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三陽商会新社長が掲げる再建策と同じ手法で倒産危機を3度脱したEC経営者の話

新型コロナウイルスの感染拡大でレナウンが経営破綻するなど小売業界、特にアパレル産業は甚大な影響を受けている。そんな中、業界を代表する専門紙・繊研新聞に掲載(5月15日付)された三陽商会の新社長(2020年5月26日就任予定)大江伸治氏の大型インタビュー記事が異彩を放っている。経営悪化の要因を「過剰な売上計画と過剰仕入れによる不良在庫の滞留」と認め、「無理して作る売り上げ(つまりセールを繰り返して在庫を消化すること)は要らない」と明言。売上規模を追うのではなく利益優先に舵を切る方針を示したのだ。こうした再建策は、小売の従来の“定石”に反した手法であり、勇気が要る。が、実は既にほぼ同じ方策をとったアパレルEC経営者がいた。彼はその手法によって在庫過多による倒産危機を3度も脱したという。どのように会社を立て直したのだろうか。(南昇平)

期中仕入れを3割削減するショック療法

三陽商会は2015年に英バーバリーとの契約が終了し、16年以降は赤字が続いている。「マッキントッシュロンドン」「エポカ」「ポールスチュアート」などの著名ブランドを展開しているが業績は低迷中だ。
大江氏が挙げている同社の課題は以下のようなことだ。

売上規模の維持にこだわりが強すぎた。そのために不採算店舗の撤退が遅れていた
慢性的な過剰仕入れ(過剰発注)・過剰投入が発生していて、セールを乱発しても消化率は約7割にとどまっている
プロパー販売比率は5割未満。セールをしても在庫が余る。バーバリーは過剰投入してもブランド力の強さから消化できていたが、現在までその時代の売上規模にこだわっていたのが主因だ

「パーソン」大江伸治氏・改_繊研20200515

これらに対し、2020年4月に発表した再生プランで掲げた今期(2021年2月期)以降の対応策は次のようになる。

・規模よりも中身の改善を優先する。採算が合わないブランドは統廃合も視野
・新型コロナウイルスの影響による減収幅以上に仕入れを絞り、在庫の削減を進める。今期は仕入れを前期比110億円ほど削減する
・実力に応じた売上計画に。無理して作る売り上げは要らない。場合によっては欠品を許容。2021年2月末の在庫は前期末比30億円削減

注目すべきは2つ目。前期の期中仕入れは概算で約364億円だった。今期削減する110億円というのは、前期実績の実に30%に上る金額だ。
仕入れを前年の7割に抑えたら、売上も7割かそれ以下に減ってしまうと考えるのが普通ではないだろうか。在庫を増やせば売上も増えるが売れ残りも増え、逆に在庫を減らすと売上も減ってしまうためだ(つまり売上増加と在庫削減はトレードオフ)。

なので、三陽商会の場合は過剰に仕入れてセールを乱発しても消化率は約7割にとどまっているのだから、仕入れを3割減らせば消化率は10割になる、と考えるのは早計だ。仕入れを3割減らしても、消化率は大きくは向上しない可能性が高い。

実際、再生プランの数値から消化率(金額ベース)を推計するとおよそ72%だ。これは再生プランに具体性があって現実的な数字であることの証しでもある。ただ、仕入れを絞ることで無駄なキャッシュアウトは避けられるので、4期連続赤字とコロナ危機という有事においては方向性は正しいといえるだろう。

あるアパレルECで実績あり

しかし、過去に三陽商会の再生プランとほぼ同じ方策を実行して大きな成果を挙げたアパレルECがある。ハモンズ株式会社から社名変更したフルカイテン株式会社(ザイコロジー・ニュースの運営母体)だ。
同社は2012年5月から6年あまり、子供服・ベビー用品などを手がける「べびちゅ」を運営していた(2018年9月に事業売却)。この間、在庫過多が原因で3度も倒産の危機に直面したが、三陽商会の再生プランと方向性が同じ方策をとって危機を脱したうえ、売り上げを増やして在庫を減らした。

なので、三陽商会が再生プランを地道に実践できれば復活できると信じる根拠はあると筆者は考えている。
フルカイテンの経営再建の過程は「製品開発ストーリー」に詳しいので本稿で詳述は避けるが、ポイントは実は至ってシンプルだ。

1. 在庫は①よく売れる商品、②全く売れない商品(不良在庫)の二軸ではなく、③そこそこ売れている商品もある。③は販促が手薄なだけで商品力はあるので、膨大なアイテム数の中から③を見つけ出して販促すれば、売上が増えて在庫が減る
2. どんな商品にも売れ方には波があり、売り上げへの貢献度もバラバラ。発注点を固定するのではなく、変動させることで仕入れを最適化できる
3. 客数(注文数)を増やすには多額の資金が必要だが、客単価はほぼコストをかけずにシステマチックに向上させることができる

つまり、売り上げをつくるために販売力を大きく超える量の在庫を積む必要はなく、実需を度外視した売上維持のための過剰仕入れをしなくて済むのだ。

「今ある在庫」で売上増加→在庫削減へ

国内市場をみれば、人口の3分の1が高齢者になり、実需を支える生産年齢人口が激減する2030年がわずか10年後に迫る。市場のパイ全体が縮小する中で大量生産・大量消費を前提にした価格競争においては資本力が勝負を左右するのは自明の理であり、特にアパレル産業は価格以外の付加価値を打ち出せなければ生き残れないと筆者は考える。
さらに新型コロナウイルスの感染拡大の影響で需要の“蒸発”が起こり、終息後は全く違う世界になるとみる分析は多い。「コロナ倒産」危機によって2030年問題がすぐ目の前の課題になったといえるだろう。

アフターコロナから2030年まで次の10年を勝ち抜くため、価格以外の付加価値を打ち出すための手法として、ザイコロジー・ニュースは「今ある在庫」で売上を増やした結果、在庫が減っていく在庫実行管理(IEM = Inventory Execution Management)という新たな手法を提唱している。
IEMでは闇雲に在庫を増やさずに売上を増やすため、以下のように考え実行する。

・「今ある在庫」の中から、まだまだ売れる商品を見つける
・「今ある在庫」を使い、単価を上げる
・「今ある在庫」のうち、どの商品を補充すべきか見極める

※詳細は下記資料を参照(IEM資料へリンク)

アフターコロナでも売れる物は売れる。消費者にどんな価値を届けるかという原点に立ち返るべきだろう。