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優しい愛撫から激しい抽送に変わり、寝袋は汗だらけになった。新鮮な空気を吸いたくて彼女は裸のままテントから外に出た。彼もあとに続いた。真っ暗な宇宙(そら)が広がる。二人を隔てるものは何もない。そこでまた一つに繋がった。満天の星空のもとでのセックス。何光年も離れた星たちだけが二人を見ている。非日常における感動は、日常に留めておくことが出来ない。刹那の快感が震えるように湧きあがり彼女の体を駆け上がっていった。

訴えられるかもしれない。初めての不倫は始まって4ヶ月後に相手の妻にバレた。彼女はすぐに知り合いの弁護士に相談した。それが功を奏し示談で済ませることが出来た。慰謝料は男が肩代わりしたので金銭的な痛手もなかった。何事もないように全て終わった。しかし、始まってしまったことで彼女は何かを失った

男とは取引先の会社で出会った。共同プロジェクトを一緒に進める仕事仲間だった。開発チームだったので人員はおらず、泊まり込みの仕事もあった。仲が良かったから、二人だけの時に男が誘って来ることもあったが、お互いに既婚者だったので彼女はそっけなくしていた。けれども仕事が深夜になっても終わらずクタクタになり睡魔に襲われたとき体を許してしまった。それがきっかけだった。

付き合っていたときのことを彼女はあまり覚えていなかった。男からは頻繁にメッセージが来ていたが、そっけない返事をしていたし、実際に逢瀬したのは3回しかなかった。弁護士からも深い付き合いではなくてよかったですね、と言われたぐらいだ。それでも彼女から男を好きという感情はあった。

その後男は離婚した。示談の際の合意書にのっとり、男と連絡を取ってなかったが、同じ業界なのですぐに伝わってきた。それを聞いて彼女は深く落ち込んだ。男は離婚というリスクがあることもわかって付き合っていたが、彼女はそんなことをつゆにも思わなかった。強い意思を持って一線を越えていなかったことに彼女は不甲斐なさを感じた。

もともと、夫に愛を感じていなかったからの行動ではなかった。恋愛して、同棲して、結婚して、夫とは一生のパートナーになったが、お互いに仕事に忙しくしてそれぞれ独立した生活をしていた。新しい家族を望んではいたがなかなか出来なかった。夫から求められることが極端に少なかったから。だからといって、離婚して別のパートナーと再スタート切ることなど考えたことがなかった。

人生を変えることまで考えて不倫相手と付き合っていけるだろうか。そこまで人を愛することができるだろうか。彼女は自分に問いかけた。答えは出なかった。わかったのは男のことを好きだったということ。その男を失うことによってできてしまった虚無感。この大きな穴を塞いで欲しかった。

彼女はその穴を埋めるため多くの人に会った。ラグジュアリーな時間を与えてくれる人。愛人のようなゴージャスな付き合いをする人。しかし彼女の穴を埋めてくれる人はいなかった。夫が埋めてくれるのであるならば拒むことはない。しかし求められることは相変わらずなかった。

仕事に没頭した。彼女は今まで興味関心がなかったSNSを駆使して様々な情報を手に入れようとした。自分の周りにたくさんの出来事が並べられると穴を埋められるような気がした。

彼女が幼少の頃、親に連れられて登った山。その山の写真がSNSに掲載されていた。登り切った時の達成感と爽快感で山に魅了された。その後多くの山に登ったが、結婚後は行かなくなった。子供が出来たら一緒に登りたい、それまではと思う気持ちがあったから。山岳写真だけではなく彼女が気になる情報を多く有する投稿者だったのでフォローした。すぐに連絡がきたときは引いてしまったが、活発にサークル活動をしている人だったので勧誘も理解できた。ほどなく一緒に山へ行こうと誘われた。人となりがわからないと山に登っても楽しくないと思い、二人で食事をした。デザートの後のコーヒーはレストランではなく部屋で飲んだ。

夏の銀座の日差しは強烈に感じる。喫茶店の個室で彼女が待っていてくれた。最近話題の元アイドルの女優に雰囲気が似ていたのでそのことを伝えるとはにかんでくれた。終始、僕が汗ばんでいたのはクーラーが効いてなかっただけではなかったのかもしれない。

その後、夫との間に子供ができた。夫は子供を溺愛し、日々子供中心に生活をしている。たまに彼のところに子供を連れて行くと自分の子のように可愛がってくれるそうだ。

彼女の穴は埋まった。家庭、仕事、山、彼。何一つ不自由がない。このバランスを保ったまま生きていく。もしも彼がいなくなろうとも、あのとき一緒に見た満天の星空が彼女を満たし続けてくれるだろう。


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