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日本の旅行会社が倒産した、すぐにガイドを降りなさい

前:


「ドクトーラ(ガイド)のマダムローロ?」

カイロからアレキサンドリアまで長距離観光バスで向かう道中、必ずトイレ休憩で寄るドライブインがあった。

そこに到着すると、ドライブインの店員が近寄って来た。

「マダム、あんたがドクトーラローロかい?」

「そうだけど、何か?」

「あんたの、カイロの旅行会社のナビール(仮名)からさっき電話があった。ドライブインに着いたら、カイロのオフィスまで直ちに電話くれってさ」。

「何だろう?」

そんなこと初めてだった。


自腹で電話代を払いたくなかったものの、何か気になるのでドライブインの有料電話から、カイロオフィスに電話をかけた。

するとナビール(簡単に言えば上司のひとり)がすぐに出た。

「やあローローさん、君に命令がある。今やっているツアーをすぐに降りて、君だけバスドライバーと一緒に帰って来なさい」。

「はっ?」

最初、私が突然ツアーの仕事を干されたのかと思った。がよくよく聞けば、そんなレベルの話ではなく、びっくり仰天。

「今、君が担当中の、ロータス旅行会社(むろん全く仮名)が日本で倒産したんだ。

全部放りなげてバスとバスドライバー、そして君と護衛(SP)だけカイロに戻って来なさい。そのツアーは直ちに"捨て"なさい」。

...!

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エジプトなんぞで観光ガイドのバイトをやっていると、いろいろな出来事が起きるものだった。

例えば一つは、"目には目を歯には歯を"の投稿で書いた、エジプト人ガイドたちの、日本人ガイドへの意地悪&嫌がらせ。

二つ目は、必ずどのツアーでも病人(主に激しい下痢症や、ツアーのスケジュールがハードなので身体がダウン)が出ること。

三つ目はエジプト航空国内線のスケジュールがあまりにもいい加減なので、ただでさえキツキツの旅程がさらにせわしくなること。

四つ目はテロのこと。


ちなみに接客自体は、それぞれのグループの客層に合わせていた。

農○のようなシニアツアーでは、あまりカタカナを使い過ぎない説明にし、フリータイムが多いと何をしていいのか分からず、"困る"らしいので、極力フリータイムがないようにする。

"先生"(学校&医者)ツアーは、時間ルーズ、集合時間守らないので、早めに集合をかけるようにする。(とにかく『先生』と呼ばれる職業の人々の時間のルーズさよ!)

大阪マダム半分と東京のマダム半分のツアーだと、"必ず"険悪になるので、食事の席もバスの中の席も分ける/離す。互いをあまり接近させないようにする、同じグループなのだけど。


ハネムーンツアーは、なるべく食事でもテーブルをカップルごとで離してあげ、できる限り毎朝の集合時間を遅めにしてあげていた。

だけど、短期間の交際でぱっと結婚したカップルは、たいてい旅行三日、四日目にホテルの部屋で大喧嘩。

新婦の方が夜中に私の部屋にホテルの内線をかけてきて

「夫と喧嘩した。だからガイドさんの部屋に自分を泊めて欲しい」と言ってくるので、要注意。(←今だから言いますが、いい迷惑なので、私は部屋の内線の線を引っこ抜いていました)


そうそう、ハネムーンツアーで、カップルの男女が入れ替わったこともあった。

どういうことかといえば山田さん新婚カップルさんと、鈴木さん新婚カップルのペアが入れ替わったのだ。

帰国後、それぞれのご両親もさぞかし驚いたと思う。

息子(娘)がハネムーンに出かけたと思いきや、連れて帰った嫁(婿)が結婚式の時とは別人なのだから!


実は一番大変だったのは、農○ではなく、若い女性ツアーだった。

若い女性(学生/20代)はまず全般的に体力がなく、すぐに倒れた。あらかじめ、さんざん

「バイキングでも食べすぎないでください、フレッシュジュースも飲まないでください」とうるさく注意しているのに、聞いていない。

集合時間の遅刻も酷いし、すぐに「あ、ホテルの部屋にピアス忘れちゃった」「集合時間忘れちゃった」などのぼんやりがあまりにも多い。

めまいを覚えたのは、たいてい若い女性ツアーのうちのひとりは、毎回現地の男性といい仲になってしまうことだった。

旅行会社のエジプト人のアシスタント、エジプトガイド、バザール(お土産屋)のエジプト人といつの間にかデキちゃっていて、

そして帰国後、エジプトのガイドだった私に連絡を寄越し

「妊娠しちゃったみたいです。どうしたらいいですか」。

(そのうちのひとりは看護士さんでした)

こういう女性は本当に何人もいた。決まって全員真面目に見える、地味で大人しそうな女性ばかりだった。

ツアー参加女性たちだけではない。女性添乗員さんたちの「バザールで知り合ったエジ男君のこどもを身篭った」等のカミングアウトもいくつかあったものだ。

だからそのうち、若い女性が多いツアー&もしくは若い女性添乗員の時は、初日にバスの中で私はマイクを持って

「皆さん、ご自分の身体を大事にしてください」

と先に長々スピーチするようになった..


一回起きたのは、ルクソールでの若い女性二人からの苦情。

「ホテルの従業員に部屋に押し入れられた。従業員はベッドに腰掛け、隣に座れ、と私たちに命令した。怖いから言うことを聞いたら顔中キスされ、だきつかれ気持ち悪かった」。

証拠はありますか、と尋ねるとビデオに録ったという。それを見せてもらうと、その女性二人はずっとケタケタ、クスクス笑っていて楽しそうだった。

キスもハグも嫌がっているようにも、怖がっているようにも全く見えない。

しかし、本人たちはものすごく恐怖だったと、怒り心頭。だからマネージャーに言い付けろ、と言ってきかない。

その結果、その従業員は一発で解雇された。本当に即クビだった。弁明のチャンスも何も与えられていない。

ルクソールもエジプトの保守的な小さな街だ。この噂はすぐに回る。だから彼はもう二度とルクソールで就職できない可能性もある。

なので、私からその女性二人に話した。

「怖くて拒否出来なかったのは分かりますが、あなた方が笑ってばかりいましたよね。

私が直接、従業員に確認すると、やはり彼はあなたたちが楽しんでいると受け取り、それでじゃれたのだといいました。

部屋に入れてしまったのは、ホテルの従業員だから何かチェックとか用があったと思ったというのは分かります。

だけど、嫌なことをされたら、はっきりノーとは言えなくても、ニコニコしたら駄目ですよ、誤解を与えますから」。

「...じゃあ私たちが悪いって言うんですか?」

「いえ、そうじゃありません。でも身を守るために、黙って笑ってばかりじゃ相手には、嫌だという意志が伝わりませんよ」。

「...」

二人は黙ったが、ツアー最終日まで一切私と口を利かず目も合わせてくれなかった。

案の定、後でその女性二人から、日本の旅行会社経由で私にドカンと大きな苦情が来てしまった。

おかげで、その対応にちょっと大変だったが、話は戻り、この突如の日本の旅行会社「倒産」事件は、そんなのと比較にならないほど、もっと大変だった。

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ロータス旅行は、中堅の旅行会社でわりとマニアックな内容のツアーを多く出していた。

だから、エジプトツアー内容も一般のツアーとはちょっと違っており、砂漠のコプト教の教会を見学するだとか、カイロでは農業博物館にも寄るなど、非常に独特だった。

以前、カイロから地中海に面したアレキサンドリアの街へ観光バスへ向かう道中、砂漠でバスを止め植樹するプロジェクトがあったと書いた。

このロータスツアーが、もっともこのプロジェクトに乗り気で、毎回毎回、アレキサンドリアへの移動の最中、全く無意味な植樹をしていたなあ。


「添乗員さん!」

ナビールに一方的に電話を切られた後、私はすぐに添乗員の女性の中村さん(仮名)に声をかけた。

「かくかくしかじか、あなたの会社が無くなったらしい」

と話すと中村さんはものすごく驚き、顔が蒼白になった。(←そりゃそうだ...)

そして中村さんはすぐに、日本の社長自宅(緊急連絡先)に国際電話をかけた。(ドライブインからの国際電話は、失神するほど馬鹿高い料金です)

倒産は本当だった。そしてエジプト側(つまり私の勤める、某ヨーロッパ会社のカイロ支社)が

「至急、今シーズン中の金を払え。さもなければ、現在エジプトにいるツアーを日本に帰さない」

と脅しているのだという。

今シーズンというのは、旅行業ではワンシーズン(約半年分)のサービスを終えたら、日本から現地の手配会社に、半年分の手配全料金を"後払い"するのが慣例だった。

よって、ナビールも「半年前からの分の未払いツアー代金を直ちに全額送金しろ」ということだった。


ところが、日本がちょうど三連休に入ったばかりだった。送金手続きが出来ない。

ロータスの社長はすでにナビールに国際電話をかけ、その事情を話し、「必ず三連休明けに全額送金する」と約束したという。


後で中村さん経由で聞いた話によれば、同じやり取りでヨーロッパ各国、北米に出ていたツアーの、各現地旅行会社(手配会社)はどこもすんなり納得。

むしろ「突然の倒産だなんて、気の毒な...」とロータスの社長に同情を寄せたぐらいだったらしい。

しかし、さすがはエジプト、インド、中国。

これらの現地手配会社は「この野郎、必ず今すぐに払え!」の罵声を浴びせてきたそうな!

「三連休中だから銀行の窓口が開いていないんですよ」

といくら説明をしても、この悪徳代官"三国"の手配会社たちは

「すぐに払え!」、Pay pay! の一点張りだったという。

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ところで、エジプトツアーというのは、手配会社のアシスタントが、グループの出国ビザの手続きと帰国便のリコンファームをあらかじめ行っておくうものだった。

だから、この時も添乗員の中村さんはすでに、ナビールの部下のターメルおじさんに、全員の分のパスポートと航空券を渡してしまっていた。そして帰国はあさってだった。

日本にいる、ロータスの社長は(三連休明けの)しあさっての朝一で送金する、と言っている。

しかしナビールは「全額送金されるまでは、グループを日本に帰らせない。パスポートも航空券も返さない」と脅迫。(←典型的なエジプト人の手口らしい)

くどいが三連休に入ったばかりなので、在日本のエジプト大使館にも連絡がつかない。ロータス社長はすっかり困り果てている。


添乗員の中村さんはうっすら涙を浮かべながら、がちっと私の両手を握った。

「お願い! ナビールさんを説得してください!」

「ナビールはお金しか頭にないから、聞く耳持たないでしょう。だから先に日本大使館に連絡しましょう」

「でも今日は金曜日(イスラム国の休日)、窓口は閉まっているんじゃ...」

「中村さん、あなたは運がいいですよ。実は私は日本大使館でもバイトしたことがある関係で、大使館の日本人職員たちの電話番号を持っているんです」。

「...!」

中村さんの、私の両手を握る握力がより強くなった。

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事情を話すと、日本大使館の某職員は大笑いした。

「さすがエジプト!」。

そしてすぐに動くと約束してくれた。これで偉い所から手配会社(ナビール)に「日本人たちを予定どおり出国させよ」の命令が下る。もう大丈夫だ。


ここで目下の問題は、バスドライバーだった。アレキサンドリアへは向かわない、ナビールの命令には逆らえないと言い張る。

「中村さん」と私が言った。

「万が一のための添乗金を持たされていますよね?そこから300ドルをドライバーさんに握らせて下さい。そのかわり、しあさって日本から送金する際、300ドルは引きましょう」。


案の定、運転手は300ドルを見るとコロッと態度を変えた。

そうして、グループの皆さんには一切何も言わず、倒産を隠したまま普通にアレキサンドリア観光をし、またカイロに戻った。

その日の夜、中村さんはギリシャをツアー中だった同僚添乗員にホテルから国際電話をかけた。ギリシャでもとても大変だったが、最終的になんとか諸々大丈夫になったという。

最終日、カイロ空港へ向かう前に、添乗員さんがグループの皆さんに「実はロータス旅行会社は倒産しました」と打ち明けた。

無事に成田空港到着してから解散までの間、お客さんたちは全員、添乗員の中村さんの今後を心配して、ずっと声をかけてくれていたらしい。中村さんは、ここで初めて泣いたそうだ。よくぞ頑張られた...

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このロータス旅行会社の"最後"のツアーの仕事を終えた私は、ちょっと休暇を取った。

ラムセスヒルトンのアネックスで買い物をしていると、某日本人ガイドの青年にばったり出くわした。

自分が担当したツアーの旅行会社が、ツアーの真っ最中に倒産してしまった、というなかなかレアな経験を、私は青年に話した。

「それは大変でしたねえ!」

「青年君の前回のツアーはどうだった?」

彼はうーんそうですねえ、と言った。

「ちょっとハイジャックに遭ったぐらいかな」

「えっ?」

「僕が乗ったエジプト航空のエアバスA320便が、ハイジャックされてリビアに飛んじゃったんですよ。(ちなみに当時、リビアは国内空港での、外国のエアライン発着を一切禁止にしていた)

まあ大変でしたねえ。トリポリ空港で、カダフィ大佐を見れたのは凄いことだったけど」。

「...」

さすがエジプト。

次から次に上を行くすごいエピソードが飛び出てくる、侮れない...


次へ:


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↑アレキサンドリアのビーチ。左手奥に見えている塔が、世界七不思議の一つ、『ファラス島の灯台』。かつて常に明かりが点っていた。

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↑アレキサンドリアの円形劇場。アレキサンドリアはグレコローマン時代の遺跡が多い

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↑アレキサンドリアのホテルの窓から。海浜幕張ではないです、アレキサンドリアです。

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↑改修工事中だったアレキサンドリアの駅。この街のタクシーの色は黒&黄色。(カイロは黒&白) アレキサンドリア出身の女友達(左)に街を案内してもらいました。顔が真っ白なのは、エジプトの写真屋の技術のせいです。

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↑カイロから走る長距離電車

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