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The GORK  32: 「年下の男の子」

32: 「年下の男の子」

 田沼工場地帯を縦貫する主幹道路からそれて、奥まった支道をしばらく走っていると、ヘッドライトの光の中に、東洋ケラミック製造山那工場と印刻のある大きなプレートが、厳つい門と共に浮かび上がった。
 道は門前から左右に別れている。
 それを見て剛人さんは、GT2000の進路を左にとった。
 車の窓越しに工場の煉瓦積みの壁が、延々と続くのが見える。

「さっきのは、此所の裏門だ。正門の方は工場とは思えないほど豪華な作りだよ。勿論、正門から攻めるつもりはない。・・このまま進むと、暫く緩い上り坂が続いて、工場の背後に回り込める。そこから工場の敷地内に侵入するのが一番無難なようだね。」
「まだ、この工場は稼働してるんですか?ここに来るまで、殆どの施設は休業してて無人でした。」
 こんな無人の工場跡へ忍び込むのに、神経質になる必要はないのにと半分、僕はそう思ってた。
「いや、ここもご多分に漏れずさ。ただ、どの施設もそうだが、完全に放置されている訳じゃないんだ。一応、監視の目は光っている。実質、その殆どが警備会社のご厄介になっているが、それぞれの企業は施設に対しての管理義務をおっているからね。そういう意味でも、私たちのこれからやろうとする事は、不法侵入という事になる。」
「でも、ここが煙猿のアジトなんでしょう?」
 『僕たちは、それを暴くんだから、』、という言葉を、今度は直ぐに飲み込んだ。
 此所に煙猿がいるかどうかは判らない、それこそ結果の問題だった。

「どうやらここを任されている警備会社と、テンロンは裏で繋がっているらしい。そのパイプで、煙猿はここを自由に使ってる。それにアジトと言っても、煙猿が利用してるのはこの広大な工場跡のごく一部だけだろう。そして東洋ケラミックは、そういった事を何も知らないだろうし、これからも余り注意を払うとは思えない。企業が気になるのは、誰がここを買い取ってくれるかとか、転用の余地はあるかとか、まあそんなものだ。自分の気配を消せる人間には、絶好の隠れ家だろう。」
「煙猿の神出鬼没ぶりの秘密は、そんな所にもあるんですね。人間の営みのエアポケットのような所に旨く入り込んでいる、、。」
 車は、5分ほど工場の壁際に沿った形で走り、やがて工場内部の植林が生い茂って壁の外にはみ出しているような、まったく人手の入っていない場所に止まった。
 よく見ると、煉瓦積みの壁にもツタが絡まりはじめていた。

「外からは判らないが、ちょうどこの裏が東洋ケラミックの私設博物館になっている。ほら、ここら辺りの壁の上から、沢山、木の天辺が見えるだろう。あれは博物館横にある庭園の一部が見えているんだ。」
「よく調べましたね。」
「よしてくれよ。褒めるなら、これに協力してくれたある組織の下っ端達だ。まあ私も下見は一応したがね。」
「その私設博物館に、煙猿が潜んでいるんですか?」
「ああ、幽霊が出ると噂になっているのは、その博物館らしいね。それに野犬の群がいるのは、その側の荒れ放題になった庭園という噂話もある。野犬で侵入者を遠ざけ、幽霊で己の痕跡を誤魔化す・・さあ、行くかな。」
 剛人さんは車から降りると暫く、坂を見下ろす方向に顔を向けて、壁を撫でるように観察していた。
 外灯が鈍い光を周りに落としていたが、それは余り役に立っておらず、周囲の光景は圧倒的に陰の方が多い。
 しかし剛人さんは夜目が効くようで、それをまったく気にしていないようだ。
 でも僕は、この闇が怖い。

「懐中電灯を持ってくれば良かったですね。」
「懐中電灯の光は目立ち過ぎる。煙猿がそれを見つけたらどうするかな。逃げてしまうか、こちらに向かって来るか、、どちらにしても得策じゃない。だろ?」
「はい。」
「いい子だ。そんな風に、これからも私の指示に全面的に従ってくれ。そうすれば、ちょっとハードな道行きになるだろうが、私は最後まで君を守れる。さあ行くぞ。」
 さあ行くぞ、と言った途端、剛人さんは、壁に向かって斜めに交差するようにもの凄い勢いで駆け出した。
 壁に斜めに激突すると見えた瞬間、剛人さんは地面を蹴って跳躍し、その右足の側面を、壁のわずかな凹凸にひっかけ、今度は右脚全体の屈伸力で自分の体重をさらに垂直に押し上げた。
 いくら何でもその姿勢では、壁面からの反発力が働いて、垂直にジャンプし続けるのは無理だろう、と思えたその瞬間、剛人さんの右手が壁の頂点を掴まえ、今度は、その右手が剛人さんを引っ張りあげた。
 不思議な動きだった。
 ちっともスマートな動きじゃないのに、凄いことをあっけなくやり遂げてしまう。

 剛人さんが使って見せる骨法もそうだ。
 多分、西洋流の価値観にどっぷり浸かった僕のような人間から、それを見ると変に見えるだけで、剛人さんは凄く理にかなった事をしてるのかも知れない。
 外国人なら、こう言うだろう。
「彼は忍者戦士だ!」と。
 でもこのニンジャウォーリアーは、彼の可愛らしい弟子であるこの僕に、過酷な訓練を課そうとしているらしい。
 壁の頂上で腹這いになった剛人さんは、腰に隠して巻いていたロープをするすると取り出して、それをU字型にすると、下に垂らしたのだ。
 その長さだと確かに、ロープの真下で少しジャンプすれば、ロープの先端に届く筈だ。
 でも僕は女の子・・・いや違ったか、急に僕の中に「男の子」魂が燃え上がって、僕は壁に向かって走りはじめた。

 忍者に助け出されたお姫様みたいに、壁の上に登り切ったのは良いものの、僕は下をのぞき込んでぞっとした。
 壁の内と外では、地面までの高さがまったく違うのだ。
 約二倍、、、自分の人生の中で飛び降りた事のあるどの高さよりも、それは高かった。
 剛人さんが、ここを進入路に選んだ理由がよく判った。
 ここなら内部にいるものは、壁からの侵入を警戒しない。
 飛び降りたら骨折必至だからだ。
 今度はいくら男の子だって無理。と思った瞬間、剛人さんは15センチほどの幅しかない壁の上にすっくと立ち上がり、なおかつ、その側でへたり込んでいた僕をお姫様だっこの形で抱え上げた。
 信じられないバランス感覚と力だと、感心している暇は、今度もなかった。
 剛人さんは僕を抱えたままで、有無をも言わさず飛び降りていたのだ。
 僕は、剛人さんもろとも地面に酷く叩き付けられるだろうと観念して目を瞑った。
 でもそれは起こらなかった。
 確かに着地の瞬間、ぐんと下から突き上げてくる衝撃はあったが、それを剛人さんの逞しい腕が緩和していた。
 そして二人分の体重が落下したその衝撃は、、、、剛人さんが、それをどうこなしたのか僕にはわからなかった。
 とにかく次の瞬間には、剛人さんは僕を抱きかかえたままゆっくりと地面から屈伸するように立ち上がり、なおかつ、僕をそっと地面に立たせてくれたのだ。
「行くぞ。」
 ・・こうなればもう、地獄の底までこの忍者ウォーリアーについていくしかなかった。


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