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映画『ウェンディ&ルーシー』ケリー・ライカート監督

映画『ウェンディ&ルーシー』2008年・アメリカ/ケリー・ライカート監督

何かを決め、それに向かっている途中で起きた出来事。
神様のいたずらみたいな仕打ち。
そして、繰り返される鼻歌。

本作のあらすじ
一人と一匹の異色のバディが織りなす彷徨譚。ほぼ無一文のウェンディは、愛犬ルーシーと共に新しい生活を始めるため、仕事を求めてアラスカへと向かっている。しかし、途中オレゴンのスモールタウンで車が故障。さらに警察に連行されてしまい、ルーシーは行方不明に……。

本作冒頭の夜のシーンから釘づけになった。
夜の焚き火と、若者たち。そして主人公の女性と犬。
カメラのアングルといい、ショットとして何とも言えない凄みを覚えた。
何かが起こりそうな不穏さが充満していた。
物語の冒頭として完全に成功している。

一人の女性と犬。彼らはとても親密な関係であることがしっかりと物語上裏付けるシーンが重なる。
飼い主のウェンディと犬のルーシーは人と犬に違いない。だが、種族を超えたものを感じる。絶大なる信頼と情愛がふたりにはある。

本作を観ていて、一つひとつのショットの凄みを感じずにはいられなかった。
無駄なショットや退屈なショットはなかった。
映画として記録された現場で、カメラマンや監督、そして演出も、どのようなものだったのか、個人的に気になってしまった。

本作の後半、車もない、犬もいない、ひとりぼっちのウェンディは思わぬ事態に直面する。
夜、線路を望む丘の斜面。
野宿をするシーンだ。
男の人には申し訳ないが、これは女にしかわからない恐怖があると思う。
独特と言っていい、ほかに同じものを例えようのない苦い感情だとわたしは思う。
ウェンディに迫る浮浪者のセリフが、必要以上に恐怖を掻き立ててきて、観ているだけでどんどん苦しくなった。

このシーンで強く感じたのは、夜の街が奏でる音の恐怖だ。
電車の警笛や車のクラクション、走行音、わからない音も、何もかもすべてが世界を恐ろしくさせていた。

クライマックスに訪れる感動と衝撃は、言葉で表現できない。
犬のルーシーを正面から映すショットに泣けないわけがない。
犬のルーシーの表情も、とんでもなくすばらしい。
本当に、あなたは犬ですか。と訊きたくなった。

本作は物語として、非常にシンプルな構造をしている。
それは、観るものを違和感なく引き込み、さらに丁寧に撮られたショット積み重ねによって、観るものと主人公のウェンディが、同化せずにはいられないものとして、見事に作り上げている思う。

本作は約80分の作品だ。
80分間、ずっと魅せられっぱなしだった。

ルーシーがいなくなって、車もなくなって。
ウィンディの孤独でガチガチな感情がしっかりと表現されている。
それを時折緩める存在。
親切なおじさん。
孤独な主人公に寄り添うおじさんの存在のデカさは、言うまでもない。
おじさんに見せる僅かなウェンディの心の緩みも、とてもいい。
孤独だと思っていても、誰かが見ていて、そっと手を差し伸べてくれるものなんだよって。
そうも思わせる作品である。

筆者:北島李の

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