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いい人ではない人の良かったこと。

いい人でありたいなんて思い直すことなんか最早皆無に等しいけど、無意識的にいい人らしき行動をとっていることに後から気づくことはある。

なんとなくそんな時の自分はちょっと「げぇ」っと思ってしまう。

自分は人とはあまり関わりたくないタイプで、面倒なことが嫌いな人間だ。

後から気づいてしまうのも「げぇ」っと思ってしまうのも、その時とった行動が「本来の自分ではなかったから」であり違和感が残るからだろう。

本心からできた行動であれば、後からそんな違和感に気づくなんてことはないわけで。


先日、ある同僚が私のところへやって来て、一本のヘアピンを返しにきた。

たった一本のヘアピンを何の気なしに受け取ると、その同僚は言った。

「あの時絶対にピシッとした身だしなみにしなきゃいけなかったんだけど、自分が持ってきていたヘアピンがどうしても足りなくて、このヘアピン貸してもらったおかげで本当に助かったんだ、ありがとう!!」

キョトンとして聞いてしまったため定かではないが、こんなようなことをえらい早口で言われた。


実はその同僚は普段よく話す方でもなく微妙な距離感の関係であり、そのヘアピンを貸し出した後、自分はまさに「げぇ」っと思っていたのであった。

そんな微妙な関係の同僚に、わざわざ自分がつけていたヘアピンをはずして「じゃあ私のピン使って!」と少々出しゃばった感じで差し出してしまった自分が、後から気恥ずかしくてたまらなかった。

数人の同僚たちがその場にいたが誰も助けられず、目の前で狼狽えられて敢えなくとってしまった行動だったが、同僚が彼女一人だけじゃなかったという部分がさらに気恥ずかしさを助長させた。


ヘアピンを返しにきた同僚から早口で流れ出てきたこの言葉が、自分の頭の中で今もグルグルする。

思い出すと、口元が一瞬だけフニャフニャとおかしな方向に上がり下がりしてしまう。


本来の自分だと思っていない自分自身が他人に行った「げぇ」っと思う行動。

そんな行動にも意味があることもある、ということをなんとなく知った。

人生では、「本来の自分じゃない自分」が意図せず活躍する瞬間もあるようだ。


そんな微妙な同僚との微妙な出来事の結末は、今後の「本来の自分」っていうやつを少しだけ変えつつあるかもしれない。

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