血友病vs川崎病vsダークライ 10日目

9日目はこちら


この日は比較的スムーズに起床でき、洗濯物や朝食の準備を進めていると、旦那さんがわたこを抱っこして降りてきたので、嫌な予感がした。
わたこは、基本的に寝起きがよく、ひとりで起きてくる。親の声かけで起こされたときも、ぐずることはほとんどなく、「おはよう〜」と言って自分で準備を始めてくれる。そのわたこが抱っこされているということは、朝から何かあったということだ。
「腰が痛くて歩けないって」
と旦那さんは困ったように言った。

わたこは、持病という程ではないが、なぜだか寝起きに骨や筋肉を痛がることが多い。大体は寝違えたかな?と思うような箇所なのだが、毎回泣くほどの痛みを訴えるので、念のため小児科や整形外科にお世話になっている。ひじも4、5回外れたり外れかけたりしており(肘内障)、3回目くらいでかかりつけ医にやり方を教わり、私も治せるようになってしまったくらいだ。
今回は腰、というか背中であったが、まず立てないということで、登園は到底無理そうである。

今日をどう乗り切るかの緊急会議が開かれた。

まず、旦那さんは午後にどうしても抜けられない仕事があること。それから、わたこの移動には自転車は好ましくなさそうなこと(背中の痛みが悪化しそうなため)。私は、心エコーがどうなるかにもよるが、看護師さんとの相談次第で早めに帰って来られそうなこと。
それらを踏まえて、今日は電車で面会へ行き、午前午後でわたこの看病を入れ替わる作戦とした。

幸いにして、事情を聞いてもまめこは「まめちゃんひとりでもいけるよ!」とお姉ちゃんモードを発動してくれていたため、すんなりと保育園に預けることができそうだった(ずるい!私も休む!!!となる場合もある)。旦那さんはまめこを保育園へ送ってからわたこと整形外科へ、私は歩いて駅へ向かうこととなった。
いつもより長く歩くので、ガードナーベルトを巻きなおしながら「親子揃って…」と情けない気持ちになっていた。こんな日に限って今にも雨が降り出しそうな天気で、傘をもって出発した。電車に置き忘れませんように。


信号待ちで、子どもの背中の痛みについて少し調べてみようと検索ボックスに「幼児 腰痛」と入れると、予測されるワードに「白血病」と出てきたので嫌な汗をかいてしまった。もちろん、子どもが体を痛がったからといって真っ先に結びつくような病気ではないことは百も承知だが、どうしても最悪の想像をしてしまう。その病気は、今、身近すぎる環境にある。
血友病の治療でかかるのは、「血液内科」「血液腫瘍科」といった、白血病・小児がんなどと同じ診療科だ。映画やドラマではなく、現実の、すぐそこの、文字通り隣の部屋に、恐ろしい病気と闘っている子どもたちがいるのだ。たんたの主治医も、急性リンパ性白血病をはじめとする小児がん治療の権威である。

駅へ向かう途中に大きな神社がある。わたまめがお宮参りや七五三でお世話になってきた神社だ。たんたは寒い時期に生まれたので、お宮参りを先延ばしにしていた。
吸い込まれるように境内に入り、小走りで拝殿の前まで進んだ。お賽銭箱に千円札を捻じ込んで、二礼二拍手一礼、家族の健康だけを祈った。お正月に大吉を引かせてくれたじゃないか。厄年なのだから、厄は全て私に降れ。

苦しい時の神頼みとはよく言ったものだ。



電車の中でも、闘病のブログなどをあれこれ閲覧してしまって重たい気持ちになっていた。病院の最寄駅に着き、傘は持って降りることができたが、改札を一歩出ると外は小雨に加えて強い風が吹いており、傘などさしてもあまり意味がないような状況だった。どんどん気持ちが落ち込んでしまう。

私が病院に着いたころ、旦那さんとわたこも整形外科に到着したようで、「病院に入ったらよたよたと歩いています」と連絡がきた。少しは動けるようになったようだ。
いつものようにバイタルチェックにやってきた日勤の看護師さんに事情を伝えると、「了解です、大丈夫ですよー!」と明るいお返事で、お風呂も私が入れられるように午前中に予約を入れたりと配慮してくださった。「お姉ちゃん、大丈夫だといいねえ」と話しかけられながら、血圧計を巻かれるたんた。毎日見ていてわかってきたことだが、たんたは体温計も聴診器もニコニコしながら受けられるのに、血圧を測られる瞬間だけスッと真顔になる。やはりあの圧迫される感じは嫌なのだろう。泣きはしないところが、ちょっと笑えてしまう。

血圧計といえば、様々な子ども対応するため、サイズの異なるベルトがたくさん用意されていることにも驚いた。たんたの腕の太さは微妙らしく、計測しようとした看護師さんが調節のため別なサイズに交換する様子も何回か目にした。掲示板に貼ってあった献立表の種類の多さを見たときにも感じたことだが、これだけ一人一人に合わせた治療や支援を提供できるのは、たくさんの人の協力と工夫があってのことだろう。

方法を考える人、形にする人。道具を作る人、使う人。目に見えない繋がりが世の中を支えていることを心に留めておきたいなあ、と思い。少し元気が出てきた。



その後旦那さんからの報告で、レントゲンで骨に異常は見られなかったので、筋肉か靭帯を痛めたかなという診断だった。リハビリの部屋でおじいちゃんおばあちゃんに混ざって背中に電気を流してもらい、くすぐったがっているとのことで、まあ元気なのだろうと思った。

一緒にいられる時間がいつもより短いこともあり、散々遊んだり絵本を読んだりして過ごした。お風呂などを終え、たんたが深めの眠りに入ったので、お昼ご飯を食べながらこの後の動きを考えるなどしていた。心エコーは立て込んでおり、今日中には呼ばれない可能性が高いという話だった。たんたが目を覚ましたら、もう一度授乳をして、帰ろう。

部屋に戻ると、清掃の方が入っていた。たんたのお世話がひと段落して外してあったガードナーベルトを椅子にかけており、「あ!これテレビか何かでみました。どうですか?いいですか?」と訊かれた。
清掃のお仕事は、道具を運んだりモップをかけたりする動きで前かがみになりがちなので、腰に負担がかかるらしい。腰の痛みで整形や整体にもかかっているというおばさまと、思いの外腰痛トークで盛り上がってしまった。ベルトの使い心地の話をすると、とても興味をもってくださり、ガードナーの回し者みたいになってしまったが、楽しかった。こりゃもう今日は腰痛デーだな。子どもから大人まで、世の中で腰痛に悩まされる人が一人でも減りますように。



遊びすぎてしまったのか、たんたは長いこと目を覚まさなかった。このままでは旦那さんが午後の仕事に間に合わなくなってしまう、と時計の針をみながらやきもきしていた。かといって叩き起こすこともできれば避けたかった。なにも、授乳にこだわらずこの後はミルクでお願いします!と一言看護師さんに伝えればいいだけなのだが、そこは複雑な母心である。
結局、これ以上は引っ張れない、というタイミングでたんたがもぞもぞし始めたので、授乳してから病院を出ることができた。なんとたんたはその後も眠り続けていた。

病院の出口から駅のホームまでは、徒歩で8分ほしいところだが、次の電車までは5分しかなかった。走った。妊娠後期からと考えると、半年ぶりくらいに、めちゃくちゃ走った。産後、体は軽くなっていたが、体力と筋力は悲しいくらいに落ちていた。
なんとか間に合って、肩で呼吸をしながら座席に座った。酸欠で頭が痛いし、ふくらはぎが震えている。お昼の電車は空いているので助かった。

10分後に乗り継ぎがあるのだが、10分経っても息が完全には整っておらず、胸のあたりが気持ち悪かった。老いだ、老いを感じる。たんたの入院生活が終わったら、絶対に運動を始めよう。そうだ、フォロワーランナーたちの流れに乗っかろう。このままではやばい。



筋肉痛を予感しながら、最寄駅から徒歩で家に帰り着いた。
旦那さんは、無事に仕事に向かった。

わたこはというと、普通に歩いていて、なんなら走ることもできるようで拍子抜けした。「背中ビリビリしてもらったんでしょ?」と訊くと、「くすぐったかったんだよ〜」とけらけら笑っていた。どこまで本当かわからないが、本人曰く電気をかけてもらったのがかなり効いたらしかった。その後は湿布を貼って様子見とのことだった。なにはともあれ、大したことがないのであればよかった。
そういえば、わたこの大好きなスーパー銭湯に電気風呂がある。入るとビリビリする、という雑な説明をしていたので、これまで入りたがることもなくスルーしていたが、腰痛デーだし丁度いいと思い「あれ、実は腰とか肩とか痛いところに効くように電気が流れてるお風呂なんだよ」と教えてみた。わたこは、全ての謎が解けたコナンくんのように目を見開いていた。そして、今度行ったら入ってみたいと意欲を見せていた。よし、一緒に痛みを駆逐しようではないか。


夕方、まめこは迎えにきたのが私だと知るととても喜んでくれた。確かに、保育園の迎えにきたのは久しぶりで、先生方からもたくさん声をかけられた。口が達者な娘たちのおかげで、二人に話したたんたの様子はほとんど先生方にも伝わっているようだった。入院初日に電話を受けてくれた先生は、ずっと気にかかっていたらしく、もう少しで退院できそうだと話すと自分のことのように喜んでくださった。

旦那さんが、午前の仕事(+先週から続くお迎えで残業できなかった分)を取り戻すべく、今日は遅くなるとのことで、夕飯から眠るまでわたまめと私の三人で過ごした。これも久しぶりのことだった。
たんたが生まれる前は大変だと思っていた夜のワンオペ育児だが、三人目が居るバージョンのワンオペを体験した後の世界線の私は、はて、こんなに楽だったかしらと驚いた。わたこもまめこも、自分でご飯を食べ、自分でパジャマを着、自分で階段を上がって寝る準備ができる。充分すぎるくらいだった。

絵本を読み終わって部屋の電気を消すと、まめこが誕生日プレゼントにあげた目覚まし時計のライトをつけてニコニコしていた。「ママ、おつかれ」との言葉がじーんと胸に沁みた。


11日目に続く





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?