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需要予測×AIで死屍累々…なぜアパレルの予測は当たらないのか

トレンドや天候に需要が左右されやすいアパレル業界において、売れ残らず欠品も起きないように在庫を持つことは長年の夢だ。この積年の夢を叶えるため、各社ともシーズンごとに需要を予測して生産量や発注量を決めている。中には小さくない金額を投資してAIツールを導入し、精緻な予測によって売れ残りを抑えようとする企業も少なくない。しかし、それで成果が出たという話は寡聞にして聞かない。むしろ、業績が悪化しているケースがクローズアップされる始末だ。なぜ予測は当たらないのか。(南昇平)

ガリバー同士が組んでも、やはり難しい

本年2月18日、日本経済新聞電子版に非常に興味を惹く見出しの記事がアップされた(会員限定記事)。

翌19日付け朝刊に全文が掲載された。要点を抜粋する。

19年8月期末、在庫を指す「棚卸資産」は4105億円。ピークの18年8月期末より500億円超減ったが、棚卸資産回転月数は以前より長い水準が続き在庫は多い。
 UBS証券が19年9~12月に販売したユニクロの商品についてネット通販サイトを調べたところ、2週間以上販売する商品の価格が平均25%下落していた。18年同期は17%で、値下げが増えている。来店を促すためセールを増やした結果、常連客を中心に定価で買わない動きも見られ、それが再び在庫を増やす悪循環に陥っている。

確かに、財務諸表を見るとファストリの在庫回転率は決して高くない。当記事によれば、2千カ所を超えるユニクロ店舗に商品を供給するため、1つの商品の生産単位は100万枚に達するものもあるという。売れなければ在庫の量も多くなり、値下げは避けられない。
このためファストリが17年、情報を駆使して無駄を省く「情報製造小売業」への脱皮の構想をぶち上げたのは記憶に新しい。

次世代アパレルに向けた取り組みは、ユニクロ事業本部や物流拠点がある東京・有明の地名を冠し「有明プロジェクト」と名付けた。主力のユニクロからIT(情報技術)を使い商品企画や生産、物流、店舗を1つにつなぐ構想だ。この2~3年で米グーグルなどと連携し需要予測のほか、効率的な生産や物流システムなど多くの分野で改善に取り組んできた。
 ただ、有明プロジェクトは「まだ3合目」(柳井正氏)と、3年を経ても完成していない。“情報”の精度が上がっていないためだ。消費者に受け入れられるトレンドや機能を予測して商品開発したり、需要予測に基づく生産計画の立案したりといったことが不十分だ。

「有明プロジェクト」の文脈の中でサラッと触れられているが、グーグルと組んで需要予測などに取り組んでいるものの、成果は上がっていないという。かなり重要な記述だ。

さらに2019年6月27日付け日経産業新聞にも「アパレル在庫削減へ新ツール/視覚化やAIで需要予測」と題した記事が掲載されていたが、この中でファストリとグーグルの協業が短く取り上げられている。

ユニクロを運営するファーストリテイリングは18年夏から、米グーグルと共同プロジェクトを始めた。世界で集めた膨大なデータを分析し、流行する色やシルエットを予測。AIを活用して精度の高い生産計画を立て、適切な追加生産にも生かす。

しかし、記録的な暖冬や新型コロナウイルスの蔓延による消費の大幅な冷え込みは、AIをもってしても予測できなかったようだ。

外れる理由は至って単純…AIも無謬ではない

なぜ、ファーストリテイリング×グーグル×AI というゴールデントライアングルでも需要予測は当たらないのか。その理由はAIの特性を理解すれば拍子抜けするほど簡単に理解できる。

AIが高い予測精度を出せる条件には次のようなものがある。
・大量のデータがあること
・データフォーマットが統一されていること
・想定外の外的要因がないこと

これらを小売業、特にアパレル小売りに当てはめて考えてみよう。
まず、大量のデータ(売上データ、在庫データ等)があるのは、ものすごく売れている商品だけだ。売れ筋と比較して売れていない商品や、在庫期間が長い商品は相対的にデータが少ないため、予測の精度にばらつきが出やすくなる。
一般的に、よく売れている商品は膨大な種類の商品や数万に及ぶSKUのうちの一部に過ぎない。大半のSKUについては自ずと不十分な量のデータに基づいて予測を行うことになる。

また、データフォーマットが統一されていなかったり、データが欠損していたりすると、AIは正しい計算ができなくなる。
・ECと実店舗でデータのフォーマットが違う
・売上データを手入力する際のミスや返品のデータ落ち(実店舗で多い)
・商品マスタに定価が未入力
・-(マイナス)の全角・半角といった表記ゆれ
などなど、様々なケースがある。こうしたデータをDBに投入すると、エラーになったり非現実的な数値(完売予測日が2164年●月●日とか)が返ってきたりする。

3つ目の「想定外の外的要因」は最も重要な要素だ。実際のトレンドや需要は外的な要因に大きく左右されるからだ。天候(昨冬の超暖冬)や災害(昨年相次いだ台風)、伝染病(新コロ)は言うに及ばず、以下のような事象はAIにはうまく予測できない。
・競合店が値下げ/欠品 → 自店の売上は下がる/上がる
・近くにマンションや大型商業施設が建設される
こうした外的要因をも反映させた予測をAIにさせるだけのデータセットは存在しないのが実情だ。

AIは画像認識の分野ではめざましい発展を遂げているが、現在の技術水準では、実用に耐えうるレベルの需要予測は困難だといえる。まだまだAIは“魔法の杖”ではない。

記事-AIは決して万能ではない_サブ

         ↑日経産業新聞2019年6月27日紙面

AI導入しても赤字…ビジネスモデルの転換が必要

それでも、AI×需要予測に頼るアパレルはユニクロ以外にも多い。
大手ディベロッパー系のカジュアル衣料品店運営会社は、画像のAI解析技術を持つベンチャーと連携した。ファッションサイトなどネット上で検索できる幅広い年齢層の女性向け洋服の画像を解析することで、色やアイテムなどデザインに関する過去数年の露出頻度を分析する。こうしてAIによって把握した「正確なトレンド」を2019年秋冬物から商品計画に反映させ、生産量を調整して値引きを抑え、適正価格で販売するとともに廃棄商品を減らすのが狙いだった。

ところが、この運営会社によると、店舗特性に応じた品揃えができずに売上が伸び悩んだ。既存店売上高は前年同期を下回り、当初計画からも乖離した。
このため直近の連結決算は黒字予想から一転、赤字転落となった。

また、かつて「御三家」と呼ばれた老舗名門アパレルの一角も、AIによってトレンドを解析したり需要を予測したりするベンチャーなど2社と2018年から協業しているが、直近まで4期連続で赤字に沈んでいる。
この老舗の在庫は一貫して増え続けており、実質的な年間在庫回転率は2回転台にとどまる。

そこでZaikology Newsは、「今ある在庫」で売上を増やし、その結果、在庫が減っていくという新しい概念「IEM」(Inventory Execution Management=在庫実行管理)を提唱したい。
現在、AIによる予測でも外れることが多いため、以下のような事が起こっている。

・予測に基づいて在庫を積む
売上は増えはするが、商品が大量に売れ残る
・セールを繰り返し利益率が低迷。人も消耗する

売上増加も在庫削減も予測頼みにもかかわらず、その予測精度の向上が難しいという論理矛盾に陥っているのだから当然だ。

これに対し、IEMでは、以下のように考え、実行する。

・ 「今ある在庫」の中から、まだまだ売れる商品を見つける
・ 「今ある在庫」を使い、単価を上げる
・ 「今ある在庫」のうち、どの商品を補充すべきか見極める

トレンド・需要の予測に労力と資金を費やすよりも、発注して仕入れてしまった商品を、いかに利益を確保しながら売り切るかを考える方がはるかに建設的だ。やみくもに在庫を積まなくても売上を増やす方法はあるのだ。

筆者は、大量生産・大量消費という従来のマーケットの仕組みが持続可能でないと思っている人は少なくないと思う。在庫過多を解決するために今できる現実的な取り組みは、AIによる需要予測に頼り切るのではなく、今ある在庫で売上を上げて在庫を減らしていくことで、適量生産を目指していくことではないだろうか。

Zaikology NewsはAIとトレンド・需要予測というテーマについて今後も随時、記事として取り扱っていく。