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養鶏場惑星 #3#4

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3。 フィスト


 改札口前で出会った考え屋の言葉を突然思い出した。
『噴射口が閉じきらない内に、自分の肩口まで奥深く腕を突っ込むんだ。そしてその手でアストレインの内壁を掴む。』
 どうして、それを思い出したのか、、。
 信じられない事に今、僕の目の前にあの「お気に入り」があるからだった!
 お気に入りが現れた事は、「奇跡」の実在の可能性を示している。
 願っても決して叶えられない筈の事が起こる、それが「奇跡」の本当の意味だ。
 願いを誰が叶えたか、神?神なんていやしない。
 それがどうして起こったか?理由や原因なんて関係ない。
 つまり「奇跡」、それ自体が、意味であり価値なんだと思う。
 だからそんな気になったんだ。
 でも僕は考え屋のような馬鹿じゃない。
 僕がしたいのは、この世界から逃げ出す算段じゃなくて、お気に入りのアストレインをじっくり鑑賞する事だ。
 そうさ、女の子を好きになったら、相手のことをすべて知りたくなるのと一緒だ。
 僕は、僕の内側から、わき上がってくる猛烈な餓えを押さえるのに苦労した。
 その飢餓感に流されては、やっと出会えた「お気に入り」の姿を一瞬しか見ることが出来ない。
 豚は目の前に食べ物を置かれたらそれ以外の事は考えられない。僕は豚よりは少しはましな筈だ。
 じっと我慢するんだ。一食ぐらい抜いたって死にはしない。
 僕の「お気に入り」の噴出口がゆっくりと隆起し始める。
 その中央から白いものが押し出されるように顔を覗かせる、マッシュポテトだ。
 僕のお腹は条件反射でググゥと鳴き始めた。
 でも我慢するんだ。
 次の瞬間、僕は大量のマッシュポテトの噴流で押し流されていた。
 いつもならそのまま床に這い蹲ってマッシュポテトを貪り食うのだが、今日の僕は、膝まであるマッシュポテトの海から立ち上がる事が出来た。
 全ては「お気に入り」の噴出口の蠱惑的な動きと、アストレイン自体が見せる豊潤な色彩と形状のお陰だった。
 何だろう?このアストレインの形と質感は、、僕に戻ってこいと誘っている、、いや、何処へかは判らない。
 僕はその「お気に入り」に頬ずりをするべく、アストレインに近づいていった。
 アストレインの表面はヒンヤリとしていた、その癖、それは機械の表面等の無機質な冷たさではなかった。
 アストレインはずっと金属で出来ていると思っていたけれど、そうじゃないのかも知れない。
 こいつは一体何で出来ているんだろう?僕は自分の全身を強くアストレインに押しつけてみる。
 とても気持ちが良かった。ガムの服を着ていてもこれなのだから裸ならどんなだろう。
 そう思いながら僕は、チェリーレッド色のガムで覆われた右手でアストレインの噴出口を弄った。
 その手は濡ら濡らとテカった淫靡な生き物のようで、何だかいやらしく見えて僕の手じゃないみたいだった、、、そして、驚いた事に、僕の手の接触で噴出口がビクンと震えたのだ。
 僕は熱にうなされた子どものように、自分自身の行為も定かでないまま、ガムに覆われた腕を、思わずアストレインの噴出口に押し込んでしまった。
 それは最初、強い動物めいた抵抗を示したものの、暫くすると僕の腕の侵入を許したのだった、、。
 噴出口の内部は熱かった。
 そして僕の腕を快く締め上げていた。
 僕は思わずアストレインの表面に身体を強く擦り付ける。
 すると驚いた事に、アストレイン自身が蠕動したのだ。
 アストレインが僕の愛撫に反応したのだろうか。

 いや、違った。アストレインがプラットホームから離岸する時刻が来たのだ。
 知らぬ間に、10分経ったという事だ!
 僕はかたく目をつぶって、アストレインの噴出口に突っ込んだ腕の手で、噴出口の柔突起が感じられる内壁を掴んだ。
 考え屋のように、この世界から逃げたいわけじゃなかった。
 反対だ。
 このアストレインを逃がしたくなかったのだ。
 一瞬の後に、僕の周囲の空気が無くなった。
 そして何処か遠くの方で悲鳴が聞こえたような気がした。
 タイミングから考えて、その悲鳴は、おそらくこの世界から脱出すると言っていたあの考え屋のものだった筈だ、、、。
 彼は失敗したんだろう。隙間の間で身体を磨り潰されてミンチ肉、、けどそれは僕の姿でもある。
 次の瞬間、僕はアストレインの進行方向に背中を向けたまま、物凄い勢いで引き摺られて意識を失っていた。


4。 ドーム


 生きていた。それも五体満足で、たぶん、、。
 そして気が付いたら、僕の周りにはムーに出てくるような女性が沢山いた。
 数は少ないけれど多少は男性も混じっているようだ。
 彼らの服装は、見ている此方が頭が痛くなる程バラバラだった。
 僕らが普段ディドリームで身に付けている質素なトーガを着ている人間は一人もいない。
 その点だけが彼らの共通点だった。
 まるで100本のムーを一度に見ているような感じだ。
 そんな人々が、口々に何かキーキーと奇妙な声で喚き立てている。
 彼らのその様子は、一人一人がとても綺麗な姿をしているくせにとても不気味だった。
 歩き方がムーで見たペンギンに似ている。
 股関節が旨く動かないんだろうと思った。
、、、動かない。
  驚いた。
 動かないのは僕も同じだった。
 僕はこの奇妙な人間達のど真ん中で、エックス字形の十字架に、両足を開いた状態で、くくりつけられていたのだ。
 服は、ステーションにいた時のままのチェリーレッドのガムスーツのままだった。
 ガムスーツは見かけより丈夫なのかも知れない。
 不思議な事に、そんな事が判ると周囲を眺める余裕も出てきた。
 居直りと言うより、周囲を観察する以外に僕に出来ることがないと判ったからだ。

 ずいぶん大きな広間だった。
 僕たちが寝起きしたりムーを観るディドリームとは随分様子が違う。
 第一、どこを見ても排泄に使う「ホール」がない。
 つまり何処か別の所に「ホール」があるわけだ。
 ディドリーム以外では、そんな贅沢な居住空間の使い方がゆるされるのだろうか?
 その広間のあちこちで美男美女達がぎこちない動作で、何かを確かめるように、ありとあらゆる体位でSEX行為をしていた。
 中には大がかりな拷問器具にしか見えないもので、パートナーを無理な姿勢に固定して、じっと眺めているだけのカップルもいた。
 どの人間もムーで見たことがある人たちばかりだった。
 これが考え屋達が噂している「神々の宴」なのだろうか、、。
 だとするなら僕は違う世界に来たことになるのだが、、。
 でも僕は何処か納得が出来なかった。
 僕の目の前にいる人々は、確かに美しかったが何処か不完全だったからだ。
 天井を見上げてみる。
 あれは確かシステーナ大聖堂のドームだ。
 勿論、実物を見た訳ではない、3ヶ月ほど前に見たムーの一場面で覚えていただけだ。
 ムーのあらすじも、アクも覚えていないのに、それだけを覚えているのはその天井画があまりにも美しかったからだ。
 巨大なドーム型天井に、神々の群像と、神に選ばれ人差し指で指された一人の男の姿が描かれていた。
 ただ、ムーにあった天井よりも、ここのホールのものの方が遙かに大きい。
 この絵がここにある事に、何かの意味があるのだろうか?
 僕がそう疑問を感じた時、その天井が急に「薄暗く」なった。
 この現象を「電圧が落ちる」とムーのなかでは言っていたような気がする。
 ムーの中では大体「電圧が落ちる」と物語が急変するのだが、、。
 そして僕が縛り付けられているホールにも変異が起こった。

 僕の正面の方角にいる人々のてんでバラバラな動きが、意味を形作り始めたのだ。
 この感じは、、。
 そうだムーで例えるなら、「王様がやってくる」んだ。
 みんなは王様の為に道を開け、王様にひれ伏す。
 その王様が真っ直ぐ僕の所にやって来ようとしているのだ。
 王様の姿が見えた、知っている、あれはB・Bだ!
 何とムーの中のブリジッド・バルドーそっくりの王様だった。
 その隣に王様の側近の部下であるマーロン・ブランドがいる。
 彼はムーで見たギリシャ神話の賢人みたいな格好をしていた。
 勿論ムーなら、B・Bじゃなくマーロン・ブランドが王様だろうけど、目の前の二人は、威厳が全然違った。
 周囲の人々は、明らかにマーロン・ブランドではなくB・Bに怯えていた。
 B・Bがその存在感において圧倒的に勝っている。
 それに王様らしいケープを肩に掛けたB・Bの股間には真っ黒で立派な男根がそそり立っていた。
 臀部はタイツで覆われているから男根の根本は隠されている、だからそれは装飾品のような偽物なのかも知れない。

 マーロン・ブランドは、斥候の役目なのか、僕に近寄るなり、ガムマスクがぴったりと張り付いた僕の顔を弄り倒して観察し、次にガムスーツの胸の上から乳首をつまみ始めた。
 まるでそれらのやり方が、子どもが初めて見た亀なんかを弄るような感じで、あまり腹がたったから、僕はマーロン・ブランドに唾を吐き掛けてやった。
 彼は自分の顔に付いた唾を奇妙なものを見るように、指ですくいあげてから、目の前にかざして、何を思ったのかそれを口にもっていこうとした。
 その途端、B・Bが彼の手首を掴んだ。
 そしてマーロン・ブランドの手をスプーンのように、そこに付いた僕の唾を舐め上げた。
 僕の唾を味わった後、B・Bの顔がゆがんだ。もしかしたら笑ったのかも知れない。
 そしてB・Bは、目敏く、僕の唾がマーロン・ブランドの顔にまだ残っているのを見つけて彼に飛び掛かった。
 そうなんだ。まさに襲いかかったのだ。
二人は床に倒れ込んだ。
 体力的にはマーロン・ブランドが勝る筈なのに、B・Bが圧倒的に優勢だった。

 そしてマーロン・ブランドの頬に付いた僕の唾を、せせり出すために、昆虫の口のようなものが、B・Bの唇から飛び出しているのがちらりと見えた。

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