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「今、付き合っている人はいるの?」元妻の予想外の質問に、たじろいだ。

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 「今、付き合ってる人はいるの?」話は予想もしていない方向へ振れた。 正直に言えば、元妻と別れてから二人の女性と交際したことがある。
 友人から「新しい出会いがあれば、考えも明るくなって、人生が好転していくよ」というアドバイスをもらったことも理由ではあったが、私があまりの淋しさに耐えられなかったというのが実際のところだ。
 二人とも素敵な人だったが、長くは続かなかった。元妻と結婚する前は楽しかった女性とのデートも、気がつけば、なぜか耐えがたいものとなっていた。
女性といると、言いようもない虚しさに襲われるのだ。
 「おまえは子供たちに淋しい思いをさせてるのに、自分だけ幸せになるつもりか」と己の浅ましさを客観視して自嘲してしまう。
「この人はいい人だし、いま自分は楽しい時間を過ごしている。誰にはばかることもなく、たまには楽しんだっていいはずだ」
ネガティブな発想をねじ伏せるように、自分に言い聞かせていた。
 顔に貼り付けた笑顔とは裏腹に、どこか気が入っていない。女性は、そのような様子を鋭く感じとる。次第に私に苛立ちを見せはじめた。その様子を見るにつけ、私は元妻との暮らしを想起してしまうのだった。
 いつのまにか女性との触れあいは、子供たちへの罪悪感と元妻から受けたトラウマを呼び起こすトリガーになってしまっていた。

「ねえ、付き合ってる人はいるの?」
 もういちど聞かれて、我にかえる。反射的に「おらん、おらん」と言った。さらに口を滑らして「ずっとおれへん。淋しいもんや」と付け加えた。
これは明確なウソだ。確かに、その時は付き合っている女性がいなかったが、離婚の後に何も無かったというわけではない。元妻には本当のことを言えない、言ってはならないという積年のクセが出てしまった。
 一緒に暮らしていた頃から、何を言っても否定されるので、本当のことを言わないようにしていた。本当のことを言わなければ、否定されても耐えられる。そんな思いから、些細なことでも嘘をついて自分を防衛していた。セブンイレブンへ行っても、ローソンへ行ったと言う。まるで意味の無いウソだが、自分を保つためには必要だった。
 本当のことを言わないようにするクセは、やがて怒られない、責められないようなことを言うクセへと変わっていった。いや、作り話をするから怒られるのが恐くなったのか。もう、何が何なのやら・・・・・・。一瞬にして、いろいろなことが頭の中を行き過ぎる。
 「いや、じつは何人か付き合った人がいて」と言おうと元妻の方を向いたら、彼女が「私もいない」と言った。いやな予感がした。
ウソをつくなら、逆に「いま付き合っている人がいる」と言うべきだったが、後の祭りだ。
そんな心中を悟られないように緊張している私をよそに、事態は進展していく。
 元妻は深いため息をついた後、核心に切り込んだ。
「わたし、ひとりで子育てするのに疲れちゃった……」

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