「MORE」
『綺麗な指してたんだね、知らなかったよ』
聞き慣れたプレイリストが流れる車内で「渋・・・」と母親が小さくつぶやいた。
世代だろ・・・と胸の中でツッコミを入れて窓の外を眺めた。
田舎の風景は変わらない、実に淡々と、山と田んぼが流れては現れ流れては現れる。
『私にはスタートだったの君にはゴールでも』
曲は中盤に差し掛かっていた。携帯を開いて少し再生のカーソルを戻す。
「私、ここの歌詞好きなんだよね」
数日前、この曲を聴いた友人がこの歌詞を聞いて悲しげな顔でわかる。と呟いたのを思い出していた。
今の私にとってこの恋は全てがスタートばかりだ。
きっとそれは彼にとっても同じで未だ未知の様々なことに怯えながらも、互いに手を繋いでスタート地点に立っている。
(じゃあ、ゴールってなんなんだろう)
結婚?いや、もしくは
「別れ・・・?」
もしもこのレースのゴールが別れなのだとしたらきっと私は、君の手を引いてそのコースから抜け出すだろう。
例え息が上がっても、どこかで何度立ち止まったとしても、ゴールのない道を私は選びたい。
ゴールはまだ先だ一緒に行こう。とありもしないのに欺いて永遠に彼と走り続けられるだろう。
「何考えてたの」
「え?」
ハッと顔を上げると訝しげな顔で私を見つめる彼がいる。
そうだお風呂を上がってほんのり夢うつつに昼間のことを思い出していたんだった。
「ううん。ぼーっとしてた」
寝返りを打とうとすると不意にその肩に触れられてピクリと体が跳ねる。
「いつも見てるけど、ほんと肌綺麗だね。」
昼間に聴いたJAYWALKの歌詞が脳裏をよぎった。
「急にどうしたの」
「いや、いつも思ってるけど改めて思って」
(知らなかったよ、じゃないんだ)
この人は大丈夫だ。確信はないけど。あの歌とは真逆のように。
ふわふわとまた浮つき始めた頭でそんなことを思った。
「ねえぎゅーってして」
彼は甘えん坊、と笑って抱きしめてくれた。暖かい体温に飲み込まれてしまいそうだ。
(離さないでね)
胸の中でそういって手を解こうとしたとき、倍の力で抱きしめ返されてベットのスプリングが軋んだ。
「だめ、離さない」
「・・・ばか」
きっとこの人は私と同じ。ゴールなんて言葉を知らない。だからこそ二人で常にいろんなところに新しいスタートを探してきたんだ。
(不安になることなんて何もないじゃん、馬鹿だなあ私)
今晩最後の愛してるを強く胸に受け止めて私は心地よい睡魔に意識を手放した。
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