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The GORK  24: 「どうにも止まらない。」

24: 「どうにも止まらない。」

 下りのエレベータに駆け込んだ俺は、このエレベーターが降りるのにいつもより倍以上の時間をかけているのではないかと思った。
 それで俺は、睨み付ければ降下スピードが上がるのではないかという程、階移動を表示するパネルを擬視していた。
 そのディプレイが突然止まった。
 ショッピングゾーン階との共通フロアまで、あと3つの階だった。
 そこでエレベーターに乗り込んで来たのは当の白目十蔵だった。

 明るい場所で白目十蔵の姿をゆっくりと見るのはこれが初めてだった。
 気難しい性格が、丸い検眼フレームのサングラスの向こう側で溢れかえっているのが判る。
 十蔵も俺と鉢合わせした事に少なからず驚いたようだった。
 十蔵の視線が、改めて俺のつま先から頭の天辺までをスキャンするように舐めまわして行く。
 俺はその時、自分の胸ポケットから、先程、使ったばかりのアイスピックの柄が覗いているのに気づいた。
 心臓がバクバクと鳴っている。
「なんだ、まだいたのか目川さんよ、、俺の話を判ってくれてないのかな、。」
 セーフだったようだ。
 二人はエレベーターのドアを見たまま並んで突っ立っている。
 まるで小便で便器を前にして、たまたま隣合った二人のように。

「・・今からここを出るつもりだ。」
 俺は心の動揺を隠すために努めて平坦に答えた。
 それに、これから裏テンロンを出るのは本当のことだった。
「ああそうか、それならいい」
 エレベーターが2階分下ったところで再び止まった。
 扉が開かない。今度は人を乗せるためではない。
 緊急停止か、さもなくば故障だ。
 沈黙の内に数分が経過し、ついに十蔵がしびれを切らせてエレベーター内の緊急通話ボタンを押した。
「俺だ。抱月だ。一体、何が起こった?」
 抱月、、恐らく十蔵の本名だろう。
 どうやら、この臓器密売人は、裏テンロンにとって見れば「信頼のおける人物」であり、彼もそれなりの誠意を示しているという事なのだろう。
 それに対して、裏テンロンに逃げ込み匿って貰っておきながら、裏テンロンの崩壊工作をする俺は完全な裏切り者だった。
「あっ、抱月さんでしたか、先ほどビル内で異常事態が発生したようで、管理室からビルを封鎖しろと命令がでました。」
 緊急通話器には映像カメラが付いているのだが、どうやらレンズの向こう側の人間は、十蔵の顔を知らないようだった。
 そして、相手が抱月と名乗っただけで信用する人間らしい。
 それは俺にとってラッキーな状況だった。 

「・・・ミッキーがそう言ったのか?」
「そうです。」
「何があったんだ?」
「少し前にこのビル全体が非常災害時モードに入ったとのことです。」
「地震も何も起きていないぞ、、」
「だからです。どうやら人為的にその状態が引き起こされたようです。」
 十蔵は苛立ったように腕時計を見た。
「このエレベーターだけでも動かしてくれ、時間がないんだ。」
「でもそれは」
「俺は抱月だぞ。この裏テンロンの為にいくら金を貢いでいると思っているんだ。それとも何か、この俺がその非常事態とやらを引き起こした犯人だと思っているのか」
 十蔵はエレベーター内の監視カメラに自分の首を突き出すようにがなった。
「そ、それは、で、でもお隣の方は大丈夫なんでしょうか?」
「あぁっ、こいつか、こいつは俺の昔の知り合いだよ。人物の保証はしかねるが、残念ながらこいつを足止めするってことは、俺をここに釘付けにするってことだろうがよ。早く動かせよ。ミッキーには俺が後で説明しといてやるからさ。」
 最後の言葉が効いたのだろう。
 エレベーターは再び動き始めた。

 エレベーターが共通フロアーに着いた途端、俺は走り出したい欲求に襲われたが、十蔵の手前それは我慢せざるを得なかった。
「おたくも、これから外に出るのか?」
「ああ、でかい取引の下打ち合わせだ。外の世界はあんたの方が詳しいだろ、いつか旨い飯でも奢ってくれると有り難いな。」
 十蔵がエレベーターを降りながら鷹揚な心根を披露し始めた頃、今度は、俺たちの行き先であるショッピングフロアーブロックに通じる通路にシャッターが下り始めた。
 それを不審気に十蔵が眺めている。
『封鎖が始まってる!俺のやった事と所在がミッキーの野郎にばれてるんだ!』
 俺は意を決して走り始めた。

 その時、フロアー全体に、管理人・ミッキーの声が鳴り響いた。
「抱月、そいつを押さえろ。テンロンを半身不随にして、あんたの部屋に押し入ったのは、そいつだぞ!!」
 十蔵の判断も速かった。
 走り出した俺の襟首を掴む勢いで追走してくる。
 二人の距離は3メートルも離れていない。
 それにシャッターが完全に降りきるまでの時間の余裕は、俺にとってぎりぎりの所だった。
 俺はフロアー面との隙間を50センチ程までに縮めたシャッターに向かって、ヘッドスライディングで突入した。
 その最後の瞬間に、十蔵の手が俺のズボンの裾を掴んだ。
 俺は目を瞑って、靴底の裏を十蔵の顔面にたたき込んだ。
 足の裏から嫌な感触が伝わってくる。

 運命は辛うじて俺に味方したようだ。
 俺は、シャッターの向こうで血だらけの顔をしてこっちを睨んでいる十蔵を振り返ったあと、外の世界に向かって再び全力で駆け出し始めた。


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