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私を怒鳴りつけた女教師は、モンスターシングルマザーのクレームに怯えていた。

■17
 歩き方から、大きな足音が聞こえてくる。体格のいい女性だった。紅潮した顔は、張り詰めている。学校側との関係は良好だったので、私は刑事と対峙した時よりも緊張した。
「お父さん、学校にくるのはやめてください!」開口一番、担任は私を怒鳴りつけた。
「私は先々月に、校長先生から『学校に会いに来ていい』と言ってもらいました。先月は学童の先生だって『また来てください』と言ってくれたんです。それで会いに来たのに、なぜこんなことを言われるのでしょうか」
 私はつとめて、低く落ち着いた声で尋ねた。彼女は私の問いに答えず、言葉を継いだ。
「私たちが、どんな思いでお子さんをみているか、わかりますか!」
 尋常ではない。怒りと緊張で泣き出してしまいそうな様子。目が潤み、声は震えている。落ち着かせるために、私はとりあえず学校に来たことを謝ってから、何があったのか教えて欲しいと頼んだ。このままでは、さすがに得心がゆかない。
 私に「戦意」がないと分かり、すこし落ち着きを取り戻した担任は、言葉を選びながら語り始めた。
 先々月に対応してくれた校長は、すでに退任したということだった。ひょっとすると、私の学校訪問が原因だったのかもしれない。そんな不安が脳裏をかすめた。
 じっさい私の学校訪問後、元妻から学校へは猛烈なクレームがあったらしい。先月、その矛先は学童保育所にも向いたということだ。学童の先生たちは、すっかり元妻に怯えてしまい、比較的、話の通じそうな父親の方に我慢してもらうことにしたという筋書きのようだ。
「お二人には、たいへんご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした。でも先生、先生方も娘にとって、父親と交流することの意味は認めてくれましたよね。お二人には迷惑をかけないようにつとめますので、娘に会う方法はありませんか。知恵を貸してください」二人には迷惑をかけない、かけたくないということを、心を込めて、ことさら強調した。
 自分の安全が確保されたと思ってくれたのか、二人は娘のことを考えはじめてくれた。その気配を察知したのか、娘も私の近くに来て一緒に話を聞いている。もう二人も娘を追い払おうとはしない。
 そのとき担任がパッと明るい顔で言った。
「そうだ、お父さん! 学校行事に来てください。学校行事だったら他の父兄の方もたくさんいらっしゃるし、平日の放課後と違って、お父さんが来ることを拒否する理由はありませんから」
「そうですよ、それがいい!」学童の先生も賛同した。
「お父さん、来月は運動会です。運動会にいらしてください」
 担任に日程を確認すると、よりによってその日には重要なアポイントが入っていた。もちろん運動会を優先する。そこに迷いはない。
「お父さんが来たら、もっと頑張れる!」。娘はいま、かけっこを特訓していると言う。その姿をぜひ見たい。
 私は娘を抱きしめて頬にキスし、頭を撫でて「必ず来るから、練習頑張ってね」と言った。娘はとびきりの笑顔で「はい!」と答えた。担任も学童の先生も私も娘も、みんな笑顔だった。

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