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20001001 トランジスタ

 トランジスタ$${^{*1}}$$は発明されたのだろうか、発見されたのだろうか。

 発明$${^{*2}}$$は新しく考え出し、作り出すことである。発見はまだ誰も知らないことを初めて見いだすことである。トランジスタの場合、あまりにも世界に影響を及ぼしすぎているので単なる仕組みの発明で片付けられないような気がする。

 しかもトランジスタは電球や印刷などの機械的な組み合わせによる新しい仕組みではなく、半導体結晶の性質の特性を引き出すような仕組みである。
 トランジスタの発明のきっかけは電話交換機の信頼性の向上であった。まだトランジスタのない頃は遠隔地からの来る電話の音声を増幅する手段は真空管$${^{*3}}$$に頼っていた。また急激に増大する電話回線の切り替えスイッチをどうするかも課題となっていた。

 ベル研究所$${^{*4}}$$の電子管部長だった マービン・ケリー$${^{*5}}$$は後にトランジスタを発明した三人$${^{*6}}$$のうちの一人となるショックレー$${^{*7}}$$を呼び、こう言った。「いくら年月がかかってもいい。真空管と全く違った概念の増幅器を作って欲しい」。
 当時、鉱石検波器という結晶を使ったレーダー用の固体電子素子があった。検波作用は真空管でも実現できたが、レーダに使う信号は微弱で高周波なので検波するには高性能な鉱石検波器が使われていた。ショックレー$${^{*8}}$$は次の増幅器は結晶を用いたものだと考えたのであろう。この検波器の性能を高めるには結晶がどうあるべきか、結晶の電子的性質の本質は何かを研究していった。

 研究の途中で、ある仮説が考え出された。結晶というものは「内部とその表面とでは電気的な性質が違う」と考えられた。そう考えたのはショックレーの部下でありもう一人のトランジスタ発明者となるバーディーン$${^{*9}}$$であった。この仮説を証明するため、色々実験している内に三人目の発明者となるブラッテン$${^{*10}}$$のちょっとした実験の失敗から、ショックレーは結晶の増幅作用発見のきっかけを見出した。

 そしてついにトランジスタ作用$${^{*11}}$$はショックレーらの鋭い洞察力により発見された。つまりもともと半導体結晶に備わっていた特性を才能のある研究者が見つけ出したのである。

 夏目漱石$${^{*12}}$$の夢十夜の第六夜$${^{*13}}$$に出てくる仁王を彫る運慶$${^{*14}}$$のようなものである。もともと木の中に潜んでいる仁王の像を鑿(のみ)を使って、土の中から石ころを出すように間違いなく彫り出していく。同様に、もともとある結晶の性質を正鵠を射た研究方法によって掘り出していったのである。

 結晶の電気的な増幅作用を取り出すためのトランジスタの仕組みは自然そのものではないが、こう考えていくとやはり発明というよりは「発見された」と言った方がいい。

*1 トランジスタって何?
*2 特許法
*3 真空管 ラジオ のページ
*4 Bell Labs Innovations
*5 Bell Labs After the War and the Discovery of the Transistor
*6 John Bardeen
*7 Shockley Invents the Junction Transistor
*8 TIME 100: Scientists & Thinkers - William Shockley
*9 John Bardeen
*10 Walter H. Brattain - Biography
*11 トランジスタって何?
*12 現在製造しているお札
*13 夢十夜
*14 学報1 運慶の作品

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