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罪に咲く花

人は生まれながらにして罪を背負っている

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家庭円満、仕事は順調、家事も子育ても彼女が中心だがうまくいっていた。唯一の問題は二人目がなかなか恵まれなかったこと。安全に生むことのできるリミットまであと少ししか時間がなかったので、彼女は焦っていた。

タイミングを逃さないよう、医者から指示されたとおりにした。排卵日の1日前の夜だった。二人で歯磨きをした後、彼女はパジャマをおろした。濡れていなかったので夫が唾をたらして性器を挿入した。寝室の子供に気が付かれないよう、声をひそめて動いた。洗面台の鏡越しに、眉間にしわを寄せた夫の顔が見えた。

夫が行為を途中で止め「苦痛だ」と言った。見ると夫の性器はしぼんでいた。性欲も雰囲気もない中、子宮に精子を吐き出させる行為。お互いにキツいことはわかっていた。声をかけようとしたが夫はそのまま出て行ってしまった。尻を出したまま彼女は泣いた。

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夫婦の都合など気にもせずにコロナの波がやってきた。自宅勤務が増え、家族水入らずの時間が増えたが、夫婦間には気まずさが残っていた。仲を正常に保つには子作りをしないことしかなかった。二人目を諦めたことで家庭円満を続けることができたが、彼女の心に深い傷を残した。

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コロナ禍、日々は刻々と過ぎていった。テレワークが日常になり、仕事の感覚が変わっていった。オンラインで常に監視されている窮屈な感じ、仕事をし続けないといけないような焦燥感、ミーティング中の作り笑顔のせいで頬がつりそうになった。不自然な自然がそこにはあった。

気持ちよく仕事ができるようにと彼女はわずかな癒しを取り入れようとした。パソコンに向かっている間、五感の耳だけが自由だった。テレビやラジオは毎日コロナ関連のことを伝え、聞いてて気持ちが滅入ってしまう。いろいろ試して、ポッドキャストに出会った。

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いつでも、どこでも、自分のペースで聞くことができた。気に入った内容は配信されたものを過去のものまでさかのぼって聞いた。様々なジャンルを一通り聞いて、緩やかな時間の流れを感じさせてくれる田舎暮らしをしている男性配信者のリスナーになった。

都会の窮屈な生活からは考えられないようなのんびりとした時間が彼の声で伝わってきた。重く低い彼の声を聞くとドキドキした。夫の声は高く、相対するようなタイプを自然に選んだのかもしれない。

始めは一人のリスナーとして聞いていたが、もっと彼を知りたくなりSNSをフォローした。直接メッセージを送ると、よくあることなのか、あっという間に連絡先を交わす仲までになった。

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初めて電話したとき、ダイレクトに反応してくれる彼の声に彼女はとろけた。耳元で甘く囁かれて脳に刺激が走り、そのまま脊髄を通って下腹部に落ち、子宮まで痺れるような気持ちになった。

その後も何度も連絡をとりあった。彼は、独身できままな田舎暮らしのことを伝えてくれた。彼女は自分が既婚者であることも話をしたが、特に気にする様子もなく、逆に様々な意見を求められ話は絶えなかった。

家庭の話から、家族構成、夫の話、子供の話、二人目の話、セックスレスの話。男女の話が弾まれば性を意識しないことはない。いつの間にかテレフォンセックスまでするようになっていた。

お互いに中間地点まで移動すれば短い時間だが会うことが可能だった。声だけでは満足できず、会いたい気持ちが二人を動かした。出会ってすぐにホテルへ。初めて会う彼から発される声。声に抱かれ、声に犯され、声に飲み込まれた。

夫以外の男性とのセックスは快楽そのものだった。子作りでもなく、夫婦の恥じらい合うものでもない。全てをさらけ出しまぐわい性の喜びを知った。蕾だった彼女の体は、彼との行為で花開いた。

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駅からの通りには雑貨店やおしゃれなお店が並ぶ。ビルの外にある階段を上がる途中、二階のカフェでノートパソコンを打ち込む女性客がガラス越しに見えた。僕が待ち合わせであることを店員に告げると、窓際の席に通された。先ほどの女性がパソコンをしまい、挨拶してくれた。

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夫の朗らかで甲高い声を聞くと耳障りだがパッと明るくなる瞬間がある。周りまで楽しくしてくれるそんな雰囲気に、彼女は罪悪感を感じるときがあるという。子供に対してお母さんをちゃんとできているか?不安に感じることもある。このまま付き合っていると彼が婚期を逃すことになってしまう。障害になっていると悩むこともある。

「それでも、快楽が忘れられないんです」

そう言いながらはにかんだ彼女の笑顔は憂いにあふれ、もろく崩れそうに見えた。

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今夜も彼の声がポッドキャストで流れる。彼女に語りかけているようにも聞こえるし、他の誰かに伝えているのかもしれない。彼女が聞くことも、聞かないことも自由だ。スマートフォンは誰の手にもある。


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