旅とわたし

「あんたが跡取り息子やね。」

この一言が僕にとって"旅"に一歩踏み出した最初のきっかけかもしれない。

僕の家は、四国の香川にある父で4代続くお花屋さんだ。
両親が共働きでお店の上が家ということもあり、小さいころからお店が自分にとっての遊び場だった。
当然お店にいるので、遊び相手はお客さん。
常連さんが多く、いつも僕を可愛いがってくれていた。

そして、期待を込めてだろうが文頭の一言をみんなが言ってくれた。
期待してくれているのはすごくありがたいことだけど、これを言われるたびに自分の中で強烈な違和感があった。

「なんでこの人たちに自分の人生を決められないといけないのか」

この原体験が漠然と、「自分の人生は自分で決めたい、自分のやりたいことをしたい」と思った。

そして、もう一つのきっかけが「地理」が好きだったからだ。
小さいころからお風呂で消える地図や家にあった地球儀で遊んでいたことが影響して地理が大好きになり、得意になった。

授業中など暇があれば地図帳を読みふけっては、勝手に一人で地名当てクイズなどをして内心ニヤニヤしていた。
今思えば周りから見ると相当気持ち悪かっただろう。笑

個人的に「地理」の面白さは、学べば学ぶほど実世界に一番直結する学問だという点だ。
地名や世界遺産、気候などを学ぶことで、その街や国の文化や歴史を知ることができる。
民族や農作物、資源の生産量などを学ぶことで、民族問題や環境問題なども知ることもできる。
そして、僕は「地理」の魅力にハマってしまい、学べば学ぶほど「あの国に行ってみたい」「〇〇を食べてみたいな」「黒人って本当に黒いんかな」といつか海外に行きたいと思うようになっていった。

そして高3の冬、僕にとって”旅”を決定づける出来事があった。
高3の冬といえば、大学受験真っ只中。
一応田舎の進学校に通っていた僕は、「いつか海外に行きたいなー」と漠然と思いながらも周りに流れされるようにテンプレートのような受験生活を送っていた。

「いい大学に行って、いい企業に入る。」

"いい"大学とは、"偏差値の高い"大学。
”いい”企業とは、"みんなが知っている"企業。
のことだ。
それ以上でも以下でもなかった。
周りの環境がそうだったので、違和感を抱くことなく日々を過ごしていた。

そんなある日、当時めっちゃ流行っていたFacebookのタイムラインで大学生の先輩の友達?の投稿が流れてきた。
その投稿に書かれていたある一言が僕の人生を大きく傾けた。

「世界一周」

衝撃だった。
世界一周って?しかも大学生が?お金はどうするの?バックパック一つで?休学って何?
衝動に駆り立てられるように、その日に本屋に行き「はじめての世界一周」という本を買い、その日はずっと自分が受験生であることを忘れるくらい読みふけった。
そこには調べれば調べるほど、自分が知りかった世界、やりたいことが全て詰まっていた。

「おい、まじかよ。これって俺がしたいこやんけ。これで全部できるやん。」


確信に変わった僕は、決意した。
「大学生になったら休学して世界一周をする」

そして、勢いそのままに卒業式でみんなの前で堂々と宣言した。
「俺、大学生になったら休学して世界一周に行きます!何年か会えないと思いますが、みんなまたいつか会いましょう!」

みんなにめっちゃ笑われた。
当時誰一人として、自分が世界一周に行くとは思っていなかったと思う。

自分一人を除いては。
それが逆に僕の決意をさらに固めた。

一応書いておくが、受験生にとって大事な時期に「世界一周」に魅了されてしまった僕は、見事にセンター試験を失敗した。
辛うじて合格したのは、滑り止めで受けていた大学だけ。
周りと比べると負い目があったし、浪人という選択肢もあったがそのときの僕は「一刻も早く大学生になって世界一周をしたい」と、幼少期の「自分の人生は自分で決めたい」という2つの想いから浪人せずにその大学に行くことに。

大学に進学してからは世界一周はもちろんだが、「今しかできないことをしよう」と決意し、色んなことに挑戦することにした。
バイト、サークル、学生団体、チャリで500km爆走、富士山登頂、ヒッチハイク、漫才大会出場、インターンシップなど自分が面白い、カッコいいと思うものを片っ端からやった。

そして、世界一周に向けての最初のチャレンジとして「世界一周コンテストDREAM」というコンテストに挑戦することに。

DREAMは、すべての学生に世界一周のきっかけを与えるプレゼンコンテストです。世界一周を夢見る学生がその想いをプレゼンし、最も聴衆の心を動かした方には、最優秀賞として世界一周航空券が贈呈されます。
他にも、世界一周者や他の参加者と出会える「参加者交流会」など、世界一周の夢が実現するような出会いの場や、情報提供の仕組みをたくさん用意しています。である。
参照:https://bpf.tabippo.net/2019/dream/

僕のテーマは、「おにぎり握って世界一周」

なぜおにぎりなのか?
「日本の有名な食べ物といえば?」と海外の人に質問したり、日本人が質問されたりするとほとんどの人が「寿司!」と答えるだろう。
確かに寿司はおいしい。僕自身も寿司は大好物の一つだ。

でも、ちょっと待ってくれと。
「寿司も有名やけどおにぎりもあるやん」と。
てか、消費量だったらおにぎりのほうが多いやん?みんなコンビニでおにぎり買ってるやん(笑)
なのに、海外に行くと途端におにぎりが忘れられるこの現状。

これが僕にとってすごく違和感だった。
おにぎりだって普通においしいし、日本のソウルフードであり、ファーストフードなのに。

日本を代表するソウルフードである「おにぎり」を世界中の人に知ってほしいし、食べてほしい。

書類審査、WEB投票、スタッフや社員さんへのプレゼンと色んな方に助けてもらい、応援してもらってなんとか決勝のプレゼンへ進出することができた。

そして、決勝プレゼン。
会場には2000人のお客さん。
7分間のプレゼン一発勝負。
当時のことは極度の緊張で全く覚えていない(笑)
ただただ、世界一周とおにぎりへの想いだけを伝えた。

なんとか運?も味方して優勝することができた。

なんとも言えない気持ちになった。
優勝するつもりでいたが、まさか優勝できるとは。
みんなから応援してもらい、「世界一周航空券」

そして2016年4月、とうとう僕の世界一周が始まった。
高校生のときに初めてその言葉に出会い、魅了され、憧れ続けた「世界一周」のスタートだ。



憧れの世界一周を前にしてなのか、美人のJALスタッフの方と記念写真を撮れたからなのかは分からないが、出発前の僕はワクワクしていた。

最初の国はタイのバンコク。
大学生になって初めて友達とバックパッカーをしたのが、タイだった。
そして、東南アジア、インド、中東、アフリカ、ヨーロッパ、南米、中米、北米の順に29カ国60都市以上を221日間で旅をした。
旅中は、アフリカ縦断やヨーロッパヒッチハイク、オリンピック観戦、アメリカ大統領選挙観戦、もちろんおにぎりを握ったり販売もし、何物にも代えがたい経験を得ることできた。

と、まあこんな感じで自分の旅の内容はこれくらいで大丈夫だろう。
世界一周の内容を切り取って書くとなると新書1冊分は優に超えそうなのでそれはまた別の機会にしよう。
大事なこの旅を通じて自分がどう感じ、学び、これから生かしていくかを書きたいと思う。

旅をして、世界一周をして学んだこと。
それは、旅はきっかけに過ぎないということ。

この一言に尽きる。
大枠で捉えると旅で人生が変わったと言えるかもしれないけど、それは大げさだと個人的には思う。
語弊を承知で言うと、僕自身世界一周は楽しくなかった。
めっちゃ楽しかったけど、思った以上に楽しくはなかったが正しいかも。
自分の世界一周へのハードルが高すぎたからかもしれないけれど、自分が思い描いていた以上の世界一周は目の前にはなかった。

見るものが初めてで、ゾクゾクワクワクするような刺激あるキラキラな毎日があると思っていたが、実際はなかった。
あったのは、2割がそのキラキラな毎日で8割が平凡な日々。
平凡な日々とは、移動時間や宿での滞在時間。
その時間ですることはブログを書いたり、読書やマンガを読んだり、YouTubeを見たり。
究極を言うと、日本でできることばっかりだ(笑)

でも、旅は僕にきっかけや気付きを与えてくれた。
※大事なことなので2回言います。

"旅"そのものは面白くない、何事も面白くするのは"自分自身"であるということ。

旅は僕に毎日きっかけやチャンスを与えてくれた。
自分の解釈や捉え方次第で、一つの物事が180度変わることだってある。

例えば、道に迷ったとき。
これをただの時間の無駄を捉えるのか、何か新しいものに出会えるかもと捉えるのかで全然違う。
もしかしたら道に迷ったことがきっかけで、めちゃくちゃおいしいご飯屋さんを見つけるかもしれないし、同じ道に迷っている人と出会って話す中で意気投合して一生の友になるかもしれない。

すごい些細なことかもしれないが、こんな経験を毎日できるのが旅の特権であり醍醐味だと思う。

今置かれいている状況をどうしたら楽しく、ワクワクするものにできるか。

僕はこの旅がきっかけで、この物事に対する解釈や捉え方の大事さという至極当たり前な気づきを得ることができた。

だからこそ、今改めて旅を振り返るといつも考えることがある。
「あの世界一周を自分次第でもっと楽しく面白いものにできたはずだ。」
でも、当時21歳のピチピチ大学生だった僕は旅中にこんなことを気づくことはできなかった。ここだけ正直ちょっぴり後悔している。(笑)

だからこそ、今後将来を考えていく上で、自分の物事に対する解釈や捉え方、分かりやすく言うと価値観の幅や引き出しを増やすことができる環境に身を置きたいと考えるようになった。

これが世界一周から帰国し、肩書が"バックパッカー"から"就活生"へとなった僕の軸である。

そして、僕は今の会社を選び、働いている。
まあ軸と言ってもすごい感覚的なものなので説明するのが難しいが、この選択に全く後悔はない。
毎日壁にぶつかり、できない自分と対峙し、逃げたくなりながらも、新たな気づきや価値観を周りの人や環境から気づかせてもらっている。
少しずつだが、前進している自分がいる。

旅で人生は変わらない。
でも、自分の人生を変えるようなきっかけや気づきを旅は与えてくれる。

今の自分があるのは旅に出て色んな人と出会い、色んな経験をしたからこそだと思う。
「世界一周は楽しくなかった」とは言ったが、旅には本当に感謝している。

これを書きながら、また旅したくなってきた。
次はどこに行こうかな。

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