

 フェリー乗り場の近くにある駅で、改札を出るとすでに陽は海へ沈みかけていた。
 春休み期間中で、時間はいくらでもあるが、晩飯までに家へ帰らない言い訳はいくらもなかった。先手必勝で持たせてもらえるようになったばかりのケイタイから、「みんなとご飯を食べに行くことになった」と母親にメールを送った。

 北に海、南には山があって、その間をうねうねとした片側一車線の県道が広大なものに挟まれて窮屈そうに通っている。道路脇には戸建てと駐車場が交互に並ぶ、街とも町ともいえない場所を、とりあえずフェリー乗り場へ向って歩いた。

 二キロぐらいの道のりだがすぐに飽きて、ウォークマンに似たAIWAのプレイヤーでカセットテープを再生した。好きだったはずの曲もあまり頭に入ってこず、気づくと引っ越していったクラスメイトのことを考えていた。明るくて、優しかった。

 フェリー乗り場で何か食べようと思っていたが、着いてみると食堂は閉まっていた。仕方がないので販売機で買ったライフガードを飲みながら少しの間海を眺めてみたが、黄昏れるには若すぎて退屈だった。電池がもったいなくて、AIWAのプレイヤーを止めると、静かな瀬戸内海にも波の音がした。

 帰る以外にすることがないが、やはりなぜだか大人しく帰る気になれなかった。それで、多く見積もっても一五キロ弱の道のりを歩いてみようと、童貞にしか思いつかないようなことを考えた。

 来た道を引き返し、元いた駅まで戻ったところで、念のため時刻表を確認した。田舎なので二十二時三〇分にこの駅を出る便が最終電車だった。道中嫌になったら、その時の最寄りの駅から電車に乗ろうと考えた。空はすでに暗くなっていた。

 なんの面白味もない道を西に向って三〇分ほど歩いたところで、汚いラーメン屋を見つけた。手持ちは四〇〇〇円。十分にあった。店に入ってラーメンとチャーハンを注文して食べる。それだけでなんだか大人びた気持ちになった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?